第35話 頭が冴える『ピオッポの木』

「……ってことがありまして」


「そうなのね……」


 研究所にて。私たちは、それぞれの調査結果を報告し合っていた。ナチュラさんは腕組みをして考え込んでいる。


「うーん……。シュモの花に予知能力があるなんて、知らなかったわ……。でも、確率がそこまで高くないというのなら、フタバちゃんの言う通り、気にしなくていいのかしらね……」


「そうかもしれませんけど……。やっぱり、気になりますよね」


「そうね……。まぁ、フタバちゃんの気持ちもわかるけれど……。とりあえず、今は置いておきましょう」


「はい」


 私は素直に従う。すると、ユグが勢いよく手を挙げた。


「はいはーい! お姉ちゃん、わたしたちのほうこくも聞いてよ!」


「あっ! そうだね。聞かせてくれる?」


「うん!」


 ユグは元気に答えると、私と別れてからの出来事を話してくれた。



◆◆◆



 ユグとナチュラさんは、世界樹─『グレート・リリーフ・ツリー』のところへ行ってきたらしい。オリジンの森のことであれば、世界樹に聞くのが早いと考えたからだそうだ。


「世界樹が言うには、やっぱり森に異変が起きているらしいわ。『この世界の者ではない何者かが、森に侵入している』と言ってたの」


「ええ!?」


 私は思わず驚く。すると、ナチュラさんは険しい表情で言った。


「この世界とは別の世界から来た存在……。それが、今回の犯人というわけね」


「別の世界……」


 私は、自分もこの世界とはまた別の世界から来ているということを思い出した。


(異世界からの来訪者が、この世界に影響を与えている……)


 何とも言えない複雑な心境でいると、ナチュラさんは口を開いた。


「……フタバちゃん、心配しなくても大丈夫よ。あなたの世界からの来訪者は、今のところあなた1人だけみたいだから」


「えっ……?」


「リリがね、フタバお姉ちゃんは悪くないって言ってたよ!」


「そう、なんだ……」


 ユグの言葉に、私はホッと胸を撫で下ろす。

 だが、同時に疑問も浮かんできた。


「私の世界とは別の世界から、誰かが来ているってことですよね? そんなに簡単に、世界を移動できるとは思わないんですけど……。それに、何のためにこちらの世界に来ているんでしょう?」


 私が尋ねると、ユグとナチュラさんは難しい表情を浮かべる。そして、ユグは申し訳なさそうに口を開いた。


「それがね……わからないんだって。ただ、『何かの目的があって来ているのは間違いないだろう』って、リリは言ってたよ!」


「そうなんだ……。ありがとう、ユグ」


 私はお礼を言うと、思考を巡らせる。


(目的か……。一体、どんな目的で来たんだろう……)


「……とにかく、引き続き調査を続けていきましょう」


「はい」


 ナチュラさんの言葉に、私はしっかりと返事をした。


(私に出来ることは少ないかもしれないけど……それでも、少しでも力になりたい……)


 そう思って、拳を握りしめたのだった。



◆◆◆



 それから数日経ったある日。私は、とある魔法植物の調査に向かっていた。

 なるべく手分けして調査を行った方が良いだろうということで、前回に引き続き、私1人だ。

 調査するのは、『ピオッポの木』だ。ポプラによく似た魔法植物で、成長速度が非常に速いのが特徴だ。


(かなり背が高い木みたいだから、見つけやすいと思うんだけど……)


 私はキョロキョロと見回しながら歩いていく。向かう先は、小高い丘になっている場所だ。

 しばらく歩いているうちに、目的地に到着した。


(ピオッポの木は……あれ、かな?)


 図鑑を片手に確認しながら近づくと、予想通りの植物が視界に飛び込んできた。


「うわぁ……大きい……! これが、ピオッポの木……!」


 目の前に現れたのは、大きな幹を持つ大木だ。まるで、天に向かって伸びているかのように真っ直ぐ伸びており、枝葉が青々と茂っている。

 私はしばらく見上げていたが、ハッと我に返ると、早速観察を始めた。


(どの木も大きいな……)


 丘に立ち並ぶピオッポの木々を見上げる。まるで、空を覆い尽くすかのような存在感に圧倒されながら、私は観察を続けた。

 そんな中、私は他の木の半分くらいの高さしかない、1本のピオッポを見つけた。


(あれ……? この木だけ低いな……。どうしてなんだろう……?)


