第32話 あなたに触れたい『レグラの木』

 数日後。特に犯人の手がかりらしきものをつかめないまま、時間だけが過ぎていった。私は焦燥しょうそう感を抱きながらも、調査を続けていた。

 そんな時、ユグが私を呼んだ。


「お姉ちゃん、ちょっといい?」


「うん?どうかしたの?」


 私がそう返事をすると、ユグが小走りで近づいてきた。手には1枚の紙を持っているようだ。


「あのね、ナチュラお姉ちゃんが、この植物を調べに行こうって!」


「ナチュラさんが?」


 私は首を傾げる。すると、ユグはその手に持っていた紙を差し出してきた。

 私はそれを受け取って目を通す。そこには、ウルシに似た植物の絵が描かれていた。


「『レグラの木』……?聞いたことのない名前だな……」


「うん!この木はね、あんまりよくわからないみたいだから、調べたいんだって!」


「そっか……。それなら、行ってみようか!」


「うん!」


 ユグは元気良く返事をする。私はユグの手を握ると、一緒に歩き出した。

 そして、私とユグはナチュラさんの元へと向かったのであった。



◆◆◆



「ありがとうね、フタバちゃんたち。『レグラの木』は私にも未解明の部分が多いから、助かるわ」


「いえ、こちらこそ、連れてきていただいてありがとうございます」


 私たちはそう言葉を交わすと、改めて目の前の景色を見渡した。

 目の前に広がるのは、どこまでも続く広大な森だ。ここは研究所から南に進んだ場所にある。だが、不思議なことに鳥や動物の姿は見られない。


(なんだか、少し不気味だな……。それに、生き物がいる気配がない……)


 私は警戒するように辺りを見渡す。すると、隣にいたユグが言った。


「お姉ちゃん!早く行こ〜!」


「あっ、ごめんね」


 私は慌てて謝ると、先導するナチュラさんの後に続いた。


「ところで、どうしてここを選んだんですか?」


「あぁ、それはね……」


 私が尋ねると、ナチュラさんは立ち止まって説明してくれた。


「まずは、他の魔法植物に比べて、異常に強い魔力を持っていることが理由ね。それから……」


「それから?」


「これは私の勘なのだけれど……。おそらく、『レグラの木』は生物に何か悪い影響を与えていると思うのよね……」


「えっ……」


 私は驚きに声を上げる。ユグも同じ気持ちなのか、不安げな表情をしていた。


「あの……具体的にはどんな風に悪影響が出るんですか……?」


「それがね……。今のところはっきりとしたことはわかっていないのだけれど……。でも、ここに来てみてわかったことがあるの。フタバちゃんも気づいているでしょう?」


「あっ……もしかして、生き物が見当たらないことですか?」


「ええ」


 私は納得する。確かに、ここには植物以外の生命を感じられなかった。


「植物は生きているわ。だけど、それ以外の生物がいないのよ。まるで、何かにおびえて隠れているかのように……」


 周りを注意深く見ながら、ナチュラさんは続ける。


「もちろん、これが全て『レグラの木』のせいだとは言い切れないわ。けど、何かしらの関係があることは間違いないはずよ」


「そうですね……」


「慎重に進みましょう。何かあったら、すぐに教えてちょうだい」


「はい!」


 私たちはそうして気を引き締めると、森の中へと足を踏み入れたのだった。



◆◆◆



──《……出……け!!》


 しばらく歩いていると、私の耳に怒声のような音が入ってきた。


(何……!?)


 私は驚いて振り返る。だが、後ろは静かなままだ。


(今のは、いったい……)


