第11話 憧れの空へ……『クリニア草』

 世界樹の健康診断から数日経った、ある日のこと。


「フタバちゃん、前に魔法が使ってみたいって言ってたわよね?」


「はい、言いましたけど……」


 ナチュラさんから突然そんな質問をされた。

 ちなみに、今はリビングのテーブルに向かい合って座っている。


「実はね……そのお願い、叶えられるかもしれないわ」


「ほ、ホントですか!?」


 私は驚きの声を上げる。そんな私を見て、ナチュラさんはニッコリと微笑んだ。


「ええ。とある方法を思いついたのよ。……早速、やってみない?」



◆◆◆



 それから私たちは研究所を出て、ナチュラさんの案内で歩いていた。


「それで……ナチュラさん。一体どこに行くんですか?もうすぐ着くとか言ってましたけど……」


「ふふっ……着けばわかるわよ」


 ナチュラさんは楽しそうに笑う。


「おでかけ、おでかけ♪」


 ユグも機嫌良さそうに歌を歌っている。

 そんな2人を見ていたら、私もワクワクしてきた。


「さて、到着よ」


 ナチュラさんは足を止める。


「わぁ~!」


「凄い……」


 目の前に広がる光景に、私たちは感嘆のため息を漏らす。

 そこは一面の花畑だった。コキアに似た花が、まるで絨毯じゅうたんのように咲き誇っている。

 ちなみに、コキアは別名『ホウキ草』と呼ばれている植物だ。


「この花は、『クリニア草』っていうのよ。魔法植物の一種だから、話しかけてみて」


 ナチュラさんに促されて、私は口を開く。


「こんにちは……」


 私はクリニア草の一つに、恐る恐る声をかける。すると……


──《……なんですかぁ?》


 どこか気だるげな、男性のような声が聞こえてきた。クリニア草の声だろうか。


(えっと……なんて言えばいいんだろう?)


 戸惑っていると、ユグが明るい声で言った。


「わたしはユグ!よろしくね!」


《……はぁ。そうですか》


 ユグの挨拶に、クリニアは興味なさげに返事をする。


(なんだか、冷たい感じだな……)


 そう思った時、ナチュラさんが言った。


「クリニア草は、霊系の魔力を持っているのよ。ちょっと、能力を見せてもらえるか頼んでみるといいかも」


「あ、なるほど……。わかりました!」


 私はもう一度呼びかける。


「あの……。私に、あなたの能力を少し見せてもらえませんか?」


《はぁ……。別にいいですけど……》


 クリニアは面倒くさそうに言った。そして……なんと、花の一部を分離させたのだ。


「ええっ!?」


 予想外の出来事に、私は驚く。

 分離した部分は、ふわりと宙に浮かび上がったかと思うと、辺りを掃除するかのように動き始めた。


「フフッ……。驚いた?クリニア草は、こんな風に自分の一部を操って、動かすことができるのよ」


「すごい……!」


 私は感心しながら、浮いている部分を目で追った。


《ふふん。そうでしょう?》


 クリニアは得意気に言った。


(あはは……。そこは、認めるんだ……)


 そんな様子に、思わず笑みがこぼれる。

 すると、ナチュラさんが言った。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか。魔法のことだったわね」


「そうでした……!」


 私は慌てて姿勢を正す。

 ナチュラさんは微笑むと、話を続けた。


「前に、魔法は体内に魔力がないと使えないと言ったわよね?でも、魔法植物の力を借りれば、似たようなことができるかもしれない……。そう思ったのよ」


「魔法植物の力を……?」


「ええ。実際にやってみた方が、早いかもしれないわね。ユグちゃん、手伝ってくれる?」


 ナチュラさんは、クリニア草の一部と追いかけっこをしていたユグに問いかけた。


「はーい!」


 ユグは元気よく答えて、こちらに向かって駆けてくる。


「それじゃあ、フタバちゃんは長い枝を探してきてくれない?なるべく丈夫なものをお願いね」


「わかりました!」


「ユグちゃんは、クリニア草を一つ、つかまえておいてくれるかしら?」


「うん、わかった!」


 そうして私とユグは、それぞれ行動を始めたのだった。



◆◆◆



 しばらくして、私は枝を持って戻ってきた。自分の身長くらいの長さの、丈夫な枝だ。


「ナチュラさん、持ってきましたよ!」


「ありがとう、フタバちゃん。ユグちゃんはどう?」


「うん!つかまえたよ!」


 ユグは、両手に抱えるようにしてクリニア草を持っていた。


(「つかまえる」っていっても、クリニアに頼めば簡単に手に入ると思ったけど……。まぁ、ユグが楽しそうならいいか)


