第19話 無理しないで……!『ズマリーの木』

 その後、私たちはバニャンに別れを告げた。すると、バニャンは名残惜しそうに枝葉を揺らす。


《また来るといいニャ!歓迎するニャ!》


「ありがとうございます!」


 私は笑顔で礼を言うと、帰路についたのだった。



◆◆◆



 それから、私たちがヴェルデ国に帰ると、調査依頼書がたくさん溜まっていた。


「私たちがいない間に、ずいぶんたくさん来てたみたいね……」


 依頼書をテーブルに並べながら、ナチュラさんが言った。


「そうですね……」


 私は苦笑しつつ相槌あいづちを打つ。


「お手紙、いっぱいだね~!」とユグも言った。


「それじゃあ、緊急性の高そうなものから片付けちゃいましょうか」


「はい!どれがいいでしょうか?」


 私はナチュラさんの言葉を受けて、尋ねる。


「そうね……。この、『ズマリーの木』の調査かしら。場所は……あら、結構遠いわね……」


 ナチュラさんは少し眉根を寄せながら言った。


「そうなんですね……。それなら、私が行きます!」


「フタバちゃん、大丈夫なの?」


 ナチュラさんに心配されてしまったが、「はい!」と答えた。


「それじゃあ、お願いしようかしら……。気をつけて行ってらっしゃい」


「はい!」


 私は元気に返事をしてから、出発の準備を始めた。

 そして準備を終えると、早速出発することにした。


「それじゃあ、行ってきます!」


「いってらっしゃい!フタバお姉ちゃん」


「気をつけてね」


 ユグとナチュラさんに見送られつつ、私は研究所を出た。



◆◆◆



 今回の目的地は、ブラウ国とジャロ国の国境付近だ。それなりに距離があったため、ユグは留守番することになったのだ。

 最初は自分も行きたいと駄々をこねていたが、ナチュラさんからジャム作りをしないかと誘われると、あっさり了承した。


(ユグ……単純すぎるよ……)


 私は苦笑いするしかなかった。

 それから歩き続けてどれくらい経っただろうか。私はようやく、目的の場所に到着した。


「この辺りにあるはずなんだけど……」


 図鑑を片手に持ちながら、辺りを見渡す。


「あ、あれかな……?……あっ!あった!」


 そこには、ローズマリーに良く似た膝丈ひざたけくらいの木がたくさん生えていた。それらはまさしく『ズマリーの木』だった。


「良かった~!これで合ってるみたいだ」


 私はホッと胸をなでおろした。

 図鑑には、『暑さにも寒さにも強い木』と書いてある。


(確かに、この辺りは育つのにちょうど良い環境かも……)


