第20話 眠りに誘う『スリフィの花』

「ただいま帰りました!」


 私が玄関の扉を開けると、ユグがパタパタと走ってきた。


「おかえりなさい!フタバお姉ちゃん!」


「ふふっ……。ただいま」


 私は笑顔で答える。そして、リビングへと入った。


「フタバちゃん、お疲れ様。どうだった?」


 私がテーブルにつくと同時に、ナチュラさんが尋ねてきた。


「少し病気にかかっていたので、治療してきました。これは、そのお礼にもらった葉っぱです」


 ズマリーからもらった葉をナチュラさんに見せる。


「あら……それはよかったわね!ズマリーの葉には、気持ちを落ち着ける作用があるのよ」


 ナチュラさんはそう言うと、優しく微笑んだ。


「そうなんですね……。なんだか、とても癒されました」


 私はそう言ってから、ズマリーから貰った葉を眺めた。


(綺麗な色をしているなぁ……。)


 青々とした葉の色に目を奪われていると、ユグが話しかけてきた。


「葉っぱ、もらったの?いいにおいだね!」


 クンクンと匂いを嗅ぎながら、興味津々な表情を浮かべていた。


「ふふっ……そうだね。ハーブティーにしたら、きっと美味しいだろうなぁ……」


「あら、それはいいわね。乾燥させて、お茶にしてみましょうか!」


 私が呟くと、ナチュラさんが楽しそうに反応してくれた。


「はい!楽しみにしています!」


「たのしみ~!」


 私たちがそう言うと、ナチュラさんはニッコリと笑った。


「ふふっ……わかったわ。任せてちょうだい!」


 それから私たちは、夕食の準備に取りかかった。



◆◆◆



 夕食後、私は自室で図鑑を眺めていた。


(こうして見ると、本当にいろんな植物が載っているな……。この世界には、まだ私の知らないことがたくさんあるみたい……)


 ページをめくっていくと、様々な種類の花の写真が目に入ってくる。


「うわ~……綺麗……」


 思わず感嘆のため息が漏れてしまう。


(そういえば、ズマリーの他にもリラックス効果がある魔法植物ってあるのかな……?)


 私は気になり、図鑑をパラパラとめくる。すると、ズマリーとは違う花が掲載されていた。


「あった……。えっと……『スリフィの花』だって……。これも綺麗だなぁ……」


 その花は、スイレンに似た形をしていた。色は全体的に白く、中心は黄色くなっている。

 説明文によると、その花の蜜には疲労回復効果があり、飲むと体力が回復するようだ。ただし、大量に摂取すると副作用が出るらしい。

 そして、花の香りには良い夢を見られるという効能もあるらしい。


(へぇ……すごい花だな……。どこに咲いているんだろう……。明日、ナチュラさんに聞いてみようかな……?)


 私はそんなことを考えつつ、図鑑を閉じて眠りについたのであった。



◆◆◆



 翌日、私は昨日考えていたことをナチュラさんに尋ねた。


「あの、ナチュラさん……。『スリフィの花』って、どこに咲いてますか?」


 私が質問を投げかけると、ナチュラさんは不思議そうな顔でこちらを見た。


「スリフィの花なら、『ミラージュの湖』に咲いているけど……。急にどうしたの?」


「いえ、ズマリーの他にもリラックス効果がある花があったので、どんなものなのか知りたくて……」


 私はそう答えた。すると、ナチュラさんは納得したように微笑む。


「なるほど……。そういうことだったのね」


「はい。見に行ってきてもいいですか?」


 私が尋ねると、ナチュラさんは大きく頷いた。


「えぇ、いいわよ。私も一緒に行ってあげたいところなんだけど、まだ研究依頼が溜まってて……ごめんなさいね」


「いえ!気にしないで下さい!私1人で大丈夫ですから!」


 私が慌てて否定すると、ナチュラさんはほっとしたような表情になった。


「ありがとう……。気をつけて行ってくるのよ?」


「はい!」


 私が元気よく返事をすると、ユグが抱きついてきた。


「わたしもいっしょに行く!」


「えっと……。ナチュラさん、いいですか?」


 私は確認するように聞いた。


「もちろんよ。2人とも、気をつけてね」


「はい!わかりました!」


「はーい!」


 こうして、私とユグは2人で『ミラージュの湖』へ行くことになった。



◆◆◆



『ミラージュの湖』は、この大陸の中心にある『オリジンの森』の中にあるそうだ。

 この森には何度も来たことがあったが、『ミラージュの湖』は行ったことがなかった。


 オリジンの森まで到着した私たちは、少し休憩することにした。


(ここは、いつ来ても気持ちの良い場所だなぁ……)


