第30話 運気を高める『ラーレルの木』

「フフッ、上手く撮れてるわ!」


「わたしにも見せて~!」


「いいわよ。ほら」


 カメラロールを見ながら、満足そうに微笑むナチュラさん。ユグは彼女に駆け寄ると、画面を見て感嘆の声を上げた。


「すごーい!お花、きれいだね!」


「そうでしょう?」


 ナチュラさんが嬉しそうに笑う。彼女はどこか自慢げな様子だった。

 珍しい色のヴィオリの花を見に行った私たちは、そこで新たに知ったことを図鑑に書き足すべく、研究所に戻ってきていた。

 今はちょうど、書き終えたところだ。後は写真を添付するだけである。


「これも良いと思うんだけど……。こっちも良いのよね~……」


「これがいいよ!いちばんキレイだもん!」


「確かにそうね……」


 ユグとナチュラさんは、ヴィオリの写真について盛り上がっている。私はその様子を微笑ましく見つめていた。すると……


「あっ……!」


 ナチュラさんが小さく声をあげる。そして、慌てた様子で言った。


「ごめんなさい……!私、急ぎの依頼があったのを忘れてたわ!」


「えっ……!?」


「どうしましょう……。明日は他にも予定が入ってるし……」


「お姉ちゃん……」


 ナチュラさんは困ったように眉を下げる。ユグは心配そうに彼女を見たあと、私に視線を向けた。私は、そんなユグに軽くうなずく。


「ナチュラさん、私で良ければ手伝いますよ?」


「えっ……?」


「私にできることなら、なんでも言ってください!」


 私はそう言うと、胸の前で拳を握った。



◆◆◆



 その翌日。ナチュラさんに頼まれて、私はユグと2人で依頼に行くことになった。ナチュラさんからは、「本当に助かるわ……」と何度も感謝された。


「お姉ちゃん、今日はどこに行くの?」


「えっとね……。ここからはちょっと遠いところにある森なんだって」


 地図を確認しつつ、私はユグに説明をする。


「へぇ〜!遠くまで行くんだ!」


「そうだよ。気をつけようね」


「うん!」


 ユグとそんな会話をしながら、私は目的地に向かって歩いていた。

 今回の依頼は、『ラーレルの木』の異常調査だ。

 ラーレルの木というのは、ローレル─つまり月桂樹げっけいじゅに似た魔法植物である。ラーレルの葉は、乾燥させると香辛料や茶葉として使われるのだそうだ。

 特徴的な香りを持ち、特に料理に合うとされているらしい。また、茶葉として飲めば、集中力を高めたりリラックス効果をもたらすことができるそうだ。


「ラーレルの木、元気ないんだよね?」


「うん、そうみたいだね……」


 心配そうに尋ねてくるユグに、私はうなずいた。

 というのも、その木は依頼書によると、最近様子がおかしいらしい。さらに、その原因もわからないそうだ。そのため、私たちは直接確かめに来たというわけなのである。


「そろそろ着くとおも……う……?」


「お姉ちゃん……?」


 突然立ち止まった私に、ユグが首を傾げる。


「……何か聞こえる?」


「え?何も聞こえないよ……?」


「……そう?」


 ユグは不思議そうに答える。私は耳を澄ませたが、やはり何も聞こえなかった。


(でも、今……確かに誰かが……?)


「お姉ちゃん、行かないの?」


「う、うん……」


 私はユグに促され、再び歩き出す。だが、どうしても先ほどのことが頭から離れなかった。

 しばらく歩いていると、目的地の森が見えてきた。私たちは顔を見合わせると、慎重に森の中へと入っていった。


「お姉ちゃん、あれ……!」


 ユグが指差す方向には、大木があった。それは図鑑で見た『ラーレルの木』そのものだったのだが……


「ちょっと、大きすぎじゃない……?」


「すごい……!」


 私たちは呆然としながら、その大きさに圧倒されていた。目の前にあるのは、大きな幹を持った立派な大樹だった。葉を付けた枝は伸び放題で、重みで折れてしまいそうなほどである。


(これは、確かに変かも……)


 私は心の中で呟くと、ユグに声をかける。


「とりあえず、調べてみようか……!」


「う、うん……!」


 私たちはまず、周辺を調べ始めた。他にも同じような異常がないか確認するためだ。

 そうして調べてみたが、異常成長していたのはこの木だけのようだった。


(どうして、この木だけ……?それに、なんだろう……この感じ……)


