第37話 カゲとの出会い、再び

(どうしてカゲがここにいるの……?)


 私が戸惑っているうちに、ナチュラさんはユグを呼んだ。


「ユグちゃん!こっちに来てちょうだい!」


「わかった〜!」


 2人がかりで抑えつけられて、ようやく観念したのだろうか。少年はすっかり大人しくなった。ナチュラさんは彼を地面に下ろすと、尋問を始める。


「さてと、覚悟はいいかしら? 一体、どういうことなのか説明してもらうわよ?」


「……」


 ナチュラさんの問いに対し、少年は黙り込んだまま何も言わなかった。それどころか、顔を背けて知らんぷりを決め込んでいる。


「……」


 ナチュラさんがムッとした表情を浮かべると、ユグが前に出た。


「ねぇ! ノワお姉ちゃんをいじめちゃダメだよ!」


「……うるさいなぁ! おまえに関係ないだろ!」


 ユグの言葉を聞いた途端、少年は顔をゆがめて怒鳴りつけた。しかし、それでもユグは引かない。


「関係あるもん! わたしたちは、ノワお姉ちゃんの友達だもん!」


「……っ!」


 ユグの一言で、少年は押し黙った。その時見せた顔が何となく寂しそうで、私は胸が締め付けられる思いがする。


「ねぇ……。きみの名前を教えてくれる? 私の名前はフタバ。きみは……?」


 私は優しく問いかけた。すると、しばらく沈黙した後、彼はポツリと言った。


「……カゲ」


「そっか……。教えてくれてありがとう」


 やはり、少年はカゲという名前らしい。私は微笑んで礼を言うと、彼に向き直った。


「……じゃあ、カゲくん。ノワを傷つけたのは、どうしてなの? 何か理由があるんでしょう? 良かったら、話してくれないかな?」


「……」


 それでも、カゲは何も語ろうとしなかった。すると、ナチュラさんが再び口を開く。


「……もしかして、ノワの実が欲しかったの?」


「……っ」


 ナチュラさんの言葉に、カゲは明らかに動揺した。だが、すぐに目をらすと今度は言い訳をし始める。


「べ、べつに……おれはただ、暇つぶしに遊んでいただけだし……!」


「ふぅん……そうなの? でも、木になっているものは食べられないわよ?」


「……」


 ナチュラさんが指摘すると、カゲは再び黙り込んでしまった。

 すると、小さくお腹が鳴る音が聞こえてくる。それは、彼のものだったようだ。恥ずかしそうに顔を赤らめているのを見ると、空腹に耐えかねて木になっている実を食べようとしていたのだろう。

 私はリュックからサンドイッチの入ったバスケットを取り出すと、それをカゲに差し出す。


「ねぇ、よかったらこれ食べる?」


「……は?なんで……」


「だって、すごくおなか減ってるみたいだし……」


「ち、違う! これは、たまたまだ! それに、お前たちが作ったものだから、変なものが入っているかもしれないだろう! そんなのいらない!」


 再びそっぽを向くカゲに、ナチュラさんが言った。


「そう……。なら、食べなくてもいいわよ。私たちだけで食べるから」


「……っ」


 突き放すような言い方に、カゲはショックを受けたようだ。彼はうつむいて唇を噛みしめている。

 私はカゲの目線に合わせてしゃがむと、静かに言った。


「……ごめんね。不安になる気持ちはよくわかるよ。だから、無理強いはしない。でも、本当におなかが減ってるのなら、食べてほしいな」


「……」


「ね? お願い……」


 私は手を差し出して促すと、しばらくして、カゲはゆっくりと手に取った。それから、躊躇とまどいながらも口に運ぶ。


「どう……かな……?」


 ドキドキしながら感想を待っていると、やがてカゲはぽつりと呟いた。


「……おいしい」


 その言葉を聞いて安心していると、「フタバちゃん」と声をかけられた。見ると、ナチュラさんと目が合う。彼女はニッコリと笑って言った。


「ふふっ……ありがとうね」



◆◆◆



 その後、きちんとノワに謝罪してから、私たちはカゲを連れて研究所まで戻った。道中、カゲはずっと無言だったが、ユグが話しかけると時折返事をしていた。


(ユグには心を開いているのかな……?)


