第14話 凍てつく魔力の『アイレスの木』

 それから数日、私たちはクレアさんの家でお世話になっていた。

 ユグが世界樹の精霊だと知った彼女から、「もうしばらく滞在なさって下さい」と言われたからだ。私たちとしても断る理由がなかったし、何よりもブラウ国に興味があったので厚意を受けることにしたのだった。


 ユグは、たまに自分を『ユグドラシル様』と呼んでしまうクレアさんに「ユグって呼んで!」とお願いしていた。そのたびに彼女は申し訳無さそうな表情を浮かべていたが、そのうちにそれもなくなり、今ではすっかり慣れてくれたようだ。


 ユグも『めがねのお姉ちゃん』と呼んで懐いており、足元に抱きついてはクレアさんを困らせていた。

 真面目そうな彼女が、ユグに振り回されている姿を見るとなんだか可笑おかしくて、ついつい笑いそうになるのを堪えるのが大変だった。


 ちなみにナチュラさんは、滞在中にブラウ国内の魔法植物を図鑑にまとめていた。


「ヴェルデ国内の魔法植物はよく知っていたのだけど、ブラウ国のものは初めて見るものが多くて……。とても興味深いわ」


 ナチュラさんはそう言いながら、嬉々として作業していた。

 私も、そんな彼女の手伝いをしていた。ヴェルデ国ほどではないものの、種類は豊富だったので書き記すだけでも一苦労だった。



◆◆◆



 そうして日々は過ぎ、とうとう帰る日がやってきた。


「クレアさん、お世話になりました」


 私はクレアさんに向かってお辞儀をする。


「こちらこそ、楽しい時間を過ごさせていただき、感謝しております。またいつでも遊びに来てくださいね」


 クレアさんは微笑んで言った。


「ありがとうございます!」


 私たちは、再び彼女に会えることを楽しみにして、別れの挨拶をしたのだった。



◆◆◆



 研究所までの帰り道。私たちは、ブラウ国とヴェルデ国の国境付近の森に立ち寄ることにした。


「せっかくだから、この辺りの魔法植物を調査したいのだけれど……いいかしら?」


 ナチュラさんの問いかけに、私たちは快諾かいだくした。


「もちろんです!」


「うん!」


 こうして私たちは、調査のために森の中へと足を踏み入れた。


「ここは、ブラウ国のなかでも比較的温暖な地域なのね」


 歩きながら、ナチュラさんは言う。

 確かに、この辺りは比較的寒さが和らいでいる気がする。といっても、ヴェルデ国より寒いことに変わりはないのだが。

 しばらく歩くと、ナチュラさんは立ち止まって振り返った。


「ねぇ、ちょっと休憩しない?」


「はい!」


 私は返事をして、近くにあった切り株に腰かけた。ユグも隣に座る。


「ふぅ……」


 私は小さく息を吐いて空を見上げる。吐いた息は白く染まり、空中で霧散むさんしていった。


(……寒いなぁ)


 私は思わず身震いする。


(……?)


 すると、私の頬に何か冷たいものが触れた。


「ひゃっ!?」


 私は驚いて飛び上がる。


「フフッ……。びっくりした?」


 ナチュラさんは悪戯いたずらっぽく笑って言った。どうやら、積もっていた雪を丸めて、それを私の頬に当てたらしい。


「もう……!やりましたねー!」


 私はそう言って反撃に出る。


「きゃっ!?」


 ナチュラさんは楽しそうに悲鳴を上げた。そして、私たちは雪合戦を始めた。


「やったわね〜!」


「ふふっ……。ユグもやる?」


「うん!」


 ユグはそう言うと、雪に手で触れた。

「ひゃっ……つめたい!」と驚きつつも、両手いっぱいに雪玉を作って投げつけてきた。


「あははっ!冷たい!」


 そうして私たちは、夢中になって遊んだのだった。



「あー……。疲れた……」


「私もです……」


 私たちは、雪の積もる地面に寝転がる。身体が温まったからか、不思議と寒くはなかった。


「……そろそろ行きましょうか」


「そうですね……」


 私は起き上がって服についた汚れを払う。ユグも同じように立ち上がった。


「あれ……?」


 そのとき、視界の端に気になるものを見つけた。


「どうかしたの?」


「これ……」


 私は、近くに落ちていたものを拾いあげて見せる。それは、氷柱つららのような棒状の氷だった。


「まぁ……。綺麗ね」


 ナチュラさんはそう言って、まじまじと眺めている。


「それにしても、どうしてこんなところに……」


 私は首を傾げる。この辺りは開けていて、氷柱ができるような高木などは見当たらない。

 不思議に思っていると、ユグが声をあげた。


「あっ!ここにも落ちてるよ!」


 ユグはそう言って指をさす。見ると、同じようなものが落ちていた。


「ほんとだ……」


 私がそう呟いていると、こんな声が聞こえてきた。


──《……っ!……痛っ!》


「……えっ!?」


 私は慌てて周りを見る。しかし、そこには誰もいない。


「フタバちゃん?どうしたの?」


(気のせい……?でも、どこかから……)


