第42話 浄化の光と2つの心

「な、なんで……」


 カゲは動揺しながら、裏世界樹に問いかける。すると、裏世界樹は自嘲じちょうするように言った。


《俺が死ねば、こんな闇に染まった世界も消えるだろう。……それが、一番良い方法だ》


「そ、そんなの……!」


 カゲは裏世界樹の言葉に反論しようとする。だが、その先の言葉が出てこず、悔しそうな表情を浮かべていた。


(本当に、るしかないの……?そんなのって……)


 私は困惑する。確かに、裏世界樹の言っていることは正しいのかもしれない。だが、それでも、裏世界樹を救いたいと思ってしまう。


「いやだ!! おれは、ホープに生きてほしい!!」


《カゲ……》


 カゲは叫ぶと、裏世界樹に駆け寄っていく。そして、幹にしがみついて叫んだ。


「死ぬなんて言わないでよ!! 生きてよ……!!」


 カゲの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。私はその様子を見て、胸が締め付けられるような気持ちになった。


(私だって……っ!)


 私は拳を強く握りしめると、裏世界樹に語りかける。


「裏世界樹さん……! あなたがいなくなったら、カゲはどうなるんですか!? 1人にしてもいいんですか!?」


《……》


「お願いですから……っ! 生きることを諦めないでください……!」


《……っ!》


 裏世界樹は私の言葉を聞くと、ピクリと反応を示す。そして、小さな声で話し始めた。


《……俺だって、死にたくはない。だけど、どうすればいいんだ……?》


「それは……」


 私は伐らずに済む方法を探そうと、必死に頭を働かせる。

 だが、このままでは闇が強すぎる。闇の根源に光の魔力を直接ぶつけられれば、あるいは……


「裏世界樹さん! 私に考えがあります!」


《……?》


「あなたの身体の、闇が溜まっている場所に直接光の魔力をぶつけます! そうすれば、少しは闇が薄まるかもしれません!」


《……》


「もちろん、危険なけになると思います。……でも、他に方法がありません! お願いします!」


《……わかった》


「……! ありがとうございます!」


 私は裏世界樹に感謝すると、カゲに視線を向ける。すると、彼は泣きらした顔を上げて、小さくうなずいた。

 私たちは裏世界樹の正面に立つ。すると、裏世界樹は静かに話し出した。


《……今からカゲに闇の位置を送る。そこに、光の魔力を当ててくれ》


「わかりました」


 私はうなずくと、カゲと手を繋いだ。そして、意識を集中させる。すると、脳裏に闇が溜まっている部分のイメージが流れ込んできた。

 私はそれを頼りに、光の魔力を注ごうとしたのだが……


(あれ? もしかして、魔力が尽きかけてる……?)


 どうやら、今までの無理な浄化によって魔力を消耗していたようだ。


(くっ……! 魔力が足りない……!)


 私が焦りを感じていると、突然カゲが口を開いた。


「お姉さん……! おれのを使って!」


「カゲ……! でも……」


 確かに、カゲもルベルから光の魔力を受け取っていた。だが、その譲渡じょうと方法までは知らない。

 私が戸惑っていると、カゲは強い意志を持った瞳で言う。


「大丈夫だよ! お姉さんの役に立ちたいんだ!」


「カゲ……! わかった!」


 私はカゲの手を握る手に力を込める。すると、私の手を通して、温かい光が伝わってくるのを感じた。


(すごい……! これなら、いける!)


 頭の中に、魔法名が流れ込んでくる。私はカゲと目を合わせると、2人で同時に叫んだ。


「「『浄化の矢ピュリファイング・アロー』!!」」


 すると、私たちの前に白い光を放つ巨大な弓が現れた。


「行くよ……! カゲ!」


「うん! お姉さん!」


 私はカゲと手を繋いだまま、もう片方の手でゆっくりと光の弓矢を引く。そして、狙いを定めると、一気に魔力を解き放った。


「「いっけぇえええええっ!!!」」


 放たれた光の矢は、真っ直ぐに裏世界樹に向かって飛んでいく。そして、闇の核を貫いた。


《グァアァアア───ッ!!》


 裏世界樹が悲鳴を上げると同時に、辺り一面が真っ白になっていく。やがて視界が晴れていくと、そこには闇が消えた裏世界樹の姿があった。

 黒いモヤはすっかり消え去り、裏世界樹は美しい姿に戻っている。これが本来の姿なのだろう。その姿を見た瞬間、私は安堵あんど感に包まれた。


《……終わったのか……》


 裏世界樹は呟くように言う。すると、カゲは勢いよく裏世界樹に抱きついた。


「ホープ!!」


《ぐふっ! ……おい、いきなり飛びつくな》


「ごめんなさい……でも、嬉しくって……!」


《……まったく、仕方のないやつだ》


 裏世界樹は呆れた様子を見せるが、その声音は優しかった。

 私はそんな彼らの様子を見つめながら、笑みをこぼす。すると、後方からナチュラさんとユグがやってきた。


「お疲れ様! 無事に終わったみたいね」


「はい! なんとか……」


「お姉ちゃん、すごかった! 光が、バーッてなってた!!」


語彙ごい力……!)


