第3話 魔法植物化の条件

 その日の夕食は、『ピセロ豆』のスープだった。

『ピセロ豆』はエンドウ豆に似た、電気と水の魔力を持つ魔法植物だ。


「おいしー!」


 ユグは満面の笑みで言いながら、スプーンですくって口に運ぶ。

 私も一口飲んでみたが、とても美味しい。

 ピセロ豆のスープは初めてだったが、ピリッとした刺激があって手が進む。


(前は、そのままでて食べたけど、スープも良いな……)


「おいしいですね」


「そうね。身体が温まるわ」


 ナチュラさんもそう言って微笑む。私は窓辺にあるピセロの本体(?)に声をかけた。


「ピセロ、おいしいよ」


《フフン!ドヤ!っす!》


 ピセロは枝を揺らしながら答えた。枝先の豆もそれに合わせて揺れる。


(……そういえば、魔法植物化しない植物ってあるのかな?)


 ふと気になり、尋ねてみることにした。


「ナチュラさん。この世界には、魔法植物の他にも、原生げんせい植物があるんですよね?」


「えぇ、そうよ。魔力を持たない植物が、『原生植物』と呼ばれているわ。……何か、気になることでもあったの?」


 ナチュラさんは不思議そうに聞き返してきた。


「えっと……。魔法植物化しない原生植物ってあるのかなぁと思って……」


「あぁ、それならあるわよ」


「あるんですか!?」


 私は驚いて聞き返してしまった。


「でも、『植物進化プランツ・エボルブ』があれば……」


 ナチュラさんの固有魔法『植物進化』は、原生植物を魔法植物化することができると聞いていた。


「えぇ。ただ、私の固有魔法は、全ての植物に効果があるわけではないの」


「そうなんですね……」


 どうやら、私の考えは間違っていたらしい。少し残念に思いつつも、別の質問をする。


「じゃあ、魔法植物化しない植物ってどんなものがあるんですか?」


「そうね……。ほぼ全てが可食部の原生植物は、魔法植物化しないわ。魔力が通る部分が残らないから」


「なるほど……」


 私は納得して相槌あいづちを打つ。

 元の世界でいうニンジンやキャベツのようなものが、魔法植物化しないものにあたるようだ。そう考えると、原生植物には野菜が多いのかもしれない。


「ピセロ豆が魔法植物化できたのは、枝部分があるからね」


 ナチュラさんはピセロの方を向いて言った。


《そうッスね!魔力は枝に流れてる感じッス!》


 ピセロはそう言うと、枝から豆を離して空中に浮かばせた。空気中の電気と水分を使ってやっているようだが、私にはどうなっているのかよくわからなかったっけ……。


「わぁい!お豆のおさんぽだ!」


 ユグはぴょんぴょん跳びはねながら喜んでいる。


「魔法植物化にも、条件があったんですね……」


 私は感心しつつ、呟くように言う。


「えぇ。……ちなみに、魔法植物の実を食べたとしても、魔法が使えるようになったりはしないわ」


「そうなんですね……」


 ナチュラさんの言葉に、私は少しがっかりしてしまった。……だって、誰でも憧れるじゃない?


「そんなにがっかりしなくても……。フタバちゃんは、魔法が使いたいの……?」


「はい……!」


 私が答えると、ナチュラさんは苦笑して続けた。


「まあ、気持ちはわかるわ。でも、そうね……。その願いが叶えられないか、ちょっと考えてみるわ」


「本当ですか……?」


「えぇ。……その代わり、私のお願いも聞いてくれるかしら?」


 ナチュラさんは悪戯っぽく笑って、私を見つめた。


「……?何ですか?」


「それはね……。フタバちゃんたちが持っている能力……『植物対話プランツ・ダイアログ』について実験したいの!」


 そう言うと、ナチュラさんは身を乗り出してきた。


「私たちの……ですか?」


「そうよ!それこそ、『植物対話』が使えない植物がいるかどうかとか、いろいろ調べたいことがあるもの!」


 ナチュラさんは目を輝かせている。これは断れなさそうだ。


「……わかりました」


 私は苦笑して答える。


(まぁ、私も知らないことばかりだし……。ナチュラさんの役に立てるといいな……)


