第28話 食"魂"植物『カズラ草』と『エトリ草』②

「こ、これは……!?」


「お姉ちゃん、こわい……」


 ユグはおびえるように私にしがみつく。私は彼女を安心させるように抱きしめると、カズラたちに尋ねた。


「一体、何が起きたんですか……!?」


《……オレたちは、生物の生気を吸い取る力があるんだよ。普段なら、おびき寄せた虫なんかから少しずつ奪っていくんだけどさ……》


《その力も強くなりすぎちゃったみたいで……。なんとかしようと思っても、アタシたちにはどうにもなんなくてぇ……》


 カズラもエトリも悲しげに葉を揺らす。

 魔法植物の不調は、魔力に何らかの異常が生じていることが原因だと、ナチュラさんから聞いていた。恐らくは2種類とも、同じような症状になっているはずだろう。


(どうにかしないと……)


 原因が分かれば、対処できるかもしれないのだけど……。私は腕を組んで考え込む。

 すると、ユグは何か思いついたのかカズラのつぼ部分をツンツンとつついている。


《う゛っ……。おじょーちゃん、それヤメテ……》


「お兄ちゃん、具合悪いの……?」


《……え?まぁ、ちょっとな……》


 言葉を濁すカズラに、私はハッとした。


(もしかして、内側に傷がついているんじゃ……?)


 そんなことを考えていると、ユグはエトリにも声をかけていた。


「お姉ちゃんは、だいじょうぶ?」


《ん~……。アタシも、ちょっと気分が悪いかも……》


 エトリは葉を閉じて口ごもるように応える。ユグはさらに続けた。


「お姉ちゃんとお兄ちゃん、助けてあげたい……」


《えっ……!?いや、でも……》

《ムリだよぉ……》


 戸惑うような声をあげるカズラたちに、ユグは真っ直ぐに目を向ける。


「お姉ちゃん、お願い……」


「……」


 ユグは真剣な表情で私を見つめてきた。私は少しの間考える。そして、決心して顔を上げた。


「わかった……。やってみるよ」


 まず、私はカズラの葉っぱに触れてみる。特に抵抗はなかった。続いて、壺の部分にそっと手を触れた。


《ちょっ……!?》


 すると、カズラが慌てる気配がした。私は慌てて手を引っ込める。


「あっ……!すみません……!」


《いや、いいけど……。あんまり近づくと、香りがキツくなって危ないぜ?》


「はい……。でも、他に方法がないですし……」


 私はそう言って苦笑する。それから、今度は壺の内側を覗き込んだ。


(うわっ……!傷がついてる……。これじゃ、調子が悪くなるはずだよ……)


 カズラの言う『芳香ほうこう器官きかん』は、おそらくこの部分だろう。この部分が傷ついたせいで、上手く香りを出せなくなっているのだ。

 だが、幸いなことに表面の方はそれほど酷くはないようだ。これならばすぐに治せるかもしれない……そう思った時だった。

──突然、カズラが叫び声をあげた。


《……っ!オネーサン!離れて……っ!!》


「え……?」


 私が聞き返す間もなく、異変は起きた。覗き込んだ壺の中から、むせ返るような甘ったるい匂いが立ち込めてきたのである。それと同時に、私の視界がぐにゃりとゆがんでいった。


「うっ……」


 私は思わず顔をしかめる。頭がクラリとして、倒れそうになるのを必死に堪えた。


(なに……?この甘い香り……)


 私は必死に思考をまとめようとするが、うまくいかない。次第に意識はぼんやりとしてきて、私はそのまま倒れ込んだのだった。


《おい、大丈夫か!?》


「お姉ちゃん!?」


 カズラとユグの声が遠くなっていく。


(ダメだ……眠い……)


 抗えないほどの睡魔に襲われ、私のまぶたはゆっくりと落ちていった。



◇◇◇



「……ここは?」


 ぼんやりする頭を振りながら起き上がると、そこは見慣れない場所だった。


(あれ?私、何をしてたんだっけ……。確か、カズラをていて……)


 だんだんと記憶を取り戻していく。そうだ……。カズラたちを助けようと近寄って行ったら、急に強い香りを発し始めて……それで……。


(あれ……?その後は……?)


