第21話 エンターテイナーな『ココンの実』

(あれは、何だったんだろう……)


 翌朝。研究所へと帰ってきた私は、ミラージュの湖でのことを思い出していた。


(確か……男の子みたいな声がして……それで……)


 私は頭を悩ませていた。夢にしては妙にリアルだったからだ。


(とりあえず、ナチュラさんに相談してみようかな……)


 私はそう決めると、ナチュラさんの部屋へ向かった。

 ドアをノックすると、中から「どうぞ」と返ってくる。扉を開けると、ナチュラさんは図鑑を開いて何かを書き込んでいた。


「あら、フタバちゃん。どうかしたの?」


「えっと……。実は、相談したいことがありまして……」


 私がそう言うと、ナチュラさんは図鑑を閉じてこちらを向く。


「相談?私でよければ、何でも言ってちょうだい」


「はい……。えっと……ミラージュの湖に行った時のことなんですけど……」


 それから、私はナチュラさんに夢の出来事を話した。

 一通り話し終わると、ナチュラさんは顎に手を当てて考え込む。そして、おもむろに口を開いた。


「その話……もしかしたら、スリフィの花の影響かもしれないわね」


「スリフィの花の……?」


 私は首を傾げた。


「えぇ。スリフィの花の香りには、眠りに誘う効果があるのよ。良い夢を見せるっていうのも、そのためなの」


「そうなんですか……。だから、眠くなったんですね……」


 私は納得しつつ、疑問を抱いた。


(でも、私が見た夢は『良い夢』とは言えないような内容だったような……。あの男の子は、一体誰だったんだろう……)


 私は不思議に思いながらも、これ以上考えても仕方ないので考えるのをやめた。


「ナチュラさん……。ありがとうございました」


「いいのよ。フタバちゃんは、今日も調査に行く予定なのよね?……あんまり無理しないでね?」


 ナチュラさんはそう言うと、優しく微笑んだ。


「はい。気をつけます!」


 私はそう返事をして、部屋を出た。



◆◆◆



 その後、私はユグと一緒に『ココンの実』の調査へと向かった。


「ココン♪ココン♪ふんふふ~ん♪」


 鼻歌交じりにスキップしているユグを見ていると、自然と笑みがこぼれる。


「ふふっ……。ユグ、ご機嫌だねぇ……」


「だって、お姉ちゃんとのお出かけ、たのしいんだもん!」


 ユグは満面の笑顔を浮かべると、私の腕にしがみついた。


「もう……。ユグったら……」


 私は苦笑いをしながら言った。すると、ユグが私を見上げて尋ねてくる。


「お姉ちゃんは、たのしくないの?」


「そんなことないよ!私も楽しいよ!」


 私は慌てて答えると、ユグの頭に手を置いた。


「わーい!うれしいな~!」


 ユグは嬉しそうに笑うと、再び歩き始めた。


「ココン♪ココン♪ふんふふ~ん♪」


(ユグ……それ、気に入ったんだね……)


 私は心の中でツッコミを入れると、ユグの後を追ったのであった。



 しばらく歩くと、ココンの畑が見えてきた。

 ココンの実は、トウモロコシに似た魔法植物だ。背の高い葉の隙間に、黄緑色の葉に包まれた実がついているのだが……。


「お姉ちゃ~ん!とどかないよ~!」


 背の低いユグには届かなかったようだ。私は彼女の元へ駆け寄ると、背中を向けてしゃがむ。


「ほら、乗って?」


「わーい!ありがと~!」


 ユグが嬉しそうに飛びついてきたので、「しっかりつかまっててね?」と伝える。すると、ユグはギュッとしがみついてくる。


「よいしょ……っと……」


 私はユグを背負って立ち上がる。


「すごーい!たかいたかーいっ!」


「ユグ、届きそう?」


「うん!お姉ちゃん、もうちょっとみぎ!」


 ユグの指示に従って、私は少しだけ右に動く。ユグは両手を伸ばして実を掴もうとした……が、うまく掴めなかったようだ。


「あれぇ~?とれないよぉ~!」


 ユグは悔しそうに叫ぶ。


「取れなかったの?」


「うん……。ココンがね、に逃げたの」


「逃げたの?」


 私はユグの言葉に首を傾げる。どういうことだろう……?


