第10話 世界樹の健康診断

「フタバちゃーん、そろそろ出発するわよ~!」


「はーい、今行きます!」


 私は荷物をまとめて、ナチュラさんたちの元へ向かう。


「さてと……それじゃあ、出発しましょう!」


「うん!」


 ユグは元気よく返事をした。

 私たちは研究所を出て、歩き始める。向かう先は『オリジンの森』だ。


 オリジンの森は、この大陸の中心にある広大な森である。この森には様々な魔法植物たちが生息しており、希少種と呼ばれる珍しいものも存在しているのだ。

 まだ研究が進んでいない魔法植物もたくさんあるのだが、今日の目的はそれとは違ったものだった。



◆◆◆



 しばらく歩くと、ようやく『オリジンの森』が見えてくる。


「わーい!ついたっ!」


 ユグは両手を広げて喜ぶ。


「ふふっ……ユグちゃん、はしゃぎすぎて迷子になっちゃダメよ?」


「はぁい!」


 ユグは元気よく返事をした。


(それにしても、この森は相変わらず大きいなぁ……。この森には何回か来たことがあったけれど、いつ見ても圧倒されるなぁ……)


 私は森を見上げて感慨深い気持ちになった。


「お姉ちゃん、はやく行こ!」


「あっ、そうだね!行こうか!」


 私はユグに手を引っ張られて歩き出す。


(ユグ、いつにも増して張り切ってるなぁ……。楽しみにしてたもんね!)


 ユグはスキップをしながら進んでいく。


「フフッ……。フタバちゃん、ユグちゃんを頼んだわよ?」


「はい!任せてください!」


 私はそう返事をして、ユグの後を追いかけた。



◆◆◆



 ユグの向かう先の見当はついていた。私は、ユグが転ばないよう気をつけながら追いかける。


「お姉ちゃん!早く!」


 ユグは待ちきれない様子で、私をかす。


「わかった!わかったから!」


 私も少し早足に歩き始める。

 それからしばらくして、ユグは立ち止まった。彼女の目の前には、巨大ながそびえ立っていた。


「リリ!来たよ!!」


 ユグは、樹を見上げて大声で呼びかけた。すると、その声に応えるように、枝葉が揺れた。


《ユグ……!久しぶりですね……!》


 そして、穏やかな声が聞こえてきた。


「リリ~!」


 ユグは樹の幹に抱きつく。


《ふふふ……。元気そうで安心しましたよ》


「えへへ……」


 ユグは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「お久しぶりです、『世界樹』様」


 私も挨拶すると、声の主─『世界樹』は優しく語りかけてくる。


《フタバさん……いつも、ユグのことをありがとうございます》


「いえいえ、こちらこそ……」


 私は慌てて首を横に振った。


 私たちが話しているこの樹は、世界樹『グレート・リリーフ・ツリー』だ。世界樹は、この大陸の中心に位置する大樹であり、大陸の生命エネルギーを司るとされている。

 そんな世界樹を、ユグは『リリ』と呼んでいるのだ。


《フタバさん、今日はよろしくお願いいたします》


「はい!任せてください!」


 私は笑顔で答えて、持ってきた道具を取り出していく。

 今日は、世界樹の状態を診るためにやってきたのだ。いわゆる健康診断のようなものである。


「リリ、どこか悪いところはない?」


 私が準備をしている間、ユグが尋ねると、世界樹は再び枝葉を揺らした。


《ふふっ……大丈夫ですよ》


「ほんと?わたしも、お姉ちゃんのおてつだいするからね!」


 ユグは張り切っている様子だ。

 そこへ、ナチュラさんも遅れてやってきた。


「フタバちゃーん!ユグちゃーん!」


「ナチュラさん!」


 私は笑顔で手を振り返す。


「2人とも早いから、びっくりしちゃったわよ~!」


 ナチュラさんは苦笑いしながら言う。


「すみません……。ユグが『早く行こう』って、聞かなくて……」


「ふふっ……。いいのよ、別に気にしてないから!それより、私にも手伝えることはあるかしら?」


「はい!えっとですね……」


 私はナチュラさんに説明していく。

 こうして、私たちの作業は始まった。



◆◆◆



 まず最初に、枝の状態を確認した。


(……うん。すっかり元気になってるみたい)


