最終話 この美しい世界で

《……そうか。君は別の世界から……》


「はい……」


 治療を終えた後、私はこれまでの経緯について、裏世界樹に語っていった。

 大学帰りに、こちらの世界に迷い込んだこと。植物と話せるようになったこと。いろいろなことを重ねていく間に、表世界の世界樹を救うことになったこと。そして、カゲと出会い、こうして裏世界樹を助けることができたことも……。

 私の話を最後まで聞いた裏世界樹は、ポツリと呟いた。


《……なるほど。そうなると、君をこの世界へ巻き込んだ原因が俺にあることになる……》


「えっ?」


(そんな……! 足を踏み入れたのは私の方なのに……!)


 私は戸惑いながら、どうにかフォローしようと試みる。

 そもそもの原因は、闇の魔力が宿ってしまったことなのだ。それは不運な事故のようなものであり、裏世界樹のせいであるはずがない。


「そんな! 裏世界樹さんのせいじゃないです!」


《しかし……》


「でも……!」


 お互いに譲らない状況が続く。すると、ユグが突然声を上げた。


「お姉ちゃんたち、ケンカしないで!」


「ユグ……?」


「せっかくみんなで仲良くなったのに、ケンカするのはダメなの!悲しい気持ちになるの!」


 ユグは泣き出しそうになるのをこらえるように言う。私はハッとすると、すぐに謝った。


「ごめんね……ユグ」


「ううん……」


 ユグが首を振る気配を感じながらも、私はまだ納得できないでいる。すると、ナチュラさんが静かな声で言った。


「ユグちゃんの言う通りよ。こうして解決できたんだし、過ぎ去ったことを掘り返しても仕方ないわ。……それより、これからのことを話しましょう?」


「そう……ですね……」


 私は呟くように答えると、裏世界樹に問いかけた。


「あの、裏世界樹さんは、これからどうされるんですか?」


《そうだな……。まず、この世界を元に戻すことから始めようと思う。時間はかかるだろうが、必ず……》


「そうですか……」


 私はうなずくと、隣にいるカゲに声をかける。


「カゲはどうするの?」


「えっ? ……うーん」


 カゲは悩むように腕を組むと、しばらくしてから答えた。


「おれは……ホープのお手伝いをしようかなって思ってる」


《カゲ……。良いのか? 彼女たちと別れることになるんだぞ?》


「……そうだね。寂しいけど、ホープはここから動けないから、おれが代わりに頑張らなきゃ!」


「そっか……」


 私は小さく笑うと、裏世界樹に向き直る。


「裏世界樹さん。私たちは一旦、元の世界に戻ろうと思ってます」


《……そうか。世話になった》


「いえ、こちらこそ! ありがとうございました!」


 私は大きく頭を下げると、ナチュラさんとユグと共に歩き出す。すると、背後から声をかけられた。


《……待ってくれ! 最後に一つ、聞きたいことがある!》


「なんでしょう?」


 振り返ると、裏世界樹はどこか不安げに葉を動かしていた。


《君は、なぜ俺たちを助けてくれたんだ?》


 裏世界樹の言葉に、私はキョトンとする。


「えっと……困っていたから……?」


《それだけなのか?》


「うーん……」


 私は腕組みをする。それからしばらく考えて、ようやく口を開いた。


「私にもわからないんです。ただ、気がついた時には、体が動いていて……それで……」


《そう……なのか》


「はい。でも、今ならわかる気がします。きっと、私は植物が好きだから……。私にできることを、精一杯やりたいと思ったんです!」


《……そうか》


 裏世界樹は嬉しそうに葉を動かす。そんな姿を見て、私は微笑んだ。


《……俺はずっと、誰かの助けを待っていたのかもしれない。……ありがとう。俺がこんなことを言うのもおかしな話だが、この世界に迷い込んだのが、君で良かったよ》


「裏世界樹さん……!」


 私は胸の奥に温かいものが込み上げるのを感じた。すると、裏世界樹は言葉を続けた。


《……また、会いに来てくれ。その時までには、きっと元通りにしておくから》


「わかりました! 絶対来ます! 約束します!」


 私は笑顔で答えると、手を振ってその場を離れる。


「フタバお姉さん、またね!」


「うん! また来るから!」


 私はカゲに手を振り返すと、湖へ続く道を歩いていったのだった。



◇◇◇



 表世界へと戻ってきた私たちは、オリバーさんたちから温かく出迎えられた。

 彼らは私たちの無事を確認すると、ホッとした表情を見せた。


「どうなることかと思っていたけど、無事で良かったよ」


「本当に心配しましたよ……」


 オリバーさんとクレアさんは心底安心したという顔で言う。私たちが戻るまで、ずっとここで待っていてくれたようだ。


「なぁ……。結局、闇はどうなったんだ……?」


 ジェイクさんが遠慮がちに聞いてくる。私はそれに答えると、裏世界で起きたことを話していった。


