第39話 闇を打ち消す花を探して

 裏世界樹の攻撃を避けながら、私たちはなんとか表世界に戻って来ることができた。


「はぁ……はぁ……。ここまで来れば……」


 ナチュラさんは息を切らせながらも、安堵の表情を見せる。


「ふぇ……。もう走れないぃ〜……」


 ユグは疲れ果てたように地面に座り込むと、大きなため息をつく。

 私も疲労を感じていたが、カゲが心配になり視線を向ける。すると、カゲはうつむいていた。


「カゲ? 大丈夫?」


 私が話しかけても反応がない。まるで抜け殻のようになっている。私は不安になって顔を覗き込むと、彼は小さく口を開いた。


「……どうして」


「え?」


「……ホープ、どうして……」


「……っ」


 カゲの悲痛な叫びを聞いて、私は胸を締め付けられる思いになった。

 正面からあんなことを言われたら辛いだろう……。ましてや、裏世界樹はカゲにとって育ての親のようなものだ。その辛さは想像を絶するものに違いない。

 私はそっとカゲを抱きしめると、優しく頭を撫でた。


「大丈夫。大丈夫だからね」


「……」


 カゲは何も言わなかったが、しばらくしてから小さくコクンとうなづいた。それから私たちは、しばらくそのままの状態でいたのだった。



◆◆◆



 それから研究所に戻った私たちは、裏世界で起きていることを整理することにした。

 まず、裏世界樹の異変についてだが……ナチュラさんによると、魔力が暴走している可能性が高いらしい。


「あの黒いモヤみたいなものは、おそらく闇の魔力だと思うわ。私もあまり詳しくないのだけど……」


 闇の魔力は、自然界にはそれほど存在しないらしい。突然変異によって宿ってしまうことがほとんどで、発見したらすぐに対処しなければならないそうだ。

 だが、よりによって裏世界樹に宿ってしまったということは……相当厄介なことなのではないかと思った。


「あの……闇の魔力を消滅させる方法とかってあるんですか?」


 私の質問に、ナチュラさんは難しい顔になる。


「……わからないわ」


「そんな……」


「……ただ、1つだけ方法があるとすれば、それは『光』の力を使うしかないかもしれないわね」


「『光』ですか?」


「そうよ。光の魔力は、闇を打ち消す力があると言われているの。でも……」


 確かに、闇と対をなす存在と言えば、光だ。

 だが、ナチュラさんの言葉はそこで途切れてしまう。私は不思議に思って首を傾げると、彼女は言葉を続けた。


「光の魔法は、とても高度な技術が必要なのよ。それに、魔法の発動には大量のエネルギーが必要になるの」


「そうなんですね……」


「ねぇ、光のちからを持ってる植物は、いないの?」


 黙って話を聞いていたユグが、唐突に話に入ってきた。


「……そうね。魔法植物の中なら、『ルベルの花』かしら」


「じゃあ、それを使えばいいんだよ!」


「うーん……。でも、とても貴重な花だから、そう都合よく見つかるとは思えないわ」


 ナチュラさんの答えに、ユグはしゅんとしてしまう。すると、今までずっと無言だったカゲが口を開いた。


「……それじゃあ、おれ1人で探しにいく」


「え!? 何を言ってるの!? ダメだよ!」


 私は慌てて止めようとしたが、カゲは聞こうとしない。


「だって、このまま放っておいたら……ホープが……」


「カゲ……」


 私はカゲの名前を呼ぶことしかできなかった。すると、ユグがカゲの服を引っ張った。


「わたしもいっしょに行く!」


 ユグの発言に驚いたのは私だけではないようで、カゲも目を丸くしている。


「ユグちゃんまで……わかったわ。こうなったら、皆で行きましょう」


 ナチュラさんはため息をつくと、私たちを見回しながら言った。


「はい!」


 こうして、私たちは『ルベルの花』を探そうと決意を固めたのであった。



◆◆◆



 ルベルの花を集めるにあたり、ナチュラさんはオリバーさんにも連絡してくれた。

 すると、彼は他の国の代表者にも協力を要請ようせいしてくれたのだ。ブラウ国のクレアさん、そしてジャロ国のジェイクさんも快く了承してくれて、私たちに協力してくれることになった。


