続・異界の植物研究医 ~新たな魔法植物たちとの出会い~

夜桜くらは

第1話 植物研究医の日常

「うーん、今日も良い天気!」


 部屋のカーテンを開け、朝の日差しを浴びる。

 窓から見える景色は絶景だ。雲一つない青空に、青々とした森や草原が視界いっぱいに広がる。

 この景色にも慣れたけれど、初めて見た時は感激したっけ……。



 私の名前は『青木あおき双葉ふたば』。植物医師を目指して勉強中の大学生……だった。


 なぜ過去形なのかって?それは、今はもう大学には通っていないからだ。

 あぁ、自分からやめたわけじゃないよ。私は……信じられないかもしれないけれど、異世界に来てしまったんだ。

 ここは日本ではない別の世界。その証拠に、日本ではありえないような不思議な植物─魔法植物がいる。


「フタバちゃーん、朝食ができたわよ~!」


「あっ、はーい!今行きまーす!」


 私を呼ぶ声に返事をして、部屋を出る。リビングに向かうと、亜麻色あまいろの長い髪をした女性が待っていた。


「すみません、ナチュラさん……。お待たせしました」


「いいのよ。いつものことでしょう?」


 ナチュラさんは、私がこの世界に来て初めて会った人だ。彼女は魔法植物の研究者で、魔女でもある。

 この世界に迷い込んだばかりの私の面倒を見てくれたり、色々教えてくれるとても優しい女性だ。


「……あれ?ユグはまだ起きてないんですか?」


「あら、そうみたいね……。フタバちゃん、起こしに行ってきてもらえるかしら?」


「わかりました」


 私はリビングから出て、二階にある部屋へと向かう。

 部屋に入ると、ベッドの上には若草色わかくさいろの髪の小さな女の子がいた。


「……やっぱり寝てた」


 気持ち良さそうに眠る少女を見て、思わず笑みがこぼれてしまう。

 彼女の名前はユグ。本名は『ユグドラシル』で、この世界の中心である世界樹の精霊だ。

 見た目は5歳くらいの少女だが、実際はいくつなんだろうか?私にもわからない。


「ユグ、朝だよ。起きよう?」


「……むぅ……」


 優しく揺すると、目を擦りながらゆっくりと体を起こした。

 まだ眠そうだなと思いつつ、彼女に手を差し出す。


「おはよう、ユグ」


「……おはよう、お姉ちゃん」


 ユグは私の手を握り、ふにゃりと笑う。

 可愛いめいっ子のような存在の彼女は、見ているだけで癒されるなぁ……。


「ほら、一緒に行こう」


「うんっ!」


 嬉しそうな顔で私を見上げるユグを連れて、一階のリビングに戻る。

 テーブルに着くと、既に朝食の準備ができていた。


「ふふっ、おはよう。ユグちゃん」


「おはよー!」


 笑顔で挨拶するユグに、ナチュラさんも微笑んで返す。


「じゃあ食べましょうか。いただきます」


「いただきまーす!」


「いただきます」


 みんなで揃って食事を始める。ちなみに今日のメニューはトーストとサラダだ。トーストにはバターやジャムが添えられていて美味しい。

 食事をしながら、私はナチュラさんに尋ねた。


「今日は、どんな調査依頼があるんですか?」


「今日は特に何もないはずよ。でも、何かあったら連絡が来ると思うわ」


 ナチュラさんはトーストにバターを塗りながら答えた。


「そうですか……。あ、それならちょっと出かけてきてもいいですか?」


「えぇ、もちろんいいわよ」


「ありがとうございます!」


(やった!これであの場所に行けるぞ!)


「どこにいくの?」


 ジャムで口回りをベタベタにしたユグが尋ねる。

 私はユグの口の周りについたジャムを取ってやりながら、笑って言った。


「私の大好きな場所だよ」



◆◆◆



 朝食を食べ終えると、私は早速準備に取りかかった。といっても、身だしなみを整えるだけだけれど……。

 着替えを終えた後、ユグと一緒に研究所を出て歩き始める。

 研究所から程近い場所にある『アルケーの森』の奥へと進んでいくと、小さな泉に出た。周りには木や花などの自然が多くあり、澄んだ空気と美しい光景が広がるこの場所が、私は大好きなんだ。