「……というわけで、闇は浄化され、裏世界樹さんは元に戻りました!」


「そうか……! それは、本当なのか!?」


「はい!」


 私は力強く返事をする。すると、オリバーさんたちは目を輝かせた。


「すごいじゃないか! 今度は裏世界まで救うなんて!」


「さすがですね!」


「やっぱりフタバちゃんは『救世主』だな!」


 3人の賛辞を浴びて、思わず頬が緩む。私は照れ臭くなりながら、「ありがとうございます!」と答えた。

 救世主だなんて大袈裟おおげさな気がするけれど、褒められるのは素直に嬉しい。


「さぁて、そんな救世主様が帰ってきたことだし、祝杯でもあげるとするかね!」


「いいですね!」


「賛成だ!」


「……えっ!?」


 盛り上がる各国の代表者たち3人に戸惑っていると、オリバーさんがこちらを向いた。


「という訳で、今から僕の家でパーティーでも開こうか! もちろん、無理強いはしないけど……どうだい?」


「行きたいです! ぜひお願いします!」


 私は勢いよく返事をすると、2人にも目を向ける。すると、ユグが嬉しそうに飛び跳ねていた。


「やった~! パーティーだ~!」


「フフッ……! 楽しそうね」


 ナチュラさんも微笑ましそうにその様子を見ている。どうやら、2人も乗り気のようだ。


(みんなでパーティーかぁ……。楽しみ!)


 私はウキウキしながら、オリバーさんの家へ向かったのだった。



◆◇◆



 それから数ヶ月が経ち、私はユグと一緒に裏世界に来ていた。裏世界の様子は、たまに表世界に来るカゲから聞いていたが、実際に来るのは久しぶりだ。


「すごーい! きれいになってるね!」


「うん!」


 以前来た時よりも、森は見違えるほど美しくなっていた。ユグは花々を見ながら、感嘆かんたんの声を上げる。

 私は微笑むと、裏世界樹の元へ駆け寄った。


《……おぉ! 君たちか!》


「こんにちは! お元気でしたか?」


《あぁ。おかげさまでな》


 裏世界樹は穏やかな口調で答えてくれた。どうやら、すっかり体調が良くなったらしい。私はホッと息をつく。


「フタバお姉さん! ユグ!」


「あっ! カゲ!」


 私が振り返ると、そこにはカゲの姿があった。カゲは満面の笑みでこちらに走ってくる。


「すごいでしょ? おれたち、頑張ったんだよ!」


「うん! すごく綺麗だよ!」


「えへへ……! ありがとう!」


 カゲは嬉しそうに笑う。そんな彼の頭を撫でていると、裏世界樹が声をかけてきた。


《……どうだ? 俺様にかかれば、こんなものよ!》


「ふふっ……そうですね! さすがです!」


 得意げに言う裏世界樹につられて、私も笑ってしまう。

『裏』の性格も、ずいぶん丸くなってきたようだ。最初は、もっと傲慢な性格だったのに……。


《……なに笑ってるんだ?》


「いえ! なんでもないですよ!」


 私は慌てて首を横に振る。すると、カゲが服のすそを引っ張りながら言った。


「ねぇ、フタバお姉さん! おれね、フタバお姉さんたちと一緒に暮らしてもいい?」


「えっ? 一緒に?」


 私は戸惑いながら聞き返す。すると、カゲはコクンとうなずくと、上目遣いで私を見上げてきた。


「ダメかな……?」


「ダメじゃないけど……」


 私はチラッと裏世界樹の方を見る。すると、裏世界樹は枝葉を豪快に揺らして笑い出した。


《ハハッ! 俺様はかまわねぇさ! カゲを独り立ちさせんのは、前から決めてたことだしな!》


「そうなんですか?」


 私が尋ねると、少しの沈黙の後、慌てたような返事が返ってきた。性格が入れ替わったのだろう。


《…………はっ! あぁ、そうさ。カゲには自由に生きてほしいと思っているんだ》


「そうですか……」


 私は静かにうなずくと、視線をカゲに向ける。すると、カゲはパァっと顔を明るくさせた。


「じゃあ……!」


「うん! よろしくね、カゲ!」


「うん! ありがとう、フタバお姉さん!」


 私たちは手を取り合うと、お互いにニッコリと笑う。

 これからも、賑やかな日々が続きそうだ。そう思うと、私はワクワクが止まらなかった。


「よし! そうと決まれば、早速研究所に帰ろうか!」


「うん!」


「はーい!」


 私はユグとカゲを連れて歩き出す。


 この世界には、まだまだ私の知らないことがたくさんある。これからも、たくさんの発見があるだろう。

 大変なことも、悲しいこともあるかもしれないけど……。私はこの世界で精一杯生きていこうと思う。


──だって、この世界はこんなにも美しいのだから!

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続・異界の植物研究医 ~新たな魔法植物たちとの出会い~ 夜桜くらは @corone2121

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