第13話 賢く陰気な?『カカワの木』

 その後、私たちはクレアさんの家に招かれてお茶をすることになった。


「本当にありがとうございました……!」


 クレアさんは何度も頭を下げる。


「いえ、大したことじゃないので気になさらないでください」


 私は苦笑して言う。


「そんな……。フタバさんがいなければ、解決できなかったことですから」


 クレアさんはそう言ったかと思うと、急にハッとした顔になった。


「もしや、あなたがあの『フタバ』さんなんですか……!?」


「は、はい……。そうですが……」


 私が戸惑っていると、クレアさんは感激したように口元を覆った。


「あぁ……!救世主様にお会いできるなんて……!私、感動しています!」


「き、救世主……!?」


 困惑する私に構わず、クレアさんは続ける。


「世界樹の危機を救ってくれた『フタバ』さんという方が、ヴェルデ国にいらっしゃるとオリバーから聞いておりましたが、まさか本当に会えるとは……!」


 そう言って、再び深く頭を下げる。


「あ、あの……?」


 私は助けを求めるようにナチュラさんを見る。すると、ナチュラさんは苦笑いをこちらに向けた。


「うーん……。これは多分、オリバーが伝えたことが誇張こちょうして伝わってしまったのかもしれないわね……」


 私は「な、なるほど」とうなずく。

 すると、クレアさんが説明し始めた。


「三か国の代表者会議の時に、オリバーから聞いたのです。『この世界はフタバさんが救ってくれたのだ』と。それ以来、私はずっとお礼がしたいと思っていました。本当に、感謝しています!」


「い、いえ……。私はそんな大層なことはしていないので……」


 私は恐縮しながら答える。


「『植物の言葉がわかる』というのは本当だったのですね……!」


「えっと……まぁ、そうですね」


「素晴らしい能力ですね……!私、ますます尊敬してしまいます」


「は、はは……」


 その後も、クレアさんの興奮は収まらなかったのだった。



◆◆◆



 しばらくして、ようやく落ち着いたクレアさんは、おもてなしをさせてほしいと言ってきた。


「ぜひお礼をさせて下さい!今からお食事を作りますから……」


「い、いや……。そこまでしてもらうわけには……」と私が遠慮しようとすると、ナチュラさんが代わりに言った。


「あら、せっかくだからいただいていきましょう?ご厚意はありがたく受け取るべきよ。それに……」


 ナチュラさんはユグの方に目をやる。私も目を向けてみると、ユグのお腹が鳴っていた。


「おなかすいちゃった……」


 ユグは恥ずかしそうにしている。


「ふふっ……。ユグちゃん、可愛いわね」


 ナチュラさんはユグの頭を撫でる。


「……わかりました」


「ふふっ……。決まりね」


 観念して返事をすると、ナチュラさんは楽しそうに笑った。


「では、すぐに準備しますので少々お待ちくださいね」


 そう言うと、クレアさんは台所へと向かった。

 料理を待つ間、私たちはブラウ国のことを色々教えてもらった。


 ブラウ国は、私たちが見た通り寒さが厳しい土地だ。そのため、ミファの木のように炎の魔力を持つ魔法植物は重宝されるらしい。

 私たちの目の前にも、ミファの葉の入った暖房用のポットが置かれている。この葉のおかげで、室内はかなり暖かかった。


「この国の魔法植物たちは、寒さに強いものが多いのよね」


 ナチュラさんはそう言いながら、飲み物を一口飲む。


「そうなんですね……」


 私は感心しながら相槌あいづちを打つ。


(魔法植物って、いろんな種類があって面白いなぁ……。他にもどんなものがあるんだろう?)


 私はそんなことを考えていた。すると、ユグがそでをひいてきた。


「お姉ちゃん!これ、あまくておいしいね!」


 ユグはカップに入った飲み物を飲んでいる。その中身はココアのような茶色の液体だ。私も一口飲んだ。


「ほんとだ……。甘くて美味しいね……!」


 ユグの言う通り、その甘さはとても心地よく感じられた。


「それは『カカワの実』を使った果実茶なんですよ」


 いつの間にか戻って来ていたクレアさんが言った。どうやら料理ができたらしい。彼女の手には、湯気のたつ鍋がある。


「『カカワの実』……?」


 聞き慣れない言葉に、私は首を傾げる。


「はい。カカワは寒い地域に生息する木で、実がとても甘いのです。この国の特産でもありまして……。こうして、果実茶にしたりお菓子の材料に使ったりしているんです」


 クレアさんは丁寧に説明してくれた。


「へぇ〜……。そんな植物があるんですね……。知らなかったです」


 私は素直に感想を言う。


「ええ。よかったら明日、実物をご覧になりますか?」


「いいんですか!?」


 私は思わず身を乗り出す。


「ええ。ぜひ!」


 クレアさんは微笑んで答えた。


(やった……!楽しみ……!!)