「わぁ……きれい……」


 隣にいるユグも同じことを思ったのか、感嘆かんたんの声を上げた。

 そして、泉の方へと走り出して……転んでしまった。


「ユグっ!!」


 慌てて駆け寄ると、ユグは転んだまま呆然ぼうぜんとしていたが、状況を理解すると目に涙を浮かべ始めた。


「う……ひっく……ぐすっ……」


 泣き出しそうになったので、抱き上げて頭を撫でる。


「よしよーし……。痛かったねぇ……」


「おねえちゃあん……」


 しばらくなだめていると、ようやく落ち着いたようだ。


「大丈夫?」


「……うん、だいじょうぶ……」


「そっか。よかった」


 笑いかけると、ユグは恥ずかしそうにはにかんでくれた。可愛い。

 怪我がないか確認してみるけど、特に問題なさそうだ。

 ホッとしていると、突然背後から声をかけられた。


──《フタバさん、こんにちは》


 振り返ると、そこにはブナに似た木─『ビネの木』があった。


「ビネ!久しぶりですね」


 この森に生える魔法植物の一つ、『ビネの木』。風の魔力を持ち、風を操る力がある。

 私がこの世界に来た時、初めて出会ったのもこの木だった。

 最近は調査に忙しくて、この森に来る機会が減っていた。だから久しぶりに会えて嬉しい。


「ビネのお姉ちゃん……?」


「そうだよ、ユグ」


 ユグの問いに答えると、彼女は嬉しそうに笑った。そしてビネの方へ近寄り、声をかけた。


「お姉ちゃん、こんにちは!わたしは、ユグだよ!」


 すると、ビネは葉を揺らして答えた。涼しい風が起こる。


《ふふ……。こんにちは、ユグさん》


「わぁ……すごい!」


 ユグは感動した様子で、キラキラした目でビネを見つめていた。

 そんなユグを見て、私はクスリと笑う。


 私とユグには『植物対話プランツ・ダイアログ』というスキルがある。わかりやすく言うと、植物と会話ができる能力だ。

 この能力は精霊しか持たないのだが、私はこの世界に来る時にその力を授かった。いろいろな偶然が重なって得たものだ。


 最初は戸惑っていたけれど、今ではこうして意思疎通できる植物の友達が増えたことが嬉しかったりする。

 しばらく話した後、私はビネに問いかけた。


「ところで、前に治療した枝はもう大丈夫ですか?」


《……!はい、すっかり治りました。ありがとうございます》


「それは良かったです」


 私は安心して笑みを浮かべた。

 以前、ビネの魔力が暴走して、嵐が起きてしまったことがあった。ちょうど持っていた園芸用テープを使って、急いで応急処置をしたところ、なんとか間に合ったのだ。

 その時のことを思い出していると、ユグが私を見上げてきた。


「フタバお姉ちゃんは、植物のお医者さんだもんね!」


《えぇ。フタバさんは素晴らしいお方ですよ》


 ユグの言葉に、ビネも同意するように揺れる。

 照れくさくて、私は苦笑しながら頬をいた。


「あはは……。まだまだ勉強中だけどね」


 それから、私たちはビネに別れを告げると、ナチュラさんの待つ研究所へ帰ることにした。



◆◆◆



「ただいま戻りましたー」


 研究所の扉を開けると、ナチュラさんは何枚かの紙を机に広げて読んでいるところだった。


「おかえりなさい。フタバちゃん、ユグちゃん」


「何を読んでたんですか?」


 気になって尋ねると、ナチュラさんは答えてくれた。


「これ?魔法植物の調査依頼書よ。フタバちゃんたちが出かけた後に届いたの」


「調査依頼!見せてください!」


 私はナチュラさんの隣に行き、書類をのぞき込む。そこには様々な種類の魔法植物の名前が書かれていた。


(わぁ……!いっぱいあるなぁ)


 私はワクワクしながら依頼書を眺める。この時間がすごく楽しい。


「ふふっ……。フタバちゃんは本当に植物が好きねぇ。でも、今日はもう遅いから、明日ゆっくり見ましょうか」


「はい!」


「わかった!」


 私とユグは元気よく返事をした。


「じゃあ、今日は夕飯を食べて、お風呂に入って寝ましょう」


「はーい!」


「わかりました!」


 こうして、私たちの一日は終わるのだった───。

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