 私は不思議に思いながらも、再び前を向いて歩き始めた。


──《……こ……で!!》


 だが、先ほど聞こえた声は、その後も何度か聞こえてきたのだ。


「ねぇ、お姉ちゃん……。だれかがさけんでるみたいな声がきこえない?」


「ユグにも聞こえるの……!?」


 どうやら、私にしか聞こえていないわけではないようだ。


「フタバちゃんたち、どうしたの?立ち止まったりして……」


「なんかね、声がきこえるの!」


「声……?」


 ユグの言葉を受けて、ナチュラさんは耳を傾ける。だが、何も聞こえなかったのか、彼女は首を横に振った。


「私には、なにも……」


「きこえないのー?」


 言い合う2人を見て、私はとある仮説を立てた。


「もしかすると、魔法植物の声かもしれません」


「……!確かに、それなら説明がつくわね」


 ナチュラさんはハッとしたように顔を上げた。


「それで、何て言っているの?」


「えっと……」


 私は考え込む。すると、ユグが代わりに答えてくれた。


「かえれ!とか、くるな!って言ってるよ!」


「そう……。なら、あまり近づかない方が良さそうね……」


 ナチュラさんが呟く。だが、私はふと思い立って口を開いた。


「待ってください! とりあえず、もう少し進んでみませんか?」


「えっ……。危険じゃない?」


「確かに、危険かもしれません。でも、何かわかるかもしれませんし……。このまま引き返すのは、違う気がするんです……!」


 私が聞いた声は、怒りの中に、どこか辛そうな感情が含まれていたような気がしていた。だから、私はもう少しだけ進んだ方がいいと思ったのだ。


「……わかったわ。行きましょうか!」


「はい!」


 ナチュラさんが力強くうなずく。こうして私たち3人は、謎の声の正体を確かめるべく、さらに奥へ進んでいくことにしたのだった。



◆◆◆



 奥へ進むこと数分。ようやく開けた場所に出た。そこには、一本の大きな木があった。

 その木の周りだけはまるで他の植物たちが避けているかのように、ぽっかりと空間が空いていた。


(これが、レグラの木……?)


 近づいてよく見ようと、一歩踏み出した時だった。


──《近寄らないで!!》


 そんな声と共に、レグラの木はまるで私を拒むように葉をかざしてきた。


「……っ、でも」


《来ないでよ!!》


 私は反論しようとするが、さえぎるようにレグラが叫んだ。


「ねぇ、なんでそんなことを言うの?」


 ユグが問いかけるが、レグラは何も言わない。すると、ナチュラさんが私たちの間に割って入った。


「フタバちゃんたち、この木は危険だわ!離れて!」


《……っ》


(あ……)


 一瞬だが、私にはレグラが動揺したように見えた。


「あの……ナチュラさん!少しだけでいいですから、話をさせてもらえませんか……?」


 私は恐る恐るナチュラさんに話しかけた。


「フタバちゃん……?」


「お願いします!」


 私は頭を下げる。ナチュラさんは考え込むと、やがて諦めたように息を吐いた。


「仕方がないわね……。ちょっとだけだからね!」


「ありがとうございます!」


 私は笑顔を浮かべると、ユグと一緒にレグラの正面に立った。


「はじめまして。私はフタバと言います。急に近づこうとしてごめんなさい……。あなたとお話がしたいと思って来たんです……」


《……》


 レグラは黙っている。私は続けた。


「あなたのことをもっと知りたいんです……。だから、お話しできますか?」


 私がそう尋ねると、しばらくしてから返事が返ってきた。


《どうして……? 私なんか、放っておいてよ……!》


「そんな悲しいこと言わないで……」


 レグラの悲痛な叫びに、私は胸を痛める。


《だって……! 私は……みんなを傷つけてしまうんだもの!》


「傷つける……?」


《そうよ……! 私は……もう誰も失いたくないの! だから……!》


 そこまで聞いて、私はレグラの葉がかすかに震えていることに気がついた。


「……! 泣かないで……」


 私は思わずレグラに向かって手を伸ばす。だが、レグラは怒ったように声を上げた。


《触らないでって言ったでしょう!?》


「……っ!」


 私は驚いて目を見開く。すると、レグラは慌てたように言った。


《あっ……。ち、違うのよ……。これは……》


「大丈夫ですよ。……お話、聞かせてもらえますか?」


《……うん》



◆◆◆



 それから私はレグラの話を聞いた。

 話によると、レグラは強い毒の魔力を持っていて、触れた相手をむしばんでしまうらしい。そして、レグラ自身もそれを制御できず、周りの生物たちをあやめてしまったのだという。


「……そうだったんですね」


 私はうつむくと、静かにつぶやいた。


(やっぱり、悪い子じゃなかった……。それなのに、魔力のせいでこんなことに……)


 私はぎゅっと拳を握る。すると、隣にいたユグが言った。


「ねぇ、お姉ちゃん。レグラお姉ちゃんの良いところ、見つけてあげようよ!」


「え……?」


 私はユグを見つめる。ユグは真っ直ぐにこちらを見上げていた。


「ユグ……。そうだね。悪い魔法植物なんて、いないもんね……」


 私は微笑むと、ユグの頭を優しく撫でる。そして、改めてレグラに向き直った。


「あの、レグラさん。私と友達になってくれませんか?」


《……えっ?》


「ダメですか?」


 私は不安げに尋ねた。すると、レグラは驚いたような声をあげて、それからゆっくりと枝葉を揺らした。


《ううん……。嬉しい……》


「良かったぁ……」


 私はホッとする。それから、私はレグラに手を伸ばした。触れることはできないから、気持ちだけでも伝わるようにと願って……。


「これからよろしくね!」


 私は笑顔で言うと、ユグも元気良く挨拶をした。


「よろしくね!レグラお姉ちゃん!!」


《……っ!う、ん……!》


 それから私たちは、しばらくの間おしゃべりを楽しんだのであった───。

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