 私は耳を澄ませる。すると、今度ははっきりと聞こえた。


《……痛いっ!》


「やっぱり……」


 私は確信した。誰かが助けを求めている。


「……助けに行かないと!」


 私はそう言って走り出す。


「えっ!?ちょ、ちょっと待って!」


「お姉ちゃん!どこ行くの?」


 2人が慌てて追いかけてくる。


「こっちの方から、声が聞こえるんです!行ってみます!」


 私はそう言うと、さらにスピードを上げて走った。



《……っ!……うぅっ》


 ようやく声がはっきりしてきた。


「あそこです……!」


 私はそう言って立ち止まる。そこは開けた場所で、1本の大木があった。


「この木なのね?」


 追いかけてきたナチュラさんが尋ねる。


「はい……」


 私はうなずいて、改めて木を見る。その木はヒイラギによく似た木だった。


「ちょっと待ってて……。えっと……これだわ!『アイレスの木』よ!」


 ナチュラさんは図鑑を開いて確認している。


「……ねぇ、お姉ちゃん。なんだか痛そうだよ?」


 ユグが心配そうに言ってくる。私は、木に話しかけてみることにした。


「あの……。大丈夫ですか……?」


──《……っ!何ですか!》


 そんな返事が帰ってきたかと思うと、こちらに向かって何かが飛んできた。


「うわあっ!」


 すんでのところで避ける。よく見ると、それは氷柱だった。


「な、なんなの!?」


 私は驚きの声を上げる。すると、アイレスの木は、まるで威嚇いかくするかのように枝葉を向けてきた。


《あなたたちですね!?私を傷つけるのは!》


 鋭く尖った葉の隙間からは、先ほど飛んできた氷柱と同じものがのぞいていた。


「ち、違います!私たちじゃありません!」


 私は必死に弁解する。


(『傷つける』?もしかして……)


 私は、ある考えに至ると、恐る恐る尋ねてみた。


「あの……もしかして、怪我をしているんじゃないですか?」


《……》


 返事はなかったが、図星だったようだ。


「見せて下さい!」


 そう言うと、近寄って枝葉をてみた。思った通り、葉の一部に黒っぽい斑点はんてんが見られた。


(これ、『炭疽病たんそびょう』だ……!)


 私はすぐに理解する。これは、植物に寄生するカビの一種で、感染力が強い。放っておくと、周囲の樹木まで病気に侵されてしまう。

 幸いにも、この木はまだ症状が軽いようだった。


(これなら、何とかなるかも……)


 私は、リュックの中を探る。そして、剪定せんていバサミと薬剤を取り出した。


「大丈夫です。私が手当てしますから」


 私はそう言って、まずは病気の原因である黒い斑点のある部分を切除することにした。

 パチンッ、というハサミの音とともに、木の幹の一部が切り離される。すると、驚いたようにアイレスの木が揺れた。


《……っ!》


「少しだけ我慢してて下さい」


 私はそう言いながら、次々と処置をしていく。最後に薬剤を与えれば終了だ。


「これでよし……。調子は、どうですか?」


《……悪くはないようです》


 アイレスはそう答えて、枝葉を動かした。どうやら、元気になったらしい。


「よかった……」


 私はほっとして胸を撫で下ろす。


《すみません……。疑ったりして……》


「いえ、いいんですよ」


 私は笑顔で答える。それから、しばらく雑談を交わしていた。

 アイレスは氷の魔力を持っており、氷柱を使って外敵から身を守っていたらしい。だが、少し前に魔力の不調を感じたという。

 おそらく、その時に病気にかかってしまったのだろう。


《本当に助かりました……。ありがとうございます》


「お役に立てて良かったです」


 私は嬉しくなって笑う。治療の様子を見ていたナチュラさんたちも、ホッとした表情をしていた。


「それでは、そろそろ行きますね」


 私は立ち上がると、アイレスに向かって言った。


《そうですか……残念ですが、仕方がありませんね……》


 そう言って、アイレスは寂しそうに枝を揺らす。


「また、遊びに来ますね」


 私はそう言って微笑むと、手を振りながらその場を去ったのだった───。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る