第7話 明るく花笑む『プラメの木』

 翌朝。私は普段よりだいぶ遅く起きた。

 昨晩、研究所に帰って早々、ナチュラさんから質問責めにされたのだ。それはもう、目が回るくらいに……。


『シラソーの花は、夜行性だったの!?』


『昼は白いのに、夜はカラフルなんですって!?』


 などと、伝えたこと全てに食いついてきた。


(ナチュラさん、魔法植物のことになると夢中になるんだな……。私も人のこと言えないけど……)


 そんなことを考えつつ、私は朝食を食べるためにリビングへと向かった。


「おはようございまーす……」


 私は小さな声で挨拶をしながら入る。すると、ユグが駆け寄ってきた。


「お姉ちゃん、遅いよ~!早く朝ごはん食べよ!」


 ユグはそう言って、私の手を引っ張った。


「ごめんごめん……ふわぁ……」


 私は大きく欠伸あくびをする。


「むぅ……。お姉ちゃん、眠そうだね?」


 ユグは心配そうに見上げてくる。


(まぁ、昨日のことを考えれば無理もないよね……。でも……)


「大丈夫だよ!ほら、一緒にご飯を食べよっか!」


 私はユグに微笑みかけた。


「うん!」


 ユグは元気よく返事をすると、椅子に座って待つ。私も席に着くと、ナチュラさんがやって来た。


「お待たせ!それじゃあ、いただきましょう!」


「「はーい!」」


 私とユグは揃って返事をした。



◆◆◆



 朝食を食べ終えた頃、ナチュラさんは私に尋ねてきた。


「ねぇ、フタバちゃん。今日は何をする予定なのかしら?」


「そうですね……。何か依頼があれば行こうと思ってます」


「なるほどね……。それなら、『プラメの木』について調べてもらえるかしら?」


「わかりました!」


 私は笑顔で答える。そして、ナチュラさんは続けてユグにも問いかけた。


「ユグちゃんはどうしたい?」


「ん~……わたしはお庭のお手入れがいいな!」


「わかったわ。それじゃあ、ユグちゃんは私とやりましょうか。フタバちゃんは、調査をお願いね」


「「はーい!」」


 私とユグは声を合わせて答えた。



◆◆◆



 私は準備を終えると、早速『プラメの木』がある場所へと出発した。


『プラメの木』は、梅の木によく似た魔法植物だ。枝に花を咲かせるのが特徴だが、その花は美しい白色をしているそうだ。

 私は目的地に向かって歩く。すると、一本の木が見えてきた。


(あれかな……?)


 私は木に近づく。その見た目は、本当に梅そっくりだ。


「わぁ……。綺麗……」


──《……んん?なんや?》


 私が思わず呟くと、返事が返ってきた。


「えっ……?あっ、すいません!私はフタバといいます!今日は、あなたを調べさせてもらいに来ました!」


《ウチの?……別にええよ~》


「えっ……?良いんですか?」


 私は思わず聞き返す。


《うん!なんか面白そうやん!》


「そうですか?ありがとうございます!では、失礼しますね……」


 私は頭を下げた後、木を観察し始めた。


枝振えだぶりは……特に問題ないかな。……わっ、すごい!実もなってる!)


 プラメの木の枝には、花と実の両方がついていた。元いた世界ではありえないことだが、さすがは別世界といったところだろう。私はそのことに感動しつつ、さらに観察を続ける。

 すると、プラメから声をかけられた。


《……どうや?……あんま見られんのは、照れるもんやね》


 その声は少し恥ずかしげに聞こえた。そして、プラメの花びらがほんのりと色づいたように見えた。


「あぁ……すみません……!つい、見入ってしまいまして……!」


 私は慌てて謝る。すると、今度は笑い声が響いてきた。


《アハハ!そやったか。気にせんでええで。……ところで、何か変わったもんはなかったか?》


「そうですね……」


 プラメの質問に、私は再び観察に戻る。

 すると、枝の分岐部分に天幕てんまく状の巣のようなものを見つけた。


(……ん?これってもしかして、ウメケムシの巣じゃ……)