 私は頭を悩ませた。すると、どこからか声が聞こえてくる。


『……フタバ、あなたは戻りなさい』


「え……?誰……?」


 辺りを見回しても誰もいない。声だけが聞こえていた。


『あなたはまだここに来るべきじゃない……。だから、帰りなさい』


「待って!あなたは一体……」


 私は問いかけるが、声の主はもう何も言わなかった。代わりに、目の前が真っ白に染まっていき、私は光に包まれたのだった。



◇◇◇



「お姉ちゃん!お姉ちゃん……!!」


 ユグの泣き叫ぶような声で、私は目を覚ました。


「ユグ……?」


「お姉ちゃん!よかった……!死んじゃうかと思った……!」


 ユグは涙を浮かべながら、ぎゅっと抱きついてきた。私はどうやら気を失っていたらしい。


「心配かけてごめんね……」


「ううん……。お姉ちゃんがもどってきてよかった……」


 ユグは安心したように微笑むと、私の胸元に顔を埋めた。私は優しく彼女の背中を撫でてやる。


(もしかして、夢を見ていたのかな……?)


 私は首を傾げた。誰かと話していた気がするが、思い出せない。ただ、妙に懐かしく感じたのはなぜだろうか……。


《ごめん、オレのせいで迷惑かけて……》


 ふと、落ち込んだような声が響いた。私はそちらに視線を移す。そこには、項垂うなだれるように葉を下げたカズラの姿があった。


「カズラ……」


《ホントにごめん……。一瞬だけど、オネーサンの魂、奪いかけちまった……》


「えっ……」


 私は驚いて息を飲む。すると、話を聞いていたらしいエトリがまざってきた。


《かーくんに悪気はなかったの……。ここにいる、ユグちゃん?の力がなかったら、危なかったかもねぇ……》


「そうなの?」


《あぁ……》


 エトリたちは同時に肯定する。


(そういえば、あの時……)


 私は先程のことを思い出す。目を覚ます前、ユグの声がかすかに聞こえた気がしていた。

 それはもしかしたら、彼女に助けられたのかもしれない。私は改めてユグに向き直った。


「ありがとう、ユグ。おかげで助かったよ」


「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」


「うん。私は平気」


 私は笑顔を見せると、ユグは安心したようだった。


「……それじゃあ、治療の続きをしますね」


《そんな、まだ無理すんなよ……》

《そーだよぉ……。また、おかしくなっちゃうかもしれないしぃ……》


 カズラたちは心配するような声をかけてくる。私は首を横に振った。


「いえ、このまま放っておくわけにはいきませんから」


《けど……》


「大丈夫です!すぐ終わらせますから」


 私はカズラたちを元気づけるかのように言うと、リュックから薬剤を取り出して、カズラの壺の内側に塗り始めた。


《……っ、いてっ》


「すみません……。痛いかもしれませんが、我慢してください」


 私は慎重に薬を塗っていく。すると、少しずつではあるが、傷は塞がっていった。


「よし、これで……」


 全ての傷を修復し終えると、私はホッと一安心する。

 さて、次はエトリだ。


「……エトリ、葉を開いてもらえますか?」


《うぅ……。気をつけてね……?》


 エトリは恐る恐るといった様子で葉を開く。そこは、やはり傷だらけになっていた。


(これは酷いな……。でも、なんとかなりそう……)


 私は葉の内側に、丁寧に薬を塗っていく。


《……~~っ》


 その間じゅう、エトリは葉を閉じないよう頑張ってくれた。


「はい、終わりましたよ」


 私はそう言ってエトリから手を離す。

 すると、エトリはパタンッと葉を閉じたのだった。


「どうですか?少し楽になりましたか?」


《う、うん……。ありがとぉ……》


「お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、よかったね!」


 ユグは嬉しそうに笑う。私もつられて頬が緩んだ。


「あとは、しばらく安静にしていれば大丈夫ですよ」


《そうか……。なら、良かったぜ》


 カズラも安堵したように呟く。エトリも同じように返事をした。


《ホントに助かったよぉ……。オネーサン、マジ感謝してる!》


「いいえ、こちらこそ……。助けることができて嬉しいです!」


《……っ》

《……っ》


 カズラたちは照れたのか、黙り込んでしまう。それから、カズラは慌てたように言った。


《あっ、そうだ!オネーサンにお礼しないとな!》

《そ、そーだね!アタシも何かしてあげたい!》


「えっ……?」


 勢いに圧倒されながらも、私は遠慮がちに答える。


「いいんですか……?」


《もちろん!何が欲しいんだ?》


「えぇっと……」


 私は困ったように笑いながら答えた。


「じゃあ、一つだけお願いを聞いてもらってもいいでしょうか?」


《おう!なんだ!?》


 カズラは意気込むように応えた。私は少し考えてから口を開いた。


「また、会いに来ていいですか?」


《へ……?》

《そ、それだけでいいの?》


 カズラとエトリは驚いたような声をあげる。私は苦笑した。


「はい。ダメ……ですかね?」


《いや、ダメじゃねえけど……。そのくらいのことなら、いつでも来ていいぜ!》

《うんうん!待ってるよぉ!》


「ありがとうございます!」


 私は満面の笑みでお礼を言う。

 こうして、私たちは約束を交わしたのだった───。

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