 そうこうしている間に、研究所の前まで辿たどり着く。ナチュラさんが扉を開けて中に入ると、ユグは真っ先にカゲの手を引っ張って駆け出していった。


「カゲくん! こっち来て!」


「ちょ……! 引っ張るなって!」


 ユグに手を引かれながら、カゲは慌ててついていく。その様子を見ていると、まるでのようだと思った。


(なんだか、可愛いなぁ……)


 私は思わず笑みを浮かべる。すると、ナチュラさんが話しかけてきた。


「フタバちゃん、お疲れ様。後はゆっくり休んでね」


「あ、はい。あの、ナチュラさん……」


「うん?」


「えっと、カゲのことなんですけど……」


 私が話を切り出そうとすると、ナチュラさんは何を考えているのか察したらしく、「大丈夫よ」と言って笑みを向けてくれた。


「フタバちゃんは、何か知ってるみたいね。彼について、詳しく聞かせてもらえる?」


「はい……」


 私はコクリとうなずくと、カゲとのことをナチュラさんに語った。


「そう……夢の中で……。だから、悪い子じゃないってわかっていたのね……」


 ナチュラさんは納得した様子でうなずいていた。私はそんな彼女に嬉しく思いつつ、話を続ける。


「でも、夢の中で会った時のカゲは、記憶を失っていたみたいだったんですけど……」


「えっ!? そうなのかしら……。でもまぁ、今は元気そうよね……」


「そうですね……」


 ナチュラさんの言葉通り、今のカゲはユグと楽しげに話をしていた。


(やっぱり、ユグとは気が合ったのかな?)


 そんなことを考えていると、2人がこちらに向かってくるのが見えた。ユグは満面の笑顔で、カゲは気まずそうにしている。


「フタバお姉ちゃ~ん!」


「2人とも、おかえりなさい。何してたの?」


「えっとね、カゲくんを案内してたんだよ!」


「そっか……。ユグは優しいね」


 私はユグの頭の上に手を乗せると、優しく撫でる。すると、ユグはくすぐったそうな表情をした。一方、カゲはというと、そっぽを向いて黙っている。


(やっぱり、嫌われてるのかな……?)


 そう思って落ち込んでいると、何かを思いついたらしいナチュラさんが、ユグに声をかけた。


「ユグちゃん、これからおやつの準備をするから、手伝ってくれるかしら?」


「おやつ!? わかった! やる〜!」


「ありがとう。それじゃあ、一緒に行きましょうか」


「はーい!」


 ナチュラさんとユグは連れ立って部屋を出ていった。去り際に、ナチュラさんは小声で私に耳打ちしてくる。


「フタバちゃん、カゲくんに話を聞いてみたらどうかしら? 夢のこととか、ね?」


「……! はい、わかりました。ありがとうございます」


「ふふっ……頑張って」


 ナチュラさんは微笑むと、ユグと一緒に去っていった。後に残されたのは、カゲと私の2人だけ。私は意を決して口を開いた。


「ねぇ、カゲくん。少し話したいことがあるんだけど……いいかな?」


「……別にいいよ。それに、カゲでいい」


 そっぽを向いたまま、カゲはぶっきらぼうに答えた。私はホッとすると、カゲを椅子に座らせて向かい合うように腰掛ける。


「飴玉、美味しかった?」


「……!」


 私がそう尋ねると、カゲは驚いた顔をした。それからしばらく間を置いて、ぼそりと言う。


「……甘くて、おいしかった」


「そっか……良かった」


 私は微笑んだ。すると、カゲは居心地悪そうにして視線を彷徨さまよわせていたが、やがてポツリと言った。


「……ごめんなさい」


 カゲの口から飛び出したのは、意外にも謝罪の言葉だった。私は目を丸くする。


「どうして謝るの?」


「だって……勝手に夢の中に入ったから……。これも、もらっちゃったし……」


 カゲはポケットから取り出した小瓶を見せると、申し訳なさそうに俯いた。その小瓶は空だったが、確かに私が渡したものに間違いない。


「飴玉のことは気にしないでいいよ。それより、夢の中に入るってどういうことなのか、教えてくれる?」


「……うん」


 カゲは小さくうなずくと、静かに語り始めた。

 カゲは、一度出会った人の夢の中に入ることができるらしい。

 私のことは、ミラージュの湖で見かけたようだった。人がいるのは珍しかったため、興味本位で近づいてきたのだという。そして後日、顔を覚えた私の夢に現れたらしい。


(あの時夢で会ったのは、本当だったんだ……)


 私は驚きつつも、話を聞いていた。カゲの能力は、私でいう『植物対話プランツ・ダイアログ』やナチュラさんの『植物進化プランツ・エボルブ』のようなものなのだろう。こんなすごい能力を持っているなんて、カゲは何者なのかと興味をかれた。


「普通なら、記憶がなくなったりしないんだけど……」


 カゲは困ったような顔で言うと、首を傾げた。


「なんでだろう……」


「うーん……」


(私が、別の世界から来た人間だからかな……?)


 心当たりがあるとすれば、それくらいしかない。だが、考えても仕方がないので、私は話題を変えることにした。


「ところで、カゲの髪は綺麗な色をしているね。……触ってもいい?」


「べ、べつに、好きにすれば……」


 カゲは顔を赤くすると、照れ隠しのようにそっぽを向く。私は失礼しますと断ってから、カゲの頭を撫でた。少し癖毛気味の髪は、柔らかくて触り心地が良い。


「……なんか、変な感じ」


 カゲは戸惑っていたが、嫌がってはいないようだ。私はそのまま髪を撫で続けていると、カゲは気持ち良さそうに目を細めたのだった───。

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