 不思議に思いながらも近づいてみる。だが、高さ以外は特に変わった様子はない。

 少し話を伺おうと思い、私は声をかけてみた。


「あの……すみません! ちょっと、お話を聞きたいことがあるんですが……」


 すると、背の低いピオッポから返事が返ってきた。


──《なんですか? ワタシに用なのですか?》


 少し背伸びした女の子のような声だ。私は驚きつつも、質問を続ける。


「えっと……。あなただけ、なぜかとても小さいですよね? その理由を知りたくて……」


《……! あなたもワタシをバカにするのですね?》


「えっ?ち、違いますよ!」


 私は慌てて否定する。だが、相手は怒りの声を上げたままだ。どうやら、自分の身体の小ささについて触れられるのは嫌らしい。


《ワタシは小さくありません!》


 ピオッポは、枝葉をバサバサさせて抗議してくる。私はなだめようと必死になった。


「ご、誤解です! 決して、馬鹿にしているわけではないんですよ!」


《嘘つき!》


「……っ」


 どうやら、完全に機嫌を損ねてしまったようだ。私が困り果てていると、背の高いピオッポから声を掛けられた。


《あらあら……あなた、この子を怒らせちゃったのね?》


「え……? あ、はい……」


《ダメよ、この子にとって樹高じゅこうの話は禁句タブーなんだから》


「あ……すみません」


《謝らなくていいの。それより、この子は物知りだから、いろいろ聞いてみると良いわ》


 背の高いピオッポは、そう言って枝葉を揺らした。


(物知り……? どういうことだろう……)


 私は首を傾げつつ、背の低いピオッポに恐る恐る向き直った。


「……その、ごめんなさい。つい気になってしまって……それで、あなたのことを色々教えてくれませんか?」


《……いいでしょう》


 すると、小さなピオッポはようやく落ち着いてくれたようだ。

 私はホッとして、改めて問いかける。


「ありがとうございます。あの……まず、あなたの持つ能力を教えてもらえますか?」


《わかりました。では、お話ししましょう。ワタシの能力はズバリ、知力強化です!》


「え……? 知力強化……?」


 私は思わず聞き返す。すると、ピオッポは自分の能力について詳しく説明してくれた。


《ワタシの能力を発動すると、頭の回転が速くなります。つまり、賢くなるのです!》


「な、なるほど……」


《さらに! ワタシは、ここにいる仲間たちの中でも、一番の知恵者と呼ばれているのです!》


「そ、そうなんですか……」


 感心していると、背の高いピオッポがこっそりと話しかけてきた。


《私たちはね、魔力を成長に使っているの。でも、この子の魔力は他のみんなよりも少ないのよ。だから、成長に使う代わりに、知力の向上に使ったみたいなの》


「へぇ……。そういうことだったんですね……」


 私は納得すると、再び小さなピオッポに視線を向けた。


「あなたは、とても賢いんですね。すごいです!」


 素直に褒めると、小さなピオッポは嬉しそうな声をあげた。


《当然なのです! ワタシは賢くなって、もっと皆の役に立つために頑張っていますからね! ……アナタにも、ワタシの知力を分けてあげましょう! いきますよ!》


 そう言ったかと思うと、小さなピオッポは枝葉を強く揺らした。すると、急に頭がえ渡ってくる感覚を覚えた。


「えっ……!? こ、これは……」


 驚いていると、背の高いピオッポが言った。


《ふふっ……。どうかしら? この子の能力のおかげで、頭が良くなったんじゃない?》


「はい! なんだか、すごく頭がスッキリしています!」


《それは良かったのです! また、いつでも相談に来るといいのですよ!》


 小さなピオッポは得意気に言う。私はお礼を言うと、さっそく仕事に戻ったのだった───。

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