第4話
「最初は本当に心当たりがなかったんだ。全然見たことないし、俺の知り合いじゃない。けど中島さんに親父の話をされた日の夜にふと、昔親父からあの女っぽいやつの話を聞いたのを思い出したんだ」
寺井はぬるくなったコーヒーを一口飲むと寺井の父、寺井
誠司は学生時代から女癖が悪く、いろんな女性と関係を持っていた。
寺井の母にあたる女性と結婚してからは女遊びを控えていたが、寺井の母――つまり誠司の妻が亡くなってからは酒に溺れる日々が始まった。
そんな父を心配して一人暮らしを始めていた寺井も頻繁に実家に様子を見にきていたが、誠司は昼も夜もお構いなしに酒を飲み続けた。そして晩酌を共にさせた寺井に、まるで自慢するかのように一人の女性の話をしたそうだ。
その女性との出会いは誠司が高校三年生のときで、高卒の誠司にとっては最後の学生生活の年だった。
高校生の誠司はよく夜の街を遊び歩いており、そこで出会ったのが年上で当時社会人だった
真希は誠司に一目惚れしたらしく、真希のアタックにより二人の交際は始まった。
しかし一人の女性だけを愛し続けることができない誠司との交際は長くは続かず、真希は誠司にふられてしまった。
誠司にはすでに新しい彼女ができており、誠司にとって真希は不必要な存在となっていた。
誠司に別れ話をされるものの、真希は納得できずに食い下がった。何度も誠司に電話をしたが無視され続けた真希は絶望して踏切に立ち入り、その命を散らした。
そんな真希のことを誠司は笑って語っていた。寺井はそんな父親の微塵も罪悪感を感じていない態度を見て、尊敬もなにもできなくなって実家に様子を見に行くことも連絡をとることもやめたそうだ。
「真希って女性は派手な色を好んでいて、とくに赤色が好きだったらしいんだ」
「カメラに写っていた女性が着ていたワンピースは……」
「赤だね」
あの映像に写っていた女性は、誠司に見捨てられ失意の中亡くなった真希だった。
「でもなんで親父の元カノが俺に取り憑いてるんだ。俺は真希と会ったこともないのに、おかしいだろ⁉︎」
寺井は声高に叫ぶ。
たしかに寺井の言う通りだ。なぜ真希が亡くなった当時には産まれてもいない寺井に取り憑いているのか。そしてなぜ誠司が悪霊となって息子に取り憑いているのか。首を傾げて考えてみるがわからない。
「たぶん真希さんは元々は誠司さんに取り憑いていたんだと思います」
「親父に、ですか」
「はい。しかし誠司さんは三ヶ月前に亡くなっています。誠司さんは亡くなって、寺井さんに取り憑いた。そしてそれに真希さんも一緒に憑いてきた」
「一緒に憑いてきたって、そんなお菓子のおまけみたいな軽いノリで……」
寺井は頭を抱えた。たしかにそんなついでのノリで取り憑かれるなんて、たまったものではない。
中島は立ち上がり棚の中からスケッチブックと鉛筆を取り出し席に戻った。
「そのスケッチブックでなにをするんです?」
「言うより絵に書き起こした方がわかりやすいかなって思って」
中島はそう言うとページを捲り、寺井からも見えるように机の上に置いて紙の真ん中に棒人間を描いた。その上に寺井と書かれている。
次に寺井と書かれた棒人間の斜め上にもう一人分の棒人間を描き、その近くにもう一人棒人間を描いた。
「寺井さんの近くの、こっちの棒人間が誠司さん。そしてこっちが真希さんです」
中島は説明しながら寺井の棒人間に近い方の棒人間の上に誠司と書き、もう一人の方に真希と書き込んだ。
「これが見た通り寺井さんです」
とんとん、と鉛筆の先で寺井の棒人間を指す中島は棚から赤いペンを取り出して持ち替えた。
「こうしてっと。まず真希さんが誠司さんに取り憑いてます」
中島は赤ペンで真希と誠司の棒人間を丸く囲む。
「で、真希さんを背負った誠司さんが寺井さんに取り憑いている」
今度は誠司と寺井の棒人間を丸で囲った。
「おいおい、それじゃあ幽霊に幽霊が取り憑いてるってことか?」
中島作の簡易的な図を見て寺井は首を傾げた。
「そうなりますね。僕もあんまり見たことない事例ですけど」
「真希さんが寺井さんに恨みがあるというわけではなくて、背中に真希さんを乗せた誠司さんが寺井さんに憑いているから結果的に寺真希さんも寺井さんに取り憑いているってことですか」
「うん、そうだよ」
中島は頷いた。一人取り憑いているだけでもういやなのに、おまけでもう一人ついてくるなんて災難すぎる。
「でも、なんで親父は俺に取り憑いてるんだ? 中島さんは親父が悪霊になってるって言ってたけど、連絡を取らなかったくらいで普通恨むものか?」
寺井が頭を抱えて不安そうな声を上げる。
真希はおそらく捨てられた恨みで誠司に取り憑いている。しかし誠司が息子の寺井に取り憑いている理由がわからなかった。
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