「今日はもう遅いから、明日ね!」


「はい……!」


 楽しそうなナチュラさんに、私は笑顔で返事をしたのだった。



◆◆◆



 次の日。私たちは早速『植物対話』の実験を行うことにした。

 まずは、ルーチェを相手に試すことになった。


「前に見せてもらったから知ってるけど、確認のためにもう一度見せてくれる?」


「はい」


 私はナチュラさんに言われて、ルーチェの前に立った。そして、話しかける。


「ルーチェ、こんにちは」


 すると……


──《こんにちは、お姉ちゃん!》


 小さな男の子のような声が聞こえてきた。ルーチェの声だ。

 そして、ルーチェはツルを私に向かって伸ばしてくる。私はそれを優しく撫でた。


「ルーチェは甘えん坊だね~」


《えへへ……。きもちいい……》


 ルーチェは嬉しそうにツルを動かした。


「やっぱり、ルーチェの声が聞こえるのね」


 ナチュラさんは感心するよう呟く。


「はい。頭の中に響いてくるような感じです」


「ふむ……。興味深いわね……。じゃあ、次はユグちゃんがやってみましょうか」


「うん!ルーチェくんとおしゃべりするー!」


 ユグは元気良く答えた。


「ユグも、いつも通り話せば大丈夫だからね」


「わかったー!」


 それから、ユグはルーチェに話しかける。


「ルーチェくーん!こんにちはー!」


《ユグちゃん!こんにちは!》


 再び、ルーチェからユグに言葉が届く。


「ルーチェくん、げんきー?」


《ボクは、げんきだよー!ユグちゃんはー?》


「わたしも、げんきー!」


 ユグは満面の笑みで答えた。


(何この可愛い生き物たち……)


 私はユグたちのやりとりを見て、思わず顔を緩めてしまう。


「……2人とも、ありがとう。次は、原生植物を相手に試してみましょうか」


 ナチュラさんの言葉で、私たちは移動することになった。



◆◆◆



 ナチュラさんに連れられてやってきたのは、中庭の奥にある温室だ。そこには、様々な種類の植物が育てられていた。


(すごい……。こんな場所があったんだ……)


 私は驚きつつ、ナチュラさんの後に続く。


「ここでは、主に食用の原生植物を育てているの。フタバちゃんたちにも、出していたでしょう?」


 そう言われて、私は思い返す。確かに、キャベツに似た葉物野菜や、ニンジンみたいな根菜を食べていた。


「はい。とても美味しかったです」


「ふふっ。そう言ってくれて嬉しいわ。植物の研究者として、育てた甲斐があるというものよ」


 ナチュラさんはそう言って微笑む。


「さて……。ここには、いろんな原生植物があるわ。例えば……」


 そう言いながら、ナチュラさんはある植物に近付いた。それはレタスのような野菜だ。


「これは『レティス』というの。サンドイッチの具に使ったこともあったわね」


「おいしかったよー!」


 ナチュラさんの説明に、ユグはニコニコしながら言った。


「それはよかったわ。また作ってあげるわね!……それで、フタバちゃんにはレティスに『植物対話』が使えるかどうか、試してほしいの」


 ユグに微笑みかけた後、ナチュラさんは私に向き直ってそう告げた。


「わかりました」


 私は、目の前のレティスに声をかける。


「こんにちは……」


 ……しかし、何も反応がない。


(あれ……?聞こえない……?)


 私は首を傾げる。


「どうしたの?」


 ナチュラさんが不思議そうに声をかけてきた。


「えっと……、レティスに話しかけても、全然反応がなくて……。何も聞こえてこないんです……」


「まあ……!ユグちゃんは、どうかしら……?」


「わたしにも、きこえないよー……」


 ユグは残念そうに言った。


 それから、他の原生植物にも試したが、結果は同じだった。

 いろいろ考えて出した結論は、『原生植物には効果がない』というものだった───。

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