第18話 のんびり屋の『バニャンの木』

 全ての作業を終える頃には、もう夕方になっていた。

 私たちは、ジェイクさんの家に戻り、一晩泊まってから帰ることになった。


 そして翌朝。私たちはジャロ国を出発することになった。


「ジェイクさん、お世話になりました」


 私は頭を下げる。


「いいって、気にすんなって!それより、帰り道には気をつけろよ!」


「はい!ありがとうございます!」


「またねー!」


 ユグも、大きく手を降る。ナチュラさんも、彼女の横で微笑んでいた。


「また、いつでも来てくれ!歓迎するぜ!」


 ジェイクさんはそう言ってくれた。


「はいっ!ありがとうございます!」


 私は笑顔でお礼を言うと、帰路についた。



◆◆◆



 そうしてヴェルデ国に帰る途中のこと。

 私たちは国境付近で、とある魔法植物を発見した。……いや、声をかけられたとでも言えばいいだろうか。


──《お~い、そこの人間たち~》


 突然聞こえてきた不思議な声に、ユグは目を丸くしていた。


「お姉ちゃん……。今のこえ、なに……?誰かいるの……?」


 ユグは不安そうに尋ねる。


「ううん、誰もいないと思うけど……?」


 私は首を傾げる。すると、再び声が聞こえてきた。


《お前さんたちのことだニャ~》


「え……?私たちのこと……?」


 私は驚いて聞き返す。


《そうだニャ。お前さんたちに、ちょっと頼みがあるんだニャ~》


「たのみ?」


 ユグは不思議そうに聞き返す。


「えっと……。あなたは誰なんですか?」


 私は恐る恐る尋ねてみた。


《オイラは、『バニャンの木』だニャ~。こっちだニャ》


 声のした方を振り向くと、そこにはガジュマルに似た大木があった。


(あれが、『バニャンの木』……?)


 私は不思議に思いながらも近づく。すると、バニャンの木は枝葉を動かし、私に語りかけてきた。


《実は、ここのところ雨が降っていないせいで、土が乾いているんだニャ~……。さすがのオイラも、このままでは枯れてしまうかもしれニャい……。だから、水をくれないかニャ?》


「水……?」


 私は思わず首を傾げる。すると、一部始終を見ていたナチュラさんが尋ねてきた。


「フタバちゃん、この木と話してるの?この木は……バニャンの木よね?」


「はい、そうみたいです。……どうやら、水が欲しいみたいなんですが……」


「そうなの……?ちょっと、図鑑を確認させてもらってもいい?」


「はい、わかりました」


 ナチュラさんは、バニャンの木について調べ始めた。その間、私はバニャンと話をすることにした。


「あの……いつもは、雨が降るんですか?」


《そうだニャ。ジャロ国はめったに雨が降らニャいけど、ここは国境付近だから、雨が降るのニャ》


 バニャンはそう言った。


(確かに、ジャロ国にいた時は雨が降らなかったな……)


 私はそんなことを考えながら相槌を打つ。


「そうなんですね……」


 すると、ナチュラさんが声をかけてきた。どうやら調べ終えたらしい。彼女は、バニャンのことについて説明してくれた。


「フタバちゃん。どうやら、バニャンの木は、土の魔力を宿しているみたいなの。少ない水でも生きていけるのだけど、それも限界が近いみたいね……」


「そうですか……」


(確かに、この辺りは乾燥がひどいみたいだしな……)


 私は周りを見渡して納得する。


《そういうわけで、頼んだニャ!》


 バニャンはそう言うと、枝葉をゆらゆらと揺らして見せた。


「わかりました……!」


 私は、水筒の水をバニャンにあげることにした。ちなみに、この水はバオブの木が作り出したものだ。ジェイクさんから「上質な水だから、もらっていくといいぞ!」と言われて、水筒にもらってきていたのだ。