 澄んだ空気が身体に染み渡るような感覚になる。私は深呼吸をした。すると、ユグが嬉しそうに言った。


「リリがきれいにしてるからね!」


「ふふっ……そうだね」


 私は笑顔で答えると、再び歩き始めた。


 しばらく歩くと、大きな湖が見えてきた。

 湖の周りは木に囲まれており、幻想的な雰囲気を放っている。

 水面は太陽の光を反射してキラキラと輝いており、まるで宝石箱を見ているようだ。


「うわぁ……。綺麗だねぇ……」


 あまりの美しさに見惚れてしまい、思わず声が出てしまった。すると、ユグが話しかけてきた。


「あそこにお花がさいてるよ!」


「どれどれ……?あっ!本当だ!」


 ユグの指差す先には、白い花びらをつけた花があった。


(これ、『スリフィの花』だ!)


 私は目を丸くして驚く。まさか、こんなにすぐに見つかるとは思わなかったからだ。


「きれいだね!」


 ユグはそう言うと、屈託くったくのない笑みを見せた。


「うん!すごく綺麗……!」


──《……お客さん?あなたもおやすみ……》


 私が返事をした時、不意にこんな声が聞こえてきたかと思うと、だんだん眠気が襲ってきた。


(あれっ……。なんか……頭がぼんやりしてきたかも……)


 私は必死で意識を保つが、睡魔には勝てずそのまま寝入ってしまった。



◇◇◇



(ん……?なんだかじめじめする……?それに、ちょっと暑いな……。って……ここどこ!?)


 私はハッとして起き上がる。周りを見ると、見たことのない光景が広がっていた。

 目の前には、薄暗い森が広がっており、生ぬるい風が吹いていた。


(どうしてこんなところに……?)


 私は混乱していた。しかし、今はそれよりも状況を把握しなければ……。

 私は立ち上がると、ゆっくりと辺りを散策し始めた。


(やっぱり……。この場所はミラージュの湖じゃないよね……。オリジンの森とも違う……)


 冷静に考えてみると、明らかに様子がおかしい。そして、一緒にいたはずのユグの姿も見つからなかった。

 そもそも、オリジンの森にこんなに深い霧が立ち込めることはありえないし、木々の間から見える空は真っ赤に染まっていた。


(これは一体どういうことなんだろう……?)


 私は不安な気持ちを抱えながら、さらに森の中を進んでいく。すると、目の前を何かが横切った。


「ひっ……!」


 私は驚いて立ち止まる。恐る恐る視線を向けると、そこには子どものような影が見えた。


(よかった……。人がいる!)


 私はホッと胸を撫で下ろす。そして、意を決して話しかけた。


「ねぇ、君!ここはどこかわかる?」


「…………」


 反応がない。もう一度呼びかけてみるが、全く同じだった。

 私は困り果てていた。その時だった──


《お姉ちゃん!》


 突然、頭の中に声が響いたのだ。


「えっ……?」


 私は戸惑いの声を上げる。


(今のは……誰……?)


 聞き覚えのあるようなないような不思議な感じがした。


《お姉ちゃん!こっちだよ!早く!》


 また聞こえてきた。私は困惑しながらも、声のする方へ走り出した。


──『あっ……』


 後ろから、少年のような声が聞こえてきたが、振り返る余裕はなかった。

 私はただひたすらに走った。すると、まばゆい光が私を包んだ。


「うわっ……!」


 眩しさのあまり、思わず目を閉じる。しばらくして、私はゆっくり目を開いた。



◇◇◇



「お姉ちゃん!やっと起きた~!」


 ユグの元気な声で目が覚めた。私はハッとして身体を起こす。


「あれ……?私……」


 周りを見回すと、そこはいつものオリジンの森で、ミラージュの湖が見えた。


「お姉ちゃん、だいじょうぶ……?」


 ユグが心配そうに顔を覗き込んできた。


「う、うん……。平気……」


(さっきのは……夢……?)


 私は呆然としながら呟いたのだった───。

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