第36話 栄養満点な実を持つ『ノワの木』

 それからの仕事は、それはそれははかどった。ピオッポの能力は、想像以上だ。

 研究所までの帰り道、私は見かけた魔法植物たちに次々と声をかけ、情報を集めていったのだ。


(今日だけで、結構な量の情報を集められたな……。この調子で頑張ろう!)


 私は意気込むと、足取り軽く帰宅するのであった。



◆◆◆



「ただいま戻りましたー」


 扉を開けると、そこにはナチュラさんとユグがいた。2人はお茶を飲んでいたようで、机の上にはティーカップが置かれていた。


「おかえりなさい、フタバちゃん」


「お姉ちゃん、おつかれさま!」


 2人の労いの言葉に、私は笑顔で応える。そして、すぐに調査の報告を行った。


「えっと……。まず、ピオッポに能力を使ってもらったところ、かなり効率良く情報を集めることができました!」


「まぁ……!」


 ナチュラさんが驚いたように目を見開く。ユグも「おお〜!」と声を上げた。


「すごいじゃない! これで、調査がだいぶ進むわね」


「うん! わたしもお手伝いするからね!」


 ユグはそう言って胸の前で拳を握ると、「そうだ!」と言って棚に向かった。そして小瓶から何かを取り出すと、こちらに戻ってきた。


「はい! これ、お姉ちゃんにあげる!」


 そう言って差し出されたのは、クルミのような木の実だ。手に取って眺めていると、ユグが説明してくれる。


「それ、『ノワの実』っていうんだよ! 今日、採ってきたの! えいようがいっぱいあるんだって!」


「へぇ~……」


(これ、このまま食べられるのかな……?)


 クルミは固い殻の中身を食べるものだが、ノワの実はどうなのだろうか。

 悩んでいると、ナチュラさんがクスッと笑って言った。


「フフッ……。フタバちゃん、ノワの実は殻を割って食べるのよ。そのままだと食べられないし……」


「あっ……! そうなんですね」


「わたしが割ってあげる〜!」


 ユグが楽しそうに割り始める。その様子を見て、私もつられて笑みを浮かべた。

 やがて、綺麗に割れた実の中身を手渡される。私はお礼を言って受け取ると、一口食べてみた。


(ん……? 思ったより甘くて美味しいかも……!)