『フタバさんには、この世界を救って下さった恩がありますからね』

 とは、クレアさん。


『困っている時はお互い様だぜ! 俺たちにできることがあればなんでも言ってくれ!』

 と、これはジェイクさん。


 オリバーさんも、『皆で探せば、きっと見つかるはずさ! 僕もできる限りの協力をするよ!』と言ってくれた。


 そして今、私たちは手分けして『ルベルの花』を探している最中である。ちなみにナチュラさんとユグ、私とカゲがペアだ。


「うーん……。見つからないなぁ……」


 私は呟きながら辺りを見回すが、やはりどこにも見当たらないようだ。だが、裏世界樹を救うためだ。諦めずに頑張ろうと、自分にかつを入れる。

 探しているルベルの花は、スズランに似た見た目をしていて、白い小さな花を咲かせるらしい。


「あっ! あれかな?」


 私は少し離れたところに、小さな白い花を見つけた。だが、近づいてみるとそれは違ったようだ。


「なんだぁ……違うのかぁ……」


 私はがっくりと肩を落とす。カゲも隣でしょんぼりとしていた。


「……もう、だめなのかな……」


「カゲ……」


 弱気になっているカゲを励まそうとしたその時、背後から声をかけられた。


 ──《おっ、フタバじゃないか! どうしたんだ?》


「え? あ、あなたは!」


 振り返るとそこには、クヌギのような木─ドトリの木が立っていた。

 どうやら、探しているうちに森まで来てしまったらしい。


《また会えて嬉しいよ!》


「はい! お久しぶりです! あの……ちょっとお願いしたいことがあるのですが……」


 私は早速ドトリに相談することにした。


《お願い? なんだ? オレが叶えられることならいいが……》


「実は……」


 私は、先程見つけた白い花のことや、裏世界樹のことを簡単に説明した。


《なるほど……。それで、その花を探してると》


「はい」


《うーむ……。ルベルの花か……》


──《兄ちゃん、どうかした?》


 突然、別の声が聞こえてきた。その声は、少し離れた場所のドトリの木から聞こえるようだった。


《ああ、弟よ……。それがな……》


《兄ちゃんの知り合い?》


 2本のドトリの木は、枝葉を揺らして会話しているようだった。私はその様子をじっと見つめていた。


《そうだ。ほら、前に話してただろう? お前の生みの親みたいな人だ》


「あっ……」


 兄ドトリの言葉に、私は以前、仲間の増やし方を教えたことを思い出していた。あれから無事に成長したのだろう。成長の早さは、さすが魔法植物といったところだろうか。

 すると、弟ドトリは驚いたような声をあげる。


《えっ! この人が!? こんな兄ちゃ……兄さんが、お世話になったみたいで……》


《おいおい、こんなとは酷いんじゃないか?》


 兄ドトリが苦笑交じりに言うと、2本とも笑い声をあげた。

 私は、そんな様子を見ながら思わず微笑んでしまう。


《なっ、何笑ってんだよ! それより弟よ、さっきの話だが……。『ルベルの花』って知ってるか?》


《え? うーん……。あっ!この前、ここから西に行ったところに咲いてるって、友達が言ってたような……》


「ほんとに!?」


 弟ドトリの言葉に、カゲが食いつくように反応する。


「あ、ありがとうございます!」


 カゲはペコリとお辞儀をした。


《ははは、元気な子だな。いいぞいいぞ! 困ったことがあったら、いつでも頼ってくれ!》


「はい! 本当に助かりました!」


 カゲはもう一度頭を下げると、私と手を繋いで歩き出した。


「よかったね」


「うん……!」


 カゲの表情はとても嬉しそうだった。

 私はホッと胸を撫で下ろす。

 これで裏世界樹を救えるかもしれない。そう思うと、希望が見えてくる気がした。


 私はカゲの手を強く握り直すと、ルベルの花を探すべく、再び森の中を探索し始めたのだった───。

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