第8話 いたずら好きな『ドトリの木』
「ねえねえ!まだ~?」
「フフッ……もう少しでできるから、ちょっと待っててね」
キッチンの方から、ユグとナチュラさんの話し声が聞こえてくる。
昨日もらってきたプラメの実で、ジャムを作っているのだ。
(2人とも、喜んでくれてよかったな……)
私は微笑みながら、その様子を眺める。
しばらくして、甘い匂いが漂ってきた。
「……うん、完成!できたわよ~!」
ナチュラさんの声に反応するかのように、ユグの元気いっぱいの返事が聞こえてくる。
「わーい!はやく食べたい!」
「はいはーい!」
ナチュラさんはユグを連れて、リビングにやってきた。
「お待たせしました~!お待ちかね、特製『プラメのジャム』よ!」
ナチュラさんはテーブルの上に鍋を置く。そこには、鮮やかな黄色のジャムが輝いていた。
「わー!すっごくきれい!……いいにおい!」
ユグは目をキラキラさせて、ジャムを見つめている。
「さあ、フタバちゃんも一緒に召し上がれ!」
「ありがとうございます!」
私はお礼を言いつつ、椅子に座ってスプーンを手に取る。そして、早速ジャムを口に運んだ。
「ん~……!」
私は思わず声を上げる。プラメのジャムは、絶妙な甘酸っぱさに仕上がっており、とても美味しかった。
「どう?フタバちゃん、お口に合ったかしら……?」
「はい!とっても!」
私が笑顔で答えると、ナチュラさんは満足げに微笑んだ。
「それは良かったわ!……そうだ!せっかくだし、瓶に詰めてオリバーにもおすそわけしようかしら……」
「いいですね!きっと喜びますよ!」
私は提案に賛成した。
オリバーさんは、この国─ヴェルデ国の代表をしている人だ。彼は、この研究所に調査依頼を持ってきてくれる人でもある。
「そうね!それじゃあ、私が行ってくるわ。フタバちゃんたちは、どうする?」
ナチュラさんの言葉を聞いて、私は考える。
(どうしようかな……。オリバーさんのところに行くのもいいけど、調査もしたいし……)
私は悩んだ末に、こう答えた。
「えっと……。私は、調査に行こうと思います」
「そう……。わかったわ。じゃあ、気をつけてね。何かあったら連絡するのよ?」
「はい!ありがとうございます……!」
こうして、私たちは家を出たのだった。
◆◆◆
「ねえ、お姉ちゃん。今日はどこに行くの?」
目的地に向かう途中、ユグは私に尋ねてきた。
「今日はね……。『ドトリの木』の調査だよ」
『ドトリの木』は、クヌギの木に似た見た目をした魔法植物だ。図鑑によると、土の魔力を宿しているらしい。
「ドトリの木!どんな木かな?なかよくなれるといいなぁ……」
ユグは楽しみにしているようだった。
「そうだね。仲良くなれたら、楽しいよね!」
「うん!」
私はユグの頭を撫でながら言う。すると、彼女は満面の笑みを浮かべて返事をしてくれた。
◆◆◆
しばらく歩くと、目的の森に到着した。
「わぁ……!ひろいねぇ!」
森に入った瞬間、ユグは感動したように声を上げた。
「本当だね。すごく広い……」
私は同意しつつ、辺りを観察する。
木々が生い茂っており、地面は落ち葉で覆われていた。
(ドトリの木は、どこだろう……?)
周りには、それらしいものは見当たらない。
(おかしいな……?確かこの辺のはずなんだけど……)
私は首を傾げる。──その時だった。
「いてっ!」
私の後頭部に、何かが当たった。
「お姉ちゃん?どうしたの?」
頭を擦る私に、ユグは心配そうな表情を向ける。
「うーん……。なんか飛んできたみたい……」
私は振り返って、何が飛んできたのか確認しようとする。しかし、何も見当たらなかった。
(気のせいかな……?)