 そんなことを考えながら木に近づき、観察することにする。

 どの木も、葉が青々としている。そして、枝には青っぽい小さな花が咲いていた。


「わぁ……かわいい……!」


 私は思わず見惚れてしまう。そして花に触ってみようとすると、どこからともなく声が聞こえてきた。


──《……お客様ですか?》


「えっ……!?」


 私は驚いて周りを見る。すると、一際大きなズマリーの木があった。高さは1メートルくらいだろうか。そこから声がしたようだ。


「あっ……すみません、許可も取らずに勝手に触ろうとしてしまいまして……。あの、私、ヴェルデ国から来ました、フタバと言います」


 私は慌てて自己紹介をする。


《ヴェルデ国から……。それは遠いところからようこそお越しくださいました》


 そのズマリーは、まるでお辞儀をするように枝を動かして挨拶をした。


「いえ、こちらこそ突然押しかけてしまってすみません。えっと……実は、少し様子がおかしいと聞いて、ここに来たのですが……」


 私がそう言うと、ズマリーはピクッと反応した。枝についた葉や花も揺れている。どうやら動揺しているらしい。


《そ……それは……》


 そう言って言いよどむズマリーに、私は尋ねた。


「何か知っていることがあるのですね?もしよろしければ教えてくれませんか?」


《…………》


 しばらく沈黙が続いた。そして、ズマリーはこう語り出した。


《……いいえ、何も異常はありません。ご安心下さい》


「えっと……でも、あなたはさっき……。それに、さっきの言い方だと、なにかを隠しているという感じです」


 私は困惑する。すると、ズマリーは枝葉を動かし、慌てたように答えた。


《いいえ、本当に何も……。うっ……》


「……!大丈夫ですか……!?」


 急にズマリーが苦しそうな声をあげたため、私は駆け寄った。


《だ……大丈夫……です……》


「無理はなさらないで下さい!」


《は……はい……》


「本当に、大丈夫なんですね……?」


 私は念を押すように聞く。すると、ズマリーは観念したように答えた。


《う……。隠していても仕方がないのでお話しします……。実は、病気にかかってしまったようなのです……》


「やっぱり……。それで、どんな症状が出ているんですか?」


《……見ていただいた方が早いかと……》


 そう言うと、ズマリーは枝を動かして私に見せてきた。どうやら見えないように隠していたようだ。

 私はそれを見て、思わず息を呑んだ。


「これは……!」


 隠されていた葉は、白い粉のようなもので覆われていたのだ。


(これ……もしかしなくても、『うどんこ病』だよね……?)


 私は内心で呟く。


『うどんこ病』とは、その名の通り、葉に白い粉がついたようになってしまう病気だ。放っておくと、葉全体に広がっていってしまう恐れがある。


(確か、治療方法は……)


 私は記憶を探る。すると、すぐに思い出すことができた。


「確か……症状が出た葉や枝を切り取れば、広がらないはずです!」


《そうなのですか……?……でも、お手をわずらわせるわけには……》


 ズマリーは申し訳無さそうに言った。私は笑顔で答える。


「気にしないで下さい!私は、あなたに元気になってほしいんです!」


《ありがとうございます……。では、お願いしてもよろしいでしょうか……》


「もちろんですよ!」


《ありがとうございます……!》


「それじゃあ、早速始めますね!」


 私はそう言うと、手早く作業を始めたのだった。



◆◆◆



 数分後、症状が出た全ての葉を採取することができた。私は満足げに微笑んでから、ズマリーに向かって言った。


「これで大丈夫だと思います!あとは、回復力を高めるために、栄養剤をあげますね!」


《ありがとうございます……!》


「どういたしまして!」


 私は笑顔で答えると、リュックから瓶を取り出して、中に入っている液体をズマリーの根元にかけた。


「しばらくは、無理しないで下さいね。……でも、どうして病気を隠していたんですか?」


 私は疑問を口にする。ズマリーはうつむくように枝を下げて答えた。


《それは……お客様に心配をかけたくなくて……。せっかく遠くから来て下さったというのに……。私のせいで、これ以上迷惑をかけたくないと思ったんです……》


 そう語るズマリーの声は沈んでいた。私はそんな様子のズマリーを見て、少し考え込む。それから、思い切って提案をしてみた。


「あの……。迷惑でなければ、定期的に様子を見に来てもいいですか?」


 私はそう問いかけた。すると、ズマリーは驚いたように枝を上げる。


《いいのですか……?》


「はい!私は全然構いません!むしろ、もっと頼って欲しいと思っています!」


 私は笑顔で告げた。すると、ズマリーは嬉しそうに枝葉を動かすと、お礼の言葉を述べた。


《嬉しいです……。こんなに優しい方に出会えて……。ありがとうございます……。あの、よかったら葉をいくつか持っていってください!》


「えっ!いいんですか……?」


 私は思わず聞き返す。


《はい!ぜひ!》


 ズマリーは明るい声で言った。少しずつだが、元気を取り戻せてきているようだ。私はそんなズマリーの様子を見て、ホッとした。


「それじゃあ、遠慮なくいただきます!また来ますね!」


《ありがとうございます!お待ちしています!》


 こうして私は、ズマリーの葉を数枚貰うと、研究所へと帰ったのだった───。

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