第31話 ちょっぴり弱気な『ネフィの花』

「フタバちゃんたち、本当にありがとう!……それで、ラーレルの木はどうだったの?」


「えっとですね……」


 翌朝。ナチュラさんに尋ねられ、私は昨日の出来事を話し始めた。


「ラーレルの木は、どうやら何者かに狙われてるみたいで……」


「あら……!」


「話によると、何かを注入してきたみたいなんです……」


「まぁ……!」


 私がそう説明すると、ナチュラさんは驚いたように目を見開いた。


「それで、私たちはその犯人を突き止めようと思ってるんです」


「そうなのね……!それなら、私も協力させてもらうわ!」


「えっ!? い、良いんですか……?」


「もちろんよ! 魔法植物たちに悪さをするなんて、絶対に許せないもの……!」


 ナチュラさんの瞳には怒りが宿っていた。私は驚きながらも、お礼を言う。


「ありがとうございます……! よろしくお願いします……!」


「ええ! 任せてちょうだい!」


「わたしも、お手伝いがんばるよ……!」


 ユグはやる気満々の様子だ。私はユグの頭を優しく撫でると、彼女に笑いかけた。


「ありがとう。ユグが一緒だと心強いよ!」


 ユグも私に向かって、ニッコリと笑う。私たちはお互いに見つめ合うと、力強くうなずいたのだった。



◆◆◆



「……さて、調査に行きましょうか。準備は良いかしら?」


「はい」


「は~い!」


 ナチュラさんに言われ、私はうなずく。隣にいるユグも元気よく返事をした。私たちが向かう先は『オリジンの森』だ。

 ラーレルの木があったのも、オリジンの森だった。調査をしつつ、犯人さがしをしようというわけである。

 こちらが捜していることを悟られないよう、あくまでも調査のためという体で動くことになった。


「それじゃあ、行きましょうか」


「はい」


 私たちは森の中へと足を踏み入れる。だが、特に変わった様子はなかった。


「……この辺りは、異常はないみたいね」


「そうですね……」


 私は同意しながら周囲を警戒するが、怪しい気配は感じられなかった。


「お姉ちゃんたち、今日は調査でしょー? はやく行こうよー!」


 すると、ユグがかすように言った。私は思わず苦笑する。


「そうだったね……。ごめんごめん!」


「もう!お姉ちゃん、しっかりしてよー!」


 ユグは頬を膨らませて抗議してくる。私は「ごめんね」と言いながら、彼女の頭を再び撫でるのだった。


 しばらく歩くと、目的の場所が見えてきた。そこは一面に花畑が広がっていて、とても美しい光景が広がっている。


「きれーい……!」


 ユグが感嘆の声を上げる。私は「そうだね」とうなずくと、周りを見渡した。

 ここに咲いているのは『ネフィの花』だ。ネモフィラに似た青い小ぶりな花で、風に揺れて可愛らしい。

 私はしゃがみこみ、花を観察してみる。すると、ふわりとした甘い香りが漂ってきた。


「いい匂い……」


「ほんとだね!お花のにおいがして、なんだか眠くなってきちゃうよ〜」


「ふふふ、そうだね」


 大きくあくびをするユグを見て、私はクスリと笑ってうなずく。すると、ナチュラさんから声をかけられた。


「フタバちゃんたち、ここからはそれぞれ別行動にしましょう。私はこっちのネフィの花を調べるから、あなたたちは向こうを調べてみてくれない?」


「わかりました!」


「は〜い!」


 私はユグと一緒に、反対側のエリアに向かうことにした。


「それじゃあ、また後でね」


「はい!」


 私たちはそう言葉を交わすと、それぞれの方角へ歩き出した。



◆◆◆



 どこまでも広がるネフィの花畑は、まるで海のように美しかった。私はユグとともに、ゆっくりと歩いていく。


「お姉ちゃん、きれいなお花がいっぱいあるね〜!」


「うん、そうだね」


 私はユグの言葉に相槌あいづちを打つと、改めて周囲を見渡す。


(それにしても、こんなにたくさんあったんだ……。すごい……)


 私は圧倒されながら、目の前に広がる景色に見惚れていた。


(そういえば、ネフィの花は何の魔力を持っているんだっけ……?)