 私はワクワクしながら、ココアに似た味の果実茶を飲み干した。そして、料理をご馳走になったのだった。



◆◆◆



 翌日。私たちはクレアさんに連れられて、カカワの木の生えている場所へ向かった。

 雪の多い道をしばらく歩くと、木々に囲まれた開けた場所に出た。そこには、カカオに似たたくさんの木が植えられている。


「ここが、カカワの群生地なのね……」


 ナチュラさんは興味深そうに見渡した。


「はい。ここには、約100本のカカワの木が生えています」


「100本!?すごい数ですね……!」


 私は驚いて声を上げる。


「ふふっ……。それほど珍しいものではありませんよ。でも、1本だけ特別な木があるので、見に行きましょうか」


 クレアさんはそう言うと、ある方向に向かって歩き出した。私たちは後をついていく。

 しばらく歩くと、ひときわ大きな木が見えてきた。


「こちらが、『利口なカカワ』です」


 クレアさんは木を指して言う。


「『利口なカカワ』……?」


 私は首を傾げて繰り返す。


「ええ。この木は、他の木よりも成長が早く、花が咲く時期も早いんです。普通のカカワの実は、果実茶にするのに手間がかかりますが、この木からは簡単に作ることができるんです」


 クレアさんの説明を聞き、私は納得した。


「あぁ……。それで『利口なカカワ』なんですね」


 私が言うと、クレアさんは微笑む。

 すると、隣にいたユグが木に向かって言った。


「すごいんだね!お兄ちゃん!」


 すると、カカワの木が一瞬ビクッと動いた気がした。そして……


──《……あ、ども……》


 ボソッと呟くような返事が聞こえた。


(これはもしや……)


 私はカカワの木を見上げ、話しかけた。


「もしかして……あなたが話したんですか?」


《……へ?……聞いて……?》


「はい……」


 私が答えると、カカワはうろたえるように枝葉を揺らした。


《いや、ちょっ……。こんな根暗に……》


「そ、そんなこと言わずに……。素敵な方じゃないですか」


《いや、ホント……。そんなこと言われると困る……。自分、暗いし、キモいし、喋らないし……。そもそも、植物だし》


 カカワはそう言うと、枝葉をダラリと垂らす。私は慌ててフォローした。


「いえいえ……。私は、そう思いませんけど……」


《……マジで言ってます?》


「はい……!」


 私が答えると、カカワは葉をあおぐようにパタパタさせた。


《あー……。なんか照れるわ……。ありがとうございます……》


「いえいえ……」


 そんな会話をしていると、クレアさんが感心したような声で言ってきた。


「本当に、言葉がわかっているのですね……」


「フフッ……。最初は誰でも驚くわよね」


 ナチュラさんはそう言って笑う。


「わたしも、話せるよ!」


「ええっ!?こんな小さな子が!?」


 ユグの言葉を聞いて、クレアさんは驚いた顔をする。


「うん!お姉ちゃんといっしょだよ!」


 ユグはそう言って私の方に顔を向ける。


(そういえば、クレアさんにはユグが世界樹の精霊だって伝えてなかったっけ……)


 私は苦笑して言った。


「ユグは、私と同じ能力を持っているんです。そして実は……」


 私はユグが世界樹の精霊─『ユグドラシル』であることを告げた。すると、クレアさんは目を丸くして言った。


「ユグドラシル様!?」


「は、はい……」


 私はうなずく。


「あぁ!なんてこと!!私はユグドラシル様を『小さな子』だなんて……!失礼いたしました!!」


 クレアさんはそう言うと、勢いよく頭を下げた。


「……んー?」


 ユグは不思議そうに首を傾げた。


「あの……そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ」


 私は、おろおろするクレアさんに声をかける。


「ほ、本当でしょうか……?」


「はい。というより、普通に接してもらえると嬉しいです……」


 私がそう言うと、ユグもうなずいた。


「そうだよ!ユグって呼んで!」


「は、はい!わかりました……」


 戸惑っていたクレアさんだったが、やがて笑顔になった。そんな彼女を見て、私たちもほっとしたのだった───。

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