 味は、少し甘めのリンゴに近いかもしれない。食感は少し硬めだが、噛むたびに甘味が増していく気がする。私は夢中で食べた。


「……ねぇ、お姉ちゃん! どう? おいしい?」


「うん! とっても!」


「よかったぁ!」


「ありがとう、ユグ」


 私とユグが笑い合っていると、ナチュラさんも微笑ましそうに見つめていた。


「ユグちゃん、良かったわね。……そうだわ! フタバちゃんも、ノワの木を見に行かない? まだ見たことがないんでしょう?」


「えっ……! 良いんですか?」


「もちろんよ! ここからすぐの場所に生えているから、明日、3人で見に行きましょう」


「ありがとうございます……!」


 最近は別行動が多かったため、3人揃って出かけるのは久々だ。楽しみだなと思っていると、ユグが嬉しそうに声をかけてくる。


「お姉ちゃん、やったね! みんなでお出かけだよ!」


「そうだね。じゃあ、明日に備えて早く寝ないと」


「はーい」


「ふふっ……。おやすみなさい」


 3人で顔を合わせて笑うと、私は自室に戻るのであった。



◆◆◆



 翌日、私は朝早くから支度をしていた。今日はナチュラさんたちと、研究所の近くにある『アルケーの森』に行く予定なのだ。ノワの木はそこに生えているらしい。

 準備を終えて部屋を出ると、ちょうどユグも出てきた。


「あ! お姉ちゃん、おはよう!」


「ユグ! 早いね」


「えっへん! お姉ちゃんを待たせちゃいけないと思って……」


「ふふ……そっか。偉いね」


 私が頭を撫でてやると、ユグはとても嬉しそうな顔をした。それから一緒にリビングに向かうと、朝食の準備をしているナチュラさんを見つけた。


「あら、フタバちゃんたち。ちょうどいいところに」


「えっ……?」


「今ね、あなたたちの分のサンドイッチを作っていたの」


「本当ですか!? ありがとうございます……!」


 私は思わず目を輝かせる。すると、横からユグが覗き込んできた。


「わあ……! おいしそう!」


「ふふ……たくさん作ったから、2人とも好きなだけ食べていいわよ」


「はい! いただきます……!」


「わーい! いっただきまーす!」


 私たちは席に着くと、早速食事を始めた。パンに野菜やハムが挟まれているだけのシンプルなものだ。それでも、とても美味しく感じる。

 私は幸せに浸りながら、ゆっくりと味わったのだった。



◆◆◆



 朝食を済ませると、私たちは身支度を整えた。サンドイッチはいくつか余ったので、持っていって外で食べることになった。

 私たちは研究所を出て、森に向かって歩き出す。


「そういえば、ノワの木ってどんな見た目なんでしょうか?」


「そうね……。普通の木と変わらないけれど、葉っぱに特徴があるのよ」


「葉っぱに特徴……?」


 私は首を傾げる。すると、隣を歩いていたユグが得意げに言った。


「葉っぱがね、ハート型なんだよ!」


「え……? 葉がハート型……?」


「ふふっ……。ユグちゃんが言う通り、葉の形がハート型なの。だから、すぐに見つけられると思うわ」


 ナチュラさんの説明を聞いて、ますます興味が湧く。そんな特徴を持っているなんて知らなかった。


 ワクワクしながら歩いていると、「見えてきたわよ」と声をかけられた。見ると、目の前には大きな木が立っている。その木に近づいていくと、確かに葉がハートの形になっているのがわかった。


「うわぁ……。本当に、葉がハート型ですね……」


「でしょう? 可愛いわよね」


「かわいいね〜」


 私たちが木を見上げて話していると、不意に声が聞こえてきた。


──《……そんなに言われると、照れます……》


(……! ノワの声かな……?)


 姿は見えないが、おそらくそうなのだろう。すると、ユグはノワの木に向かって話しかけた。


「ノワお姉ちゃん、照れてるの~?」


《……うぅ》


 ユグの質問に、小さな声で答える声が聞こえる。どうやら、恥ずかしがっているようだ。枝葉がかすかに揺れている。


(なんだか、可愛いなぁ……)


 私は思わず笑ってしまう。


「こんにちは。初めまして、フタバです」


《は、初めまして……。ノワです》


「よろしくお願いします」


《はい……》


 挨拶を終えると、ナチュラさんが言った。


「ふふっ……。この子、ユグちゃんの話だと、とっても恥ずかしがり屋さんみたいなの。慣れるまでは、ちょっと時間がかかるかもしれないけど、仲良くしてあげてね」


「はい!」


 私は元気よく返事をしてから、改めてノワを見る。すると、葉の隙間に小さな実がなっていることに気がついた。


「あっ……もしかして、あれがノワの実ですか?」


「えぇ、そうよ。でも、木になっているものはまだ食べられないの。落ちている実が食べられるのよ」


「へぇ~……」


(そこは、クルミと同じ感じなのかな?)


 私は納得しつつ、ノワの実を見つめた。そして、落ちていないかと探し始めたのだが……


(ん~……。見当たらないな……)


「お姉ちゃん、どうしたの〜?」


 ユグが不思議そうに聞いてくる。私は苦笑いしながら答えた。


「いや……ノワの実が落ちてないか探してるんだけど、なかなか見つからなくて……」


「そうなの? 昨日は、いっぱいあったよ?」


「確かに、おかしいわね……」


 ユグもナチュラさんも困ったように眉を下げた。私は腕を組んで考える。


(もしかすると、誰かが先に拾ってしまったのかも……。そうだ、ノワに聞いてみよう!)


 振り返って声をかけようとした時だった。


《あうっ……!》


 ノワは突然枝葉を大きく鳴らし、悲鳴のような声を上げた。


「ど、どうしたんですか……!?」


「ノワお姉ちゃん、大丈夫?」


 心配になって尋ねると、ノワは震えるような声で言った。


《今、誰かに私の幹を蹴られたような気がして……》


「えっ……?」


「だれ~……?」


 ユグはキョロキョロと辺りを見回し始めた。私も同じように探すが、誰もいない。だが、ナチュラさんだけは違った。


「あーっ!!待ちなさい!!」


 そう叫ぶと、ナチュラさんは駆け出した。そして、少し離れた茂みに隠れていた少年の襟首えりくびを掴んで持ち上げる。


「は、はなせぇ~! はなせよぉ~!」


「あんたが犯人ね! もう逃さないんだから!」


 ナチュラさんが捕まえた少年の顔を見て、私は目を見開く。

 紅葉色の髪を持つ彼は、かつて私が夢の中で出会った少年─『カゲ』にそっくりだった───。

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