第29話 交配で魔力が変化『ヴィオリの花』

『カズラそうとエトリそう』の件が解決した後、私とユグは研究所に戻った。


「フタバちゃんたち、お帰りなさい。どこに調査に行ってきたの?」


 出迎えてくれたナチュラさんは、私たちにそう尋ねてきた。


「ちょっと遠くまで行ってきまして……」


 私は言葉を濁しながら、チラッとユグを見る。彼女はニコニコして私を見つめていた。


「あら、そうなの? 2人だけで、大丈夫だった?」


 はい、と言いたいところだが、実際はそうではない。ユグが助けてくれたから大丈夫だったとはいえ、私は危険な目にあったのだ。

 それに、ユグにも危険が及ぶ可能性だってあった。


「フタバちゃん……?」


 ナチュラさんの呼びかけによって、私はハッと我に返った。いつの間にか俯いていたらしい。慌てて顔を上げると、心配そうな表情が視界に飛び込んできた。


「あ、えっと……大丈夫……です……」


 私は誤魔化すように曖昧あいまいに微笑む。


「……本当に?ユグちゃん、何もなかったの?」


「うん!お姉ちゃんは、わたしがまもったんだよ!」


 ユグは誇らしげに胸を張る。その言葉に、ナチュラさんは怪訝けげんそうな顔をした。


「守るって……? どういうこと?」


 私は思わず息を飲んだ。そんな私をよそに、ユグは屈託のない笑顔で話し始めた。


「あのね、お姉ちゃんが……」



◆◆◆



「どうしてそんな危険な調査に行ったの!!」


「すみません……」


「ごめんなさい……」


 話を聞いたナチュラさんは、私たちを強く叱った。当然の反応だろう。

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。ユグも反省しているようで、シュンとしていた。


「ユグちゃんがいてくれたから良かったものの……もし、1人だったら今頃どうなっていたか……!」


「……ごめんなさい」


 私は謝ることしかできなかった。すると、ナチュラさんはため息をつく。


「……もう、気をつけないとダメよ?わかった?」


「はい……」


「うん……」


 2人で同時に返事をする。すると、ナチュラさんは私たちを抱きしめてきた。


「……でも、良かったわ。無事に戻って来てくれて……」


「ナチュラさん……」


 私は彼女の優しさに触れ、胸が温かくなるのを感じた。


「……心配かけてごめんなさい」


「もう危ないことはしないでね?」


「はい」


「うん!」


 私は素直にうなずく。ユグも元気よく声を上げた。



◆◆◆



 それから数日間、調査はお休みすることになった。ナチュラさんから、「しばらくは安静にしておきなさい」と言われたからだ。

 私は大丈夫だと伝えたのだが、聞き入れてもらえなかった。なので、今は大人しくベッドの上で横になっている。


(申し訳ないな……)


 私は心の中で呟く。しかし、休むのも大事な仕事だということはわかっていた。だから、私はおとなしく従うことにした。


(図鑑でも読んでいようかな)


 リュックから引っ張り出し、ペラリとページを開く。もらってから、もう何度読んだかわからないが、それでも読み飽きることはなかった。

 私はゆっくりと目を通していく。すると、ふとあることが気になった。


(そういえば、これって……)


 私がそう思った時、突然ドアが開いた。私は驚いて顔を上げる。


「ただいま、お姉ちゃん!」


「おかえり、ユグ。早かったね?」


「えへへ……」


 ユグはとても嬉しそうに笑う。私は首を傾げた。すると、ユグは興奮した様子で言った。


「お姉ちゃん!見て!キレイなお花を見つけたの!」


「本当?」


「うん!お姉ちゃんに見せたくって、いそいで帰ってきたんだ〜」


 ユグはそう言うと、カゴから1輪の花を取り出して見せてくれる。それは、パンジーに似た花だった。綺麗な紫色をしている。


「わぁ……綺麗だね」


「うん!いろんな色があったんだよ!ほら!」


 ユグはカゴからさらに2本の花を取り出して、私に差し出した。


「ほんとだ。すごいね!」


「でしょ〜?お花畑のはしっこに咲いてたの」


「えっ、そうなの?」


「うん!それでね……」


 それからユグは、見つけた花の話をしてくれた。とても楽しそうで、見ているこちらも幸せな気分になれる。


「お姉ちゃん、このお花ってなんていう名前なの?」


「そうだね……」


 ユグに問われて、私は図鑑をパラパラとめくっていく。そして、あるページで手を止めた。


「これは『ヴィオリ』っていうみたいだね」


 言ってみたはいいが、あまり自信はなかった。なぜなら、そこに載っていたのは赤や黄色といったものだけで、紫色のものは見つからなかったからだ。


「ねぇ、お姉ちゃん……。むらさきは無いよ?」


「そうだよね……」


 ユグの言葉に、私は苦笑する。

 ナチュラさんなら知っているだろうか?