 私が違和感を感じていると、ユグが声をかけてきた。


「ねえ、お姉ちゃん!この木に、お話聞いてみようよ!」


「そっか、そうだね……!」


 私はユグの提案に乗ることにした。そのラーレルの木に近づき、話しかける。


「あの、こんにちは……!」


──《……誰だい?》


 女性のような声が聞こえてきた。私はユグの手をひいて、木の前に立つ。


「私は、フタバと言います!こちらは、ユグです!」


「こんにちは!」


 私たちが挨拶をすると、ラーレルは枝をゆっくりと下げてきた。


《そうか……。来てくれたところ悪いんだけど、身体が重くてね……》


 どうやら、葉の重みのせいで動きづらいようだ。


「そうなんですね……。あの、よろしければ私に剪定せんていさせて頂けませんか?そうすれば、少しは軽くなると思います!」


《そうかい?それならお願いしようかな》


「はい!任せてください!」


 私はそう返事をすると、早速作業に取り掛かった。


(さてと、どうしようかな……)


 ラーレルの枝は、絡み合ってしまっている。下手に切ってしまうと、バランスを崩して倒れてしまうかもしれない。


(うーん……)


 私は悩みながら、ユグに尋ねる。


「ねえ、ユグ。手伝ってもらってもいい?」


「うん!わたしもお手伝いする!」


「ありがとう!じゃあ、まずこの枝を切りたいから、先っぽを持っててもらえる?」


「わかった!」


 私はそう指示し、枝切りバサミを手に取った。そしてユグと協力して、絡まった枝を切ることに決める。


「いくよ……」


「うん!」


 そうして、私たちは枝の剪定を始めた。



◆◆◆



 それから数時間後。ようやく作業が終わり、私たちは地面に座り込んでいた。


「ふぅ……」


「お姉ちゃん、おつかれさま!」


「ありがとう」


 私はユグの頭を撫でると、立ち上がる。


「これで、大丈夫だといいんですけど……」


 私は不安になりながら、ラーレルの木を見上げた。


《おぉ……!身体が軽いよ!》


 ラーレルは嬉しそうに枝葉を揺らした。


「本当ですか……!よかったです!」


《あぁ、本当に助かったよ。いつもなら自分で魔力を調節して、成長を抑えるんだけどね……。今回はそれができなかったんだ》


「そうなんですね……」


 私はラーレルの言葉に相槌あいづちを打ちながら、考え込む。


(でも、どうしてそんなことが起きたんだろう……)


 そんな疑問を抱いていると、ユグがラーレルに尋ねた。


「お姉ちゃんは、どんなことができるの?」


《そうだね……。私は運気を高めることが得意だよ。主に、葉っぱに幸運を集めているのさ》


「へぇ〜!」


 ユグは興味津々といった様子で、目を輝かせていた。私はそんな彼女の様子を見て微笑むと、口を開く。


「では、どうして魔力が調節できなくなったのか、心当たりはありますか?」


《そうだね……》


 ラーレルはそう言うと、語り出した。


《実は最近、私の根元に何かした奴がいるみたいなんだよ。おそらく、そいつが原因だと思うんだけどね……》


「何かって?」


 ユグが首を傾げて聞く。


《私にもわからないんだが……。そいつは、根元から何かを注入してきてね……。その影響で、魔力が上手くコントロールできなくなってしまったんだ……》


 ラーレルは悲しげな声で言った。


「そうだったんですね……」


(ということは、犯人の目的はラーレルの葉ってこと?)


 ラーレルの葉に運気を高める力があるのなら、犯人はその葉を手に入れようとしているのではないだろうか。


「お姉ちゃん……?」


 心配そうなユグの声が聞こえて、ハッとする。


「ごめんね、ユグ。ちょっと考え事しちゃって……」


「ううん、いいよ!」


 ユグは笑顔で首を振る。私はラーレルに視線を向けると、口を開いた。


「私たちの方でも、調べてみますね」


《そうかい……?いや、すまないね……》


 ラーレルは申し訳なさそうに言う。私は慌てて言った。


「いえ!困った時はお互い様ですよ!」


《そう言ってくれると助かるよ。本当にありがとう……》


「はい!」


 そうして私たちは、ラーレルに別れを告げると、その場を離れたのだった。



◆◆◆



 その日の夜。私は自室で、今日のことを思い返していた。


(ラーレルの木の異常……。もしかしたら、あの時の……?)


 昼間の出来事を思い出す。確か、誰かの視線を感じたような気がしたが……。


(ううん……きっと気のせいだよね……?)


 私はそう自分に言い聞かせた。


(よし!明日も調査があるし、早く寝ようっと……!)


 私はベッドに入ると、すぐに眠りについたのだった───。

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