 私はホッと胸を撫で下ろす。というのも、以前ここを訪れた時は、枝がちかけていたからだ。

 世界樹が朽ちることは、この世界の生命エネルギーが失われてしまうことを意味する。

 私たちが力を合わせて、なんとか回復させることができたのだった。


「リリ、もう元気になったね!」


《ええ。わたくしは、あれから成長を続けていますからね》


 ユグの言葉に、世界樹は誇らしげに答えた。


「さすが、世界樹ってところね」


 ナチュラさんは、感心したように呟く。


「そうですね。……でも、前みたいなことがないようにしないと!」


「ふふっ……。確かにね。そのために、ここに来るようにしたんだもの」


 拳を握りしめながら言った私に、ナチュラさんは微笑んだ。

 私たちは、世界樹の異変に気づけなかったことを反省し、定期的に様子を見に来ることにしたのだ。


 そして、今回の目的はもう一つあった。それは、ユグの里帰りだ。

 世界樹の精霊であるユグにとって、世界樹は母親のような存在なのだ。


「えへへ~……リリ……」


《ふふっ……》


 私とナチュラさんが作業をする間ずっと、ユグは世界樹にもたれかかって幸せそうにしていた。



◆◆◆



「フタバちゃん、こっちは終わったけど……。そろそろ休憩しない?」


 ナチュラさんは額の汗を拭いながら言った。


「あ、はい!ありがとうございました!」


 私は作業の手を止めて、ナチュラさんの元へ駆け寄る。


「ふぅ……疲れたわね……。あらっ……ユグちゃん、寝てるのね」


 ナチュラさんはユグの頭を優しく撫でる。

 ユグは気持ち良さそうに眠っていた。時折、「リリぃ……」と寝言を言っているので、きっと幸せな夢を見ているのだろう。

 そんなユグを見ていて、私はふと思った。


(……ユグは、ここにいた方が幸せなんじゃ?)


 ユグは、もともと世界樹─『グレート・リリーフ・ツリー』と一心同体だった。

 だが、世界樹は自分が枯れるかもしれないという危機的状況におちいってしまった。そこで、ユグだけでも生き延びてほしいと考え、自分の内部から逃がすことにしたのだ。

 つまり、ユグの意志で離れたわけではない。


「……あの、世界樹様……」


《どうしましたか?フタバさん》


 私は意を決して、世界樹に声をかける。


「その……ユグは、ここで暮らした方がいいと思うんです。……ユグとあなたは、一緒にいるべきだと……」


《……そうかもしれませんね》


 私の言葉を聞いて、世界樹は静かに答える。


《……ですが、わたくしはこれでいいと思っていますよ》


「え……?」


 意外な返答に、思わず聞き返す。


《そもそも、わたくしは以前から、ユグを一人立ちさせようと考えていたのです。その時期が少し早まっただけのこと……。もちろん、ユグのことは大切に思っていますよ。わたくしにとっても、この子は大切な家族ですからね》


「そうですか……」


 私は納得して、小さく息を吐いた。


《それに、こうしてたまに顔を出してくれれば嬉しいものですからね。だから、わたくしとしては、このままで構わないんですよ》


 世界樹は枝葉を揺らして、優しい声で語った。


「わかりました……。それじゃあ、また来ます!」


「……んむぅ……」


 私が宣言すると、ユグはゆっくりと目を開けた。


「あっ……おはよう、ユグ」


「ふぇ……?」


 ユグはまだ半分夢の中といった様子だ。


「ユグ、そろそろ帰るよ?」


 私はユグの身体を起こしてあげる。すると、ユグは大きな欠伸あくびをした。


「ふぁぁ……」


「ふふっ……」


 私はそんな仕草に笑みを浮かべる。


「かえるの……?」


「うん。そろそろ帰らないとね」


「……やぁ」


 ユグは私の服を掴んで、駄々をこねる。


「こらこら……。わがまま言わないの」


「だって……」


 ユグは寂しそうに俯いてしまった。

 すると、世界樹が優しく語りかける。


《ユグ。あなたはもう1人でも大丈夫でしょう?わたくしは、いつでもあなたのことを見守っていますからね》


「ほんとうに?」


 ユグは不安げな表情で尋ねる。


《本当ですよ。それに、フタバさんもナチュラさんも一緒ですから。わたくしは、あなたが幸せであってほしいと思っているのですよ》


「リリ……」


 ユグは涙ぐんでいるようだ。


《……それなら、こうしましょう。この世界のことを、たくさん教えてください。これは、わたくしからのお願いです》


 世界樹がそう言うと、ユグは満面の笑顔で大きくうなずいた。


「わかった!まかせて!」


「フフッ……。よかったね、ユグ」


「えへへ……」


 私はユグの頭を優しく撫でると、ユグは嬉しそうな声を上げた。


「それでは、私たちはこれで失礼します」


 私はナチュラさんと一緒に頭を下げた。


《ええ。フタバさんもお気をつけて……》


「ありがとうございます!」


 そして、私たちは世界樹の元を去ったのであった───。

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