 そう思い、私はユグに提案してみた。すると彼女は、目を輝かせながら大きくうなずいたのだった。



◆◆◆



 翌日、ナチュラさんに聞いてみたところ、彼女はとても驚いた様子だった。


「本当に紫色だわ……。初めて見た……」


 ユグが摘んできたヴィオリの花をまじまじと眺めながら、ナチュラさんはうなったように言った。


「やっぱり珍しいんですか?」


「そうね……。少なくとも、私は一度も見かけたことはないわ」


「そうなんですね……」


「……それで、ユグちゃん。この花はどこで摘んできたの?」


 しばらく眺めていたナチュラさんだったが、やがて興味深そうにユグに尋ねた。


「お花畑だよ!」


「お花畑……?それって、この研究所の近くの?」


「うん!」


「……わかったわ。フタバちゃんたち、これから一緒にお出かけしましょう!」


 ナチュラさんは、唐突にそんなことを言い出す。私は戸惑いながらも、ユグと顔を見合わせたのだった。



◆◆◆



 研究所を出て、私たちはユグの案内でお花畑に向かった。そこは研究所のすぐ側にあるらしい。


「お姉ちゃん、ここだよ!」


 ユグが指差したのは、少し開けた場所だった。そこには、一面に様々な色の花が咲き乱れている。まるで、楽園のようだ。


「綺麗……」


「でしょ~!」


 思わず呟くと、ユグが得意げな表情をした。


「ユグちゃん、紫色のヴィオリはどこで見つけたの?」


 ナチュラさんがかすように尋ねる。ユグはキョロキョロと辺りを見回した。


「えっと……あっち!」


「わかったわ。行きましょ」


「はい」


 私たちは、ユグの先導で歩き始めた。


「あ、あそこ! お姉ちゃーん!」


 しばらく歩いていると、急にユグが立ち止まり、叫んだ。すると……


──《あら、どなたかお呼びですの?》

──《この声、どこかでお聞きしましたわね……》


 そんな声が聞こえてきた。ユグが叫んだ方を見ると、そこには紫色やオレンジ色など、図鑑には載っていない色のヴィオリが咲いていた。


「また、会いに来ちゃった!」


《あらまあ!嬉しいですわ!》

《私たちに会いにきてくださるなんて!》

《感激ですわ~!》


 話しかけるユグに、ヴィオリたちは応えるように揺れる。

 呆然としている私をよそに、ナチュラさんが興奮したように口を開いた。


「きゃあ~!どれも見たことのない色のヴィオリばかりじゃない!」


「あの……ナチュラさん?」


「どうしようかしら……!」


「ナチュラさん……?」


「とりあえず、写真を取らなくっちゃ!」


「…………」


 どうやら、ナチュラさんはヴィオリたちに夢中らしい。その瞳は、完全にハートマークになっていた。


(ナチュラさん……さすが研究者……)


 私は心の中で呟きつつ、ヴィオリたちに話しかけてみることにした。


「こんにちは……」


《あら、あなたは?》

《もしかして、私たちにお話があっていらっしゃったのかしら?》


「はい……」


 私は小さくうなずく。すると、ヴィオリたちが一斉に揺れ出した。


《まあまあ!そうですのね!》

《でしたら、どうぞお聞きになって!》


「ありがとうございます……!早速ですが……」


 私はお礼を言い、質問を始める。


「みなさんは、どうしてそんな色をなさっているのですか?」


 私の問いに、ヴィオリたちは答える。


《私たちの魔力の色だからですわ!》


「魔力の色……?」


《そうですわ!私は炎と水の魔力を持っていますの!》


 紫色のヴィオリが誇らしげに語る。


《私は電気と炎の魔力を持っていますわよ!》

《私は水と電気の魔力を持っているのですわ!》


 オレンジ色のヴィオリ、青色に中心部分が黄色のヴィオリがそれぞれ声をあげた。


「そうなんですね……」


 私は相槌を打ちながらメモを取る。


「じゃあ、どんな能力があるんですか?」


《私は周りの湿度を調整できますわ!》


 紫色のヴィオリは、花弁から温かな水蒸気を出す。


(加湿器みたいだ……)


 私はそんなことを考えながら、次のヴィオリの話を聞く。


《私は電気をエネルギーにして、熱を作り出すことができましてよ!》


 オレンジ色のヴィオリはそう言うと、花弁からを熱風を起こして見せた。


(なんか、ドライヤーみたい……)


 私は内心で思う。


《私は水を電気分解して、綺麗な空気を生み出しますわ!》


 青色に中心部分が黄色のヴィオリはそう言うと、周りに霧を発生させた。


(空気清浄機……)


 それからも、私はヴィオリたちの話を聞いていった。そのどれもが美容系の能力だったため、私は心の中で苦笑していたのだった───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る