中島麻白は除霊師じゃない
西條 迷
プロローグ
ザァザァと音を立てて降り注ぐ雨。傘に当たる雨音が耳に障る。
地面にできた水溜りが街頭の灯りを不気味に反射させていた。
大学の通学路の、大通りから少し外れたところに存在する小道。
人がぴったり二人並んで通れるくらいの幅しかなく、街灯もろくに設置されていないこの小道は入学して早々噂が回ってくるほど、駅への近道として学生たちに好評だった。
大学から駅を結ぶ大通りは途中緩やかなカーブを描いており、そのカーブに沿って歩くとカーブ前にある直線に繋がれた小道を通るより五分程度時間がかかる。そのため、早く大学と駅との間を通過したい学生たちに愛用されていた。
朝の授業に間に合わせたい学生が使用するときは大丈夫だが、街灯の明かりに助けてもらわないと前に進めない時間帯にはこの小道を通ることはやめておいた方がいいと言われている。
それは小道の存在を教えてくれた先輩、そしてその先輩に教えた先輩……と随分と前まで遡らないといけないほどの昔から、小道の存在と共に摩訶不思議な話を受け継がれてきているからだ。
その話というのが幽霊話と言うにはパンチが少なく、勘違いと言うには体験者が多すぎる、背後から足音が聞こえると言うものだ。
歩いていると自分のものではない第三者の足音が聞こえ、振り返っても誰もいない。気のせいかと思いまた歩き出すと、やはり誰かの足音が聞こえてくる。何度振り返っても、誰もいない。小道を出るまで姿のない誰かにずっと付け回される。
学生たちの間で噂になっているのはそんな話だった。
「思い出したらなんだか怖くなってきちゃったかも」
青い傘を揺らしながら歩を進める。今日は初めての履修登録で慣れない操作に手間取ってしまい、帰る時間が遅くなってしまった。普段ならこの時間はまだ明るい方だが、厚い雨雲が太陽を隠していて暗い。本来なら少し遠回りになる大通りを通って駅へと向かうのだが、生憎と親から早く帰ってくるようにメールが来ていたため、次に出る電車の時間にに間に合わせようと小道を利用することにした。
両サイドに背の高い建物が立っている小道は通気性が悪く、雨の日は特に
靴を濡らさないように水溜りを避けながら歩く自分の足音と止む気配のない雨音の中にふと、背後から足音が聞こえた。
とっさに後ろを振り返る。誰か小道を利用する者がいればよかったが、そこには誰の存在も認識できなかった。
あんな噂話を聞いたから物音に過敏になっているのだろう。猫かなにかに決まっていると自分に言い聞かせて前を向く。
水溜りの上を歩くとピチャピチャと音が鳴った。先程までと違い、水溜りを気にせず歩く。靴なんて濡れたら乾かせばいい、泥で汚れたら洗えばいい。早くこの道を抜けたかった。
――ぱしゃぱしゃ
――カツカツ
自身の雨を踏む足音とはべつに
小道はそう長くはない。早く大通りに出たくて早足になる。
――ぱしゃぱしゃ
――カツカツカツ
心なしか、足音が近づいた気がする。そんなわけない。噂では小道を出るまでは足音に追いかけられるが、決して追いつかれはしないはずだ。
――ぱしゃぱしゃ
――カツカツカツカツ
駅のホームを早歩きで移動するヒールを履いた会社員の女性のような足音が背後に聞こえる。もう一度思い切って振り返るがやはり誰もいない。
「い、いやっ」
もしこの足音に追いつかれたらどうなるのだろうか。恐怖で呼吸が乱れる。心臓がドクドクと脈打ち、周囲はひんやりとしているはずなのに汗をかいてきた。冷や汗だろうか。
傘の
泣きそうになりながらやっとのことで小道から出ようとした、まさにそのとき――
「わっ、すみません……んん?」
前方から衝撃を感じて後ろによろめく。尻餅をつきそうだったところをぶつかってきた男性が腕を引いて助けてくれた。
その男性は私を見ると首を傾げて小道の方を見遣った。
「あー、大丈夫? 君――変なのが憑いてきてるね」
男性のその言葉の意味を理解するより早く、背後からうめき声が聞こえた。とっさに振り返るとそこには真っ赤なヒールを履いた、一目でこの世の者ではないと理解できる女が私に向かって手を伸ばしていた。
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