 私はそう思いながら、ナチュラさんに視線を向ける。


「よし!材料はそろったみたいね。これで、あるモノを作るからちょっと待っててね」


 ナチュラさんはそう言うと、作業を始めた。

 完成まで少し時間がかかるとのことだったので、私たちはクリニアと話をしながら待つことにした。


「あの……クリニア、でいいですか?」


《……あぁ。いいですよ》


「ありがとうございます。それで……どうして私たちに協力してくれたんですか?」


《それはですねぇ……。暇だからですよ》


「ひ、暇だから?」


 あまりに意外な理由に、私は呆然としてしまう。


《ええ。僕はこの通り、身体の一部は動かせても、本体までは無理ですからねぇ。それに、あまり人が来ることはないので……》


 クリニアは、どこかぼんやりしたような声で語る。


「お兄ちゃんたちは、いつも何してるの?」


 ユグが尋ねる。


《……ん?ああ、そうですね。大体は寝ていますよ。あとは……そうそう。たまに、近くの家の掃除をしています》


「えっ……それって操って、ですか?」


《はい。こう……気の向くままに》


「えぇ……」


 私は、急に家にクリニアの一部が入ってきて掃除するさまを想像し、困惑してしまった。


(それじゃあ、軽い怪奇現象みたいになってるんじゃ……?)


 そんなことを考えていると、ナチュラさんがこちらにやって来た。


「フタバちゃん、ユグちゃん。できたわよ!」


「ナチュラさん!……それは!」


 彼女の手には、立派なホウキが握られていた。


「ふふっ!そうよ。これがクリニア草で作った、魔法のホウキよ!」


「おぉ~!!」


 魔法のホウキ。私には、説明がなくてもわかった。これを使えば空が飛べるのだろう……。つまり!憧れていたアレができるということだ!! 私は興奮を抑えきれず、ナチュラさんに飛びつくように尋ねた。


「それがあれば、空を飛べるんですか!?」


「フフッ……。その通りよ!」


 ナチュラさんは私の勢いに驚きながらも、笑顔で答える。


「やったぁ!」


 私は嬉しさのあまり、声を上げた。


「早速、乗ってみる?」


「乗ります!」


 ナチュラさんの質問に、私は即答したのだった。



◆◆◆



 このホウキは、クリニアに操ってもらうことで、浮かび上がることが可能になるらしい。


《それでは……行きますよ~》


 クリニアが、気だるげな声で言った。


「はい……!」


 私は緊張しながら、ホウキにまたがる。すると、ふわりと身体が浮き上がった。


「わぁ……!」


 初めて体験する感覚に、私は感動の声を上げる。


「大丈夫?怖くない?」


 ナチュラさんが心配そうに聞いてきたので、私は大きくうなずいた。


「全然平気です!むしろ、楽しいぐらいで……!」


「ふふっ!そうみたいね」


 ナチュラさんは微笑んだ。


「お姉ちゃん、すごーい!」


 その横で、ユグも目を輝かせる。すると、その言葉に気を良くしたのか、クリニアが言った。


《ふふん。そうでしょう?もっとすごいことだってできちゃいますよ~?例えば……こんな感じで……》


 そんな声が聞こえると同時に、私の身体はホウキごと高く舞い上がった。そして、上空でぐるりと一回転した後、ゆっくりと下降していく。


「わあぁっ!」


 私は思わず歓声を上げる。


《ははは!いい反応ですねぇ》


 クリニアは愉快そうに笑う。


(ひゃあああっ!すごいっ!)


 私は心の中で叫んだ。


《ほら、まだまだいきますよ~。次は……》


 クリニアは次々と能力を発動させていく。

 私はまるでアトラクションに乗っているかのような気分になり、すっかり楽しんでしまったのだった───。

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