「お姉ちゃんも、とってみて?」


 ユグに言われて、彼女を降ろしてから、私もココンの実へ手を伸ばした。だが、まるでその手を避けるように、ココンの実が揺れたのだ。

 何度か取ろうと試みたが、なかなか上手くいかない。


「えぇ……どうして取れないんだろう……?」


 私が困っていると、突然ココンの葉が震え出した。


──《……ッフフ、フフフッ……!》


 そして、こんな笑い声が聞こえてきた。


「あの……?」


《アハハッ!君たち面白いねぇ?》


「わっ……!」


 突然話しかけられて、私は驚いてしまった。バランスを崩して倒れそうになるが、何とか持ちこたえる。


「お姉ちゃん!?だいじょうぶ……?」


「う、うん……。大丈夫だよ……」


 私は体勢を立て直すと、ユグに向かって答えた。すると、また声が響いた。


《おっと……驚かせてしまってすまない。ボクはココンだよ。よろしくね?》


 目の前の葉が、お辞儀をするように動いた。


「あ、はい……。こちらこそ……」


 私もつられて頭を下げる。すると、ユグがココンの葉を引っ張った。


「ねぇ~……なんでにげたの?お兄ちゃんのいじわる~……」


《イタタタッ……!引っ張らないでくれ……!悪かった、悪かったから!》


 ココンが苦しげに声を上げる。私は慌てて止めに入った。


「ユグ、やめてあげて?」


「えぇ~……」


 不満そうな声を上げるが、渋々離してくれた。

 私はホッとして息をつくと、改めてココンに向き直る。


「えっと……どうしてですか?」


《いや……その……君たちの動きが面白くて、つい……》


 ココンは申し訳なさそうに言う。


(それって……遊ばれてたの……?)


 私は呆れながら思った。


「むぅ~!おもしろくなんかないよ~!」


 ユグは頬を膨らませて怒る。私は彼女の頭を撫でて落ち着かせると、ココンへ尋ねた。


「あの……この実は、あなたにとって大切なものなのなんですか?」


 私がそう尋ねると、ココンは葉を横に振った。


《あぁいや、そんなことはないさ。ボクの自慢ではあるけどね》


「じゃあ、ちょうだいよ~!おいしいんでしょ~?」


 ユグはそう言って、再びココンの葉を引っ張る。


《ちょっ……!わかった、あげるよ……!だから引っ張らないで……!》


「やった~!」


 ココンが根負けしてそう言うと、ユグは飛び上がって喜んだ。


「なんか、すみません……色々と……」


 私は苦笑いしながら謝る。すると、ココンは気にするなと言うように葉を横に振った。


《いいんだよ。……ほら、どうぞ》


 そんな声とともに、ココンの実が私とユグの手元に落ちてきた。


「わーい!ありがとう!」


「ありがとうございます!」


《どういたしまして。そのままいけるから、食べてみるといいよ?》


 ココンが言うので、私たちは早速葉をいてみた。すると、中からは黄金に輝く実が出てきた。


「きれい……!」


「ほんとだ……!」


 私たちは同時に呟くと、ほぼ同時に口に入れた。


「……おいしー!」


「甘くて美味しいです!」


 あまりの美味しさに感動していると、ココンは満足そうな声で言った。


《そうだろう?ボクの自慢の実なんだ!……そうだ、良いものを見せてあげよう!》


「なになに~?」


 ユグが興味津々といった様子で聞き返す。

 ココンは、実の1つを私たちの目の前に向けて言った。


《それは見てのお楽しみだ。いくよ……1ワン2ツー3スリー!》


 次の瞬間、バチバチッ!という音と共に青白い光が弾けた。


「きゃあっ!」


「ひゃっ!?」


 驚いた拍子に、思わず悲鳴を上げてしまう。眩しくて目が開けられないが、目の前にあったココンの実に何かが起きたことは確かだ。

 やがて、徐々に視界が戻ってくる。そこには、先ほどと変わらないココンの実があった。


「なになに~?いまのなに~?」


「わからない……何だったんだろう……?」


 2人揃って首を傾げていると、ココンの声が聞こえてきた。


《驚くのはこれからだよ?それっ!》


 ココンの葉ががれていき、実の姿が現れるのかと思いきや……なんと、実の1粒1粒がこちらに向かって飛んできたのだ。

 そう、ポップコーンならぬ『ポップココン』である。


「うわぁあ!」


「きゃ~!」


 私たちは、飛んでくるポップココンに驚いて逃げ回る。


《ハハハッ!サプラーイズ!》


 ココンは楽しそうにはしゃぐと、次々とポップココンを飛ばしてきた。


(サプライズにも程があるでしょ……!)


 私は心の中でツッコんだ。その後しばらく、私とユグは必死に逃げ回ったのであった───。

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