不思議に思っていると、今度はユグが声をあげた。
「わあっ!……いたいっ!」
「ユグっ……!」
私は慌てて駆け寄る。見ると、彼女の足元にはドングリのようなものが落ちていた。
(あれ……?これって……)
私は拾い上げて、じっと見つめる。間違いない……。これは『ドトリの実』だ。
(ということは、近くにドトリの木があるはずだけど……)
周囲を確認すると、少し離れた木の枝に実がついていることに気づいた。
──《……ぷっ、くくくっ》
「……っ!?」
突如として笑い声が響き渡る。私は驚いて、
《くははっ!間抜けなやつ!》
そう言って笑うと、枝を振った。すると、実がぽとりと地面に落ちる。
(やっぱり……!)
私は確信して、実を拾った。
「……お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
「うん。大丈夫だよ」
私はユグに微笑んでみせる。
(油断しちゃった……。まさか、実を飛ばしてくるなんて……)
私は反省しつつも、改めて気を引き締め直す。
(とりあえず、この木に話しかけてみようかな……)
私は意を決して、目の前のドトリの木に向かって口を開いた。
「あの、こんにちは!」
《……なっ!お、お前……オレの言葉がわかんのか!?》
「えっ?あ、はい。一応……?」
《……》
私は戸惑いつつも肯定した。すると、ドトリの木は黙りこんでしまった。
「……?」
私は不安になりながらも、次の言葉を待とうと決めた。
やがて、ドトリはポツリと言った。
《……ごめん》
「えっ?」
《……実は、その……怖がらせようとしたんじゃなくて……》
そう言って、ドトリは枝葉を揺らしながら続ける。
《……ただ、驚かせたかっただけなんだ》
「えっと……つまり、イタズラしようとしたんですか?」
《……う、まぁ……》
私が尋ねると、ドトリはバツが悪そうに言った。
《だって……いつも誰も来ないし……。暇だから……》
「なるほど……」
私は納得した。確かに、周りに同じような木はないし、こんな大きな木なら寂しいかもしれない……と思ったからだ。でも───。
「でも、ダメですよ?誰かに怪我させたら大変ですから」
《うっ……》
私が注意すると、ドトリは言葉に詰まったようだ。
《そ、それはわかってる……。でも、ちょっとくらい……》
「ダ・メ・で・す!」
《うぅ……わかったよ……》
私は強く言い聞かせるように言った。
「よし……!」
「お姉ちゃん、すごい!」
ユグは感心した様子で私を見た。
「ううん。そんなことないよ」
私は照れくさくなって、頬を掻く。それから、再びドトリの方へ向き直った。
「……寂しかったんでしょう?それなら、私たちが話相手になりますよ!」
私はドトリに提案した。
《えっ?いいのか?……変なこと言わないか?》
「言わないですよ!ねえ、ユグ?」
「うん!」
ユグは嬉しそうに返事をする。
《……!じゃあさ、オレの話を聞いてくれないか?》
「もちろん!」
「いいよ!」
私たちは笑顔で了承する。すると、ドトリは嬉しそうに話し出した。
◆◆◆
それからしばらく、私たちは会話を楽しんだ。
ドトリの木は土の魔力を持っているそうで、その実は固い土の
《この実を遠くに飛ばして、仲間を増やそうと思ってたんだ……。成功したことはないけど……》
ドトリは残念そうに呟く。
クヌギなどの実は、芽が出ても日差しが足りないと育たずに枯れてしまうことが多いのだ。
私は、ふとあることを思いついて提案してみた。
「……あの、良かったらこの実を分けてくれませんか?」
「お姉ちゃん、どうするの?」
「フフッ……。秘密!」
私は笑って誤魔化す。そして、ドトリに言った。
「私が、仲間を増やしてあげますよ!」
◆◆◆
私とユグは、日の当たる場所を探して、そこに実を埋めた。ここなら、あのドトリからも見えるだろう。
「これで良し!ドトリ、これできっと仲間が増えますよ!」
私は笑顔で言った。
《ほんとか!?やった……!ありがとう!》
ドトリは喜びの声を上げる。
「うん!よかったね!」
ユグも笑顔で答えてくれた。
「たまに様子を見に来ますから!安心してくださいね」
《ああ!よろしく頼むよ!》
ドトリの返事を聞いて、私とユグは再び研究所へと戻ったのだった───。
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