第41話 裏世界樹の暴走を制止せよ

 私たちは準備を終えると、再びミラージュの湖へとやってきた。


(いよいよだ……)


 緊張からか、心臓の鼓動が激しくなる。

 水面は静かに波打っており、空には雲一つない。だが、空気は冷たく澄んでおり、まるで私たちの行く末を見守ろうとしてくれているかのようだ。


「フタバちゃん、大丈夫?」


「はい……。ちょっと、緊張していますけど……」


 私は深呼吸を繰り返しながら、気持ちを落ち着かせる。すると、見送りに来てくれたオリバーさんが、優しく言った。


「心配はいらないよ。僕たちは君を信じてるから。……気をつけてね」


「……! ありがとうございます! 行ってきます!」


 私はお礼を言うと、前を向いて歩き出した。すると、カゲが隣に並ぶ。


「……行こう」


「……うん」


 私は小さく返事をすると、ゆっくりと足を踏み出す。


「フタバさん……」


 ふと、背後からクレアさんの声が聞こえる。振り返ると、クレアさんが心配そうな表情をこちらに向けていた。隣にはジェイクさんの姿もある。


「どうかしましたか?」


「その……無茶だけは、絶対にしないで下さい……」


「大丈夫だとは思うが、万が一ということもあるからな……。本当に危なくなったら、すぐに戻ってこいよ!」


「はい! わかっています!」


 2人の言葉に、私はしっかりと返事をした。それから、改めてオリバーさんたちの方に向き直る。


「それじゃあ、行ってきます!」


「ああ! 頼んだよ!」


「はい!」


 私たちは応援を背に、湖へと飛び込むのだった。



◆◆◆



 次に水面から顔を出した時、目の前には薄暗い森が広がっていた。無事に裏世界へとやってこれたようだ。

 遠くの方に裏世界樹の姿も見える。


「……よし! 行こう!」


 私は、カゲたち3人に呼びかける。すると、皆はこくりと首を縦に振った。そして、私たちは慎重に歩みを進めていく。

 しばらく歩くと、前方に巨大な木が見えてきた。あれが、裏世界樹だ。

 だが、以前より黒いモヤの勢いが増しており、近づくにつれてどんどん濃くなっていく。


(これは、急いだ方が良さそうだな……)


 私は警戒を強めながら進んでいく。すると、低く重い声が響いてきた。


──《……カゲ、また来たのか》


「……っ!」


 声の主は、裏世界樹だ。カゲはビクッと体を震わせると、「……うん」と答えた。すると、裏世界樹はさらに言葉を続ける。


《お前は俺様に従っていればいいものを……》


「……嫌だ」


何故なぜだ?》


「だって……今のホープは間違ってる……!おれの好きなホープは、そんなんじゃなかった!」


 カゲはそう叫ぶと、裏世界樹を見据えた。


《黙れ!!》


 突然、裏世界樹が叫び始める。すると、辺りの木々がざわめき始めた。


《俺様は間違えてなどいない! この闇の力で、全てを俺様のものにしてくれる!》


「……! カゲ! 危ない!!」


 私は咄嵯とっさにカゲの腕を引く。それと同時に、黒いモヤがムチのように襲ってきた。私はカゲを抱き寄せると、素早く避ける。


「……っ! フタバちゃんたち! 早く浄化しないと、大変なことになるわ!」


 ナチュラさんは焦ったように叫んだ。どうやら、裏世界樹に巣食う闇が、ますます強まっているらしい。


「わかりました!カゲ、一緒に来てくれる?」


「……わかった」


 私の言葉に、カゲは素直にうなずく。私はナチュラさんに視線を向けると、大きく息を吸った。


「ナチュラさん! 私とカゲが向かうので、援護をお願いします!」


「任せてちょうだい!」


 ナチュラさんは力強く言うと、魔法の準備を始める。それを確認してから、私とカゲは走り出した。

 まずは、裏世界樹に張り付いている黒いモヤを取り除く必要がある。そのためには幹に直接触れて、光の魔力を注ぐ必要があった。


「カゲ! 離れないようにね!」


「わかった!」


 私はカゲに忠告すると、裏世界樹に向かって駆け出す。次々と黒いムチが襲ってくるが、ナチュラさんの『植物進化プランツ・エボルブ』によって成長したルベルの花が盾のようになり、それらを防いでくれる。


《チッ……!これなら避けられまい!》


 すると、裏世界樹は黒いモヤをそのままこちらに向けてきた。


(しまった……!避けられない……!)