 私は記憶を便りに考える。

 ウメケムシは、梅の木に寄生する虫だ。巣を作って群生し、新芽や葉を食い荒らしてしまうらしい。

 この世界にも存在するのかは不明だが、よく似た虫が存在するのだろうか。


(でも、害虫だったら放っておくわけにはいかないよね……)


 私は意を決して尋ねる。


「あの、すみません……。ここに、虫が巣を作ってるみたいなんですが……」


《……虫!?待って待って!?ホンマに!?》


 私の話を聞いた途端に、プラメの声色が急変した。かなり動揺しているようだった。


「は、はい……」


 私が戸惑いながら答えると、プラメは悲鳴をあげた。


《イヤーーー!!イヤやぁーー!!ウチの身体に、む、虫がいるなんてぇーーー!》


 プラメはガサガサと枝を揺らして叫ぶ。その拍子に、花びらや実がいくつも落ちてしまった。


「お、落ち着いてください……!私が、なんとかしますから……!」


 私はなだめるように言う。すると、プラメは動きを止めて、恐る恐る聞いてきた。


《……え?……どうにかできるん?》


「はい!任せて下さい!」


 私は力強く宣言する。


《助かるわぁ!ほんなら、お願いするわ!……でも、なるべく早くしてなぁ!》


「わかりました!」


 私は返事をすると、さっそく作業に取り掛かった。まずは、虫の巣の除去だ。大元を断つことで、他の場所に被害が及ぶ可能性を減らすことができるのだ。


(触るのはちょっと怖いけど……仕方がないよね……)


 私は軍手をして気合いを入れて、慎重に巣を取り除く。幸いなことに、巣はそれほど大きくなかったので、簡単に取り除くことができた。

 その後、殺虫剤を散布することで、完全に駆除することができた。


(ふぅ……。これで一安心……かな?)


 私はホッと息をつく。

 最後に、薬剤を散布すれば終わりだ。


「よし!これで大丈夫です!」


《おおきに!いやー、一時はどうなるこっちゃ思っとったけど、良かったわ~!》


「いえ、私もお役に立てて嬉しいですよ!」


《ほんまにありがとうな!》


 プラメは嬉しそうにお礼を言うと、枝を小さく揺らした。花びらがひらひらと舞う。


《せや!お礼と言っちゃなんやけど、ウチの実を持ってってええで!》


 プラメはそう言うと、枝をこちらに向けてきた。


「本当ですか!ありがとうございます!」


 私はお言葉に甘えて、実をいくつかもらうことにした。

 プラメの実は黄色っぽく熟しており、良い香りを放っている。


(これは、ジャムにしてパンに塗ると美味しいかも……)


 私はそんなことを考えて、思わず笑みがこぼれる。

 すると、プラメが不思議そうな声をあげた。


《なに笑てるん?》


「あぁ、すみません!……実はですね、ジャムにしたら美味しそうだなと思いまして」


 私が素直にそう伝えると、プラメは楽しげに笑った。


《アハハ!確かにそうかもしれへんね!……でも、ウチの実は酸味が強いから、砂糖を入れるとええんちゃうかな》


「なるほど……!」


 私は納得しながら、プラメの話を聞く。


《それにしても、フタバちゃんはすごいな~!》


「えっ?どうしてですか?」


 突然褒められて、私は戸惑ってしまう。


《だって、虫を見ても怖がらんと、しっかり退治してくれたやんか!なかなかできることじゃないで~!》


「そうでしょうか……?」


《そうやって!ウチも見習わんとあかんわ~》


 プラメは感心するように言ってくれた。私はなんだかむずがゆい気持ちになって、頬を掻く。

 それからしばらく、私はプラメとの会話を楽しんだのだった───。

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