 私は心の中でツッコミを入れる。そんな私の心情を知ってか知らずか、ユグは無邪気に笑うと、裏世界樹を見て言った。


「よかったね!」


《……あぁ、そうだな》


 裏世界樹は穏やかな声で答えると、お辞儀をするように、こちらに枝葉を下げた。


《改めて礼を言う。……助けてくれて、ありがとう》


「いえ、そんな……! 私だけじゃなくて、みんなで頑張った結果ですから」


「そうよ! それにしても、ずいぶん傷だらけね……」


 裏世界樹を見上げるナチュラさんにつられて、私もそちらを見る。すると、幹には無数の切り跡が残っていた。


《あぁ……。闇に侵食されていた時にできたものだ》


「そうだったんですか……」


 私は痛々しい光景に顔をゆがめる。ユグも心配そうな表情を浮かべていた。


「いたそう……。お姉ちゃん、治してあげられる?」


「……そうだね。裏世界樹さん、治療してもいいですか?」


《……お願いしよう》


 裏世界樹はうなずくように枝葉を動かす。私は笑顔を浮かべると、リュックから薬剤を取り出した。

 まずは一番大きな切り跡をふさいでしまおうと思い、薬を塗り始めた時だった。


《……っ! ガアァッ! 俺様に、触るんじゃないッ!》


「うわっ……!」


 突然豹変ひょうへんした裏世界樹に驚き、私は尻餅をつく。すると、裏世界樹は自分の言葉に気づいたようで、ハッとしたように葉を揺らした。


《すまない……! 俺は一体何を……》


「えっと……どうしたんでしょう……?」


 私は困惑しながらも立ち上がる。すると、裏世界樹は申し訳なさそうに続けた。


《本当にすまない……! 自分の中に、もう1つの自分がいるような感覚なんだ……! そのせいで、記憶が混乱していて……》


「な、なるほど……」


(それはつまり、二重人格のようなものなのかな……? 人格っていうか、樹格じゅかく?)


 私は冷静になって考えると、先程の裏世界樹の様子を思い出す。確かに、別の性格のようであった。


(ということは……)


 私はあることを思いつき、裏世界樹に話しかける。


「あの、ちょっと試したいことがあるんですけど、いいでしょうか……?」


《……? あぁ、構わないが……》


 私は少し緊張しながら、先程と同じように薬を塗ろうと、そーっと触れてみた。


《……ッ! やめろと言っているだろうがッ!!》


(やっぱり……!)


 私は確信を得ると、裏世界樹に向き直った。


「裏世界樹さん、あなたは多重人格みたいな状態になっているんですよ!」


《多重……? どういうことだ?》


(あれ? あまりピンとこなかったかな?)


 不思議そうな声をあげる裏世界樹に、私はさらに説明を続ける。


「簡単に言えばですね……! 表の時は優しくて穏やかな性格なのに、裏の時は乱暴で攻撃的な性格に変わるということですよ!」


《なっ……!?》


 裏世界樹は動揺したような声を出す。私はそのまま続ける。


「多分ですが、闇におかされた影響で、もう1つの性格が出来てしまったんだと思います……」


《そんなことが……》


「はい。だから、今のあなたは裏世界樹さんであって、裏世界樹さんではないというか……」


(う〜ん……うまく伝えられない……!)


 私はもどかしさに歯噛はがみする。すると、裏世界樹はしばらく黙り込んだ後、静かに話し始めた。


《……仮に、お前の言う通りだとしたら、どうすればいい?》


「えっと……」


 多重人格は、本人の意思に関係なく、勝手に入れ替わってしまう。それ故に、治療法が確立されていないのだ。


(どうすればいいんだろう……)


 私が悩んでいると、黙っていたカゲが口を開く。


「……おれは、このままでも大丈夫だと思う」


「カゲ……? どうしてそう思うの……?」


「だって、闇は無くなったんでしょ? 優しいのも、ちょっと乱暴なのも、ホープはホープだし! それに……」


(それに……?)


 私が首を傾げると、カゲは真剣な眼差まなざしで言う。


「もしまた闇の力が目覚めたとしても、何回だっておれが助けるから!」


《カゲ……》


 裏世界樹の声から、迷いの色が消えるのを感じる。すると、カゲは照れくさくなったのか、慌てて付け加えた。


「あっ! もちろん、お姉さんたちも一緒にだよ!」


「ふふっ……! わかってるよ」


 私は微笑むと、カゲの頭を撫でる。そして、裏世界樹に視線を向けた。


「どうします? 裏世界樹さん」


《……そうだな。また迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む》


「はい! 任せてください! ……それじゃあ、とりあえず治療しちゃいますね」


 私は元気よく返事を返す。そして、再び裏世界樹の治療を始めたのだった───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る