 リュックから図鑑を取り出し、ページをめくっていく。そして、目当ての項目を見つけると、読み上げた。


「えっと……『ネフィの花は、氷属性の魔力を持つ。花弁の内側に氷を作り出す』……かぁ」


「こおり?こおりが作れるの?すごぉ~いっ!!」


 ユグが目を輝かせながら言う。


「そうみたいだね……。でも、どうやって作っているんだろう?」


 私は首を傾げる。すると、ユグが興奮した様子で言った。


「お姉ちゃん!聞いてみようよ〜!」


「わかった。そうしよっか。……すみません、ちょっといいですか?」


 私は近くに咲いているネフィに声をかけた。


──《……え? なに、なに……!?》


 どこか戸惑ったような声が返って来る。私は慌てて謝った。


「あっ、ごめんなさい……! えっと、少し聞きたいことがあるんですけど……?」


《……えっ、嫌です》


「えぇっ……」


 まさかの即答に、私は呆然とする。ユグは慌てて駆け寄ると、私の代わりに話しかけてくれた。


「ねぇ〜! どうしてだめなの?」


《ひぇ……小さい子だ……。相手お願い……》

《ちょっと、なんでよ……。やだよ……》

《……ぅえ?無理無理、荷が重い……》


「…………」


 ユグは黙って私を見上げてくる。私は苦笑すると、「大丈夫だからね」と言って頭を撫でてあげた。


「あの、どうしてもダメですか……?」


 私がもう一度聞くと、観念したのか、ようやく答えが返ってくる。


《……面倒ごとで、なければ》


「ありがとうございます!えっと、質問したいんですけど……」


 私はお礼を言うと、早速本題に入る。


「あなたたちは、氷を作り出せるらしいですが、どんな仕組みになっているんでしょうか? 気になってしまって……」


 そう尋ねると、ネフィは《あぁ……》と納得したようにつぶやいた。


《……こうするんですよ。……はい》


 そんな声と共に、目の前のネフィの花が花弁を閉じた。そして冷気をまとったかと思うと、次に開いた時には小さな氷ができていたのだ。


「わあ……!」


「すっごーい!」


 私たちは同時に歓声を上げる。


(やっぱり、凄いな……。魔法植物は……!)


 私は感動しながら、じっと見つめた。


「あの!もっと見せてくれますか……!?」


 私は思わず前のめりになる。だが、ネフィは驚いたように花を閉じてしまった。


《……うわ、びっくりした……。なに?なんでこんなに食いついてくるの……?怖……》


(うぐっ……。しまった……)


 つい熱くなってしまったことに反省する。


(落ち着け私……。まずは落ち着いて話を聞かないと……)


 自分に言い聞かせるように心の中で唱えると、再び口を開いた。


「すみません……。実は私、魔法植物の研究者でして……」


《……研究者? そうには見えないんだけど……》


「いえ、一応そうなんです……」


 私は困ったように微笑む。すると、ユグが横から会話に参加した。


「お姉ちゃんはすごいんだよ!悪いところをすぐに治しちゃうの!」


《治す……?医者か何かなの……?》


「えっと、まぁ……そんな感じですね」


 私は曖昧あいまいに答える。すると、ネフィが興味深そうな声で尋ねてきた。


《……へぇ。じゃあ、冷え過ぎとかもなんとかできる?》


「冷え過ぎ、ですか?」


《……そう。えっと……》

《ねぇ、やめようよ……。やっぱり怖いよ……》

《いいじゃんか。チャンスだと思えば……》

《やめてよ……絶対変な花だと思われるよ……》


 私が聞き返すと、ネフィたちは再びめ始めてしまった。

 話を聞いていると、彼らはずいぶんと弱気な性格をしているようだ。


「お姉ちゃん、どうするの〜?」


「うーん……。もう少しだけ、待ってくれるかな?」


 私はユグにお願いしながら、彼らの会話が終わるのを待つのだった。

 しばらく待っていると、ネフィたちがやっと話し合いを終えた。私はほっと息をつくと、改めて彼らに問いかける。


「それで、その冷え過ぎるっていうのは、どういうことですか?」


《……うう。わかったよ……》


 ネフィは渋々といった様子で語り始める。


《僕たちは体内の水分から氷を作り出してるんだけど、たまに冷やし過ぎて具合が悪くなる時があるんだよ……》


「そうなんですね……」


 私はうなずくと、さらに詳しく話を聞いた。

 ネフィによると、花の中に溜めている水を凍らせることで、氷を作っているらしい。だが、あまりに温度を下げてしまうと、身体が付いていかずに不調をきたしてしまうそうだ。


「そうだったんですね……」


(何か、温められる方法はないのかな……?)


 私は考え込む。すると、ユグが服の裾を引っ張ってきた。


「お姉ちゃん!を持ってこれば良いんじゃない?」


「あ!そっか!ナイスアイデア!」


 与える水をお湯に変えれば、冷え過ぎを防ぐことができるかもしれない。私はポンッと手を打った。


「今すぐは無理かもしれませんが、近いうちになんとかします!」


 私は笑顔でそう言うと、ネフィは嬉しそうに揺れた。


《あ、ほんと……?嬉しい……》

《神だ、神がいる……》

《ありがたや……》


「あはは……。それじゃあ、また来ますね!」


 私は苦笑しながら立ち上がると、ユグとともにその場を離れた。

 そしてナチュラさんと合流した後、ネフィの相談をしたのだった。


 後日、花畑に温水をく装置を設置し、数時間おきに撒くようにすると、ネフィたちの体調は改善されたという。

 私たちが再び花畑を訪れた時、ネフィたちから感激の声が上がったのは、また別のお話である───。

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