 私は慌てて防御態勢を取る。しかし、それは必要がなかった。なぜなら、ユグがルベルの花を振り、光の粒子りゅうしを放ったからだ。光と闇はぶつかり合い、消滅していく。


「お姉ちゃん! 今のうちに!」


「ありがとう! ユグ!」


 私はユグにお礼を言うと、再び走り出す。そしてついに、裏世界樹の元へとたどり着いた。


《貴様ァアッ! よくも邪魔してくれたな! もう許さぬぞォオオオッ!!!》


 怒り狂っている様子の裏世界樹を見て一瞬怯ひるむが、私は意を決して幹に触れ、魔力を流し込んでいく。


(……っ! やっぱりすごい力だ……!)


 予想以上の闇の量と強さに、思わず手が震えてしまう。だが、ここで負けるわけにはいかない。私は必死になって光の魔力を注ぎ続けた。


《フハハッ! 無駄なことを! この程度では、俺様は倒せん! ……これでもくらうがいい!》


「くっ……!」


 裏世界樹は無数の葉を飛ばしてくる。私は避けることができず、いくつも服に傷をつけられてしまう。


(このままじゃ、ジリ貧だ……! 何か手を考えないと……)


 私は歯を食いしばりながらも、思考を巡らせる。すると、そんな私の頭の中に別の声が響いてきた。


──《もう、やめてくれ……っ》


(えっ……?)


 私は驚き、目を見開く。この声は、まさか……


「ホープ!!」


 カゲが声を上げる。そんな彼を見て、私は確信した。


(この声は、の裏世界樹の声だ!)


 裏世界樹は、完全に闇に染まっている訳ではない。まだ希望はあるはずだ。私はそう思いながら、光の魔力を注ぎ続ける。


 ……どのくらいの時間が経っただろうか?しばらくすると、裏世界樹の動きがにぶくなり始めた。


《……なぜだ……。なぜなんだ……。こんなはずでは……》


 裏世界樹は弱々しい声で呟き続けている。その声からは深い悲しみと後悔の色を感じられた。きっと心のどこかで迷いがあるのだ。

 私はさらに強く、光の魔力を送り込む。すると、再び声が聞こえてきた。


《俺の闇を、消してくれ……。早く、早く俺がちる前に……ぐっ!!》


「……ホープさん! きゃあっ!!」


 裏世界樹は苦しみ始め、黒いモヤを激しく放ち始める。私はその衝撃に耐えきれず、吹き飛ばされてしまった。


「お姉さん!!」


《グウァアッ!! 貴様ッ! 何をしたァッ!!》


 裏世界樹は雄叫びを上げながら、こちらに枝を向けてくる。攻撃が来ることを察して、私は身構えた。

 だが、いつまで経ってもその瞬間は訪れない。恐る恐る目を開けてみると、そこには苦しむように枝葉を揺らす裏世界樹の姿があった。


《だ、だめ、だ……。カゲたちは……っ!》


五月蝿うるさい! お前は、黙れ……ッ!》


 2つの声が、交互に聞こえてくる。それは、光と闇が互いにあらがおうとしているかのようだった。


《頼むから……消えてくれ……!》


《消えるのは、お前の方だッ……!》


《……っ! ……そうか、やはり俺は消えるべきなのか……》


「えっ……!?」


 裏世界樹の言葉を聞いて、私は思わず声を漏らしてしまう。その声には、諦めにも似た感情が含まれていた。

 そして、次に聞こえてきたのは思いもよらない言葉だった。


《カゲ、ごめんな……》


(……っ!どうして謝るの?なんで……)


 私は動揺する。だが、次の言葉で全てを理解した。


──《俺を、ってくれ》

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