《おおっ……!これは美味しいニャ!》


 バニャンは嬉しそうに声を上げると、さらに枝葉を揺らしてみせる。


《助かったニャー!ありがとニャー!》


「いえいえ、喜んでもらえたなら良かったです」


 私は笑顔で応えた。すると、今度はユグが話しかけてきた。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん!わたしもお水あげたい!」


 ユグは目を輝かせている。


「えっと……。いいのかな……?」


 私は少し戸惑ってしまう。すると、バニャンが枝葉を動かしながら答えた。


《もっとくれるのかニャ?オイラは嬉しいけど、お前さんの分が無くなってしまうんじゃないかニャ?》


「わたしは、だいじょうぶだよ!」


 ユグは笑顔で言う。


《そうか……。それじゃあ、ちょっとだけもらうニャ!》


「うん!……はい、どうぞ!」


 ユグは、バニャンに水をあげた。すると、バニャンは嬉しそうな声をあげた。


《う~ん、やっぱり美味しいニャ~!ありがとニャ!》


「えへへ~!」


 ユグは照れくさそうにしている。


(なんか……和むなぁ……)


 そんなことを思っていると、バニャンが話し始めた。


《ところで、お前さんたちはどこから来たんだニャ?》


「えっとですね……」


 私は、今までの経緯を説明した。すると、バニャンは驚いたように声を上げた。


《ニャッ!?それは大変だったニャ~!》


「はい、本当に大変な旅でした」


 私は苦笑いする。


「でも、ジャロ国はいいところでしたよ」


《そうかニャ~……。それはよかったニャ!》


 バニャンは満足そうに答える。


「フフッ……。話を聞いてると、バニャンの木はなんだかのんびり屋さんみたいね」


 私の通訳を聞いたナチュラさんが、クスリと笑う。


《そうかニャ?でも、のんきなのは事実だニャ~……。まぁ、のんびりと生きることが一番だと思うけどニャ》


 バニャンはそう答えた。そこへ、ユグが質問してきた。


「そういえば、お兄ちゃんはどんなことができるの?」


《ん~?そうだニャ~……。オイラは、土を良くすることができるのニャ!》


「へぇ~!やって見せて!」


 ユグは興味津々といった様子だ。


《わかったニャ!……ムムム……》


 バニャンはそう呟くと、枝葉をゆっくりと動かした。すると、木の周りの土が変化し始めた。

 乾燥していた土壌は、次第に水分を含んでいった。そして、土の色も黒っぽい色へと変わっていった。


「わぁ~!すごいすごーい!」


 ユグは興奮気味だ。その様子を見て、バニャンは得意げに枝葉を動かす。


《ニャハハッ!これくらい朝飯前ニャ!》


 私は土を触ってみる。ほどよく湿っていて、栄養もありそうだ。


「これは凄いわね……!」


 ナチュラさんも同様に驚いている。


「本当ですね!」


 私は笑顔で答える。すると、バニャンがこんなことを言ってきた。


《むふぅ~……。この力は凄いけど、魔力をたくさん使うのニャ~……》


「そうだったんですか……!?すみません、知らなかったとはいえ……」


 私は慌てて謝った。すると、バニャンが気にしていないというふうに答える。


《いいんだニャ!……でも、撫でてくれると嬉しいニャ!》


「えっと……こう、ですか……?」


 私はバニャンの幹を優しく撫でる。すると、バニャンは気持ちよさそうに声を出した。


《ニャ~……!最高ニャ~……!》


「そうですか……?」


 私は首を傾げる。


《そうニャ!オイラは、撫でられるのが好きなんだニャ!》


 その言葉を聞いて、ユグも撫で始めた。


「わたしも、なでてあげる!……どう?きもちいい?」


《気持ちいいニャ~!う~ん、くるしゅうニャい……》


「わーい!よかった~!」


 ユグは嬉しそうな表情を浮かべた。


(ふふっ……可愛いなぁ……)


 私はそんな光景を見て癒されていた。


「2人とも、楽しそうね」


 ナチュラさんも微笑んでいる。


 それから私たちは、バニャンが満足するまで、ひたすら撫で続けたのであった───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る