第3話
数日をかけて行われたトヨの家での撮影が終わり、スタッフたちは後片付けをしていた。
「お疲れ様です」
「ああ、君か。いやぁ、ありがとね! おかげで助かったよ」
帰り支度をしている本田に中島が声をかけると、本田は笑顔を見せた。
どうも中島が撮影現場に来てからというもの、あの赤いワンピースの女性が写り込むことはなかったそうで本田は中島にすごく感謝していた。
「僕はなにもしてないんだけどなぁ」
中島は申し訳なさそうに眉を下げた。
「うーん、今回の撮影は大丈夫だったのかもしれないけど、やっぱり放っておくことはできないな。もう一度話をしてみようか」
「原因を絶たないと次の現場でまた写り込むかもしれませんしね」
トヨの家での撮影では写り込まなかったとしても、あの女性の霊は寺井に憑いたままなのでまた写り込むようになる可能性が高い。
「本田さん、すみませんが最後にもう一度寺井さんとお話がしたいんですがよろしいですか?」
「え、ああ。別に構わないけど。ちょっと君、寺井を呼んできてくれないか?」
「わかりました」
中島に声をかけられた本田は近くにいたスタッフに頼んで寺井を連れてきてくれた。
「はぁ、まだ俺になにか用ですか?」
なにも知らない寺井は自分を呼び出したのが中島だと気づくとため息をついた。あの日から寺井は私たちを見るとすぐに目線を逸らすようになっていた。
「すみませんね、でもちゃんと話しておくべきだと思いまして」
「……はぁ。わかりましたよ」
寺井は嫌そうな顔をしながらも、中島に真っ直ぐ見つめられて渋々首を縦に振った。
「撤収作業の邪魔をしてはいけませんから、僕の家でお話しましょうか」
寺井を連れて中島家の居間に通す。
寺井の前に座布団を敷き、机の上にコーヒーを置いた。
「寺井さん、あなたは取り憑かれています」
私が腰を下ろしたのを確認して中島が早速本題に入る。
寺井はまたか、と怪訝そうな顔をしながらコーヒーを啜った。
「それはあくまで僕の推測なのですが、あなたはお父様と仲が悪かったのでないですか?」
「……まぁ、いい方ではなかったとは思いますけど」
中島から顔を逸らすようにそっぽを向いて寺井は言う。
「でも仲はよくなくても、常に喧嘩しているほどではなかったですよ。お互い無関心って言うか。それがあの女に関係あるんですか?」
寺井はちらりと中島を見る。中島を警戒しているのだろう。
「実は寺井さんに取り憑いているのはあの女性だけではないんです」
「はぁ?」
「えっ」
淡々と話す中島の言葉に私と寺井は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「寺井さんに取り憑いているのはカメラにも写ったあの赤いワンピースの女性。そして六十代半ばほどの男性です」
「六十代って、まさか親父か?」
「ネイビーのポロシャツを着た男性ですね。首のところに大きめの黒子がある方です」
「マジかよ、あんたそんなはっきりと見えてんのか……」
自身が視えている霊の具体的な特徴を挙げる中島に寺井は驚いていた。
中島にどのように霊が見えているのか気にはなるが、実際に見えてしまうのも恐ろしいのでやっぱり知りたくないと思い直す。
「寺井さん、このままではあなたの身も危険だと思います」
「な、なんでだよ。どうして俺が」
中島の挙げた特徴からして自分の父親が取り憑いていると知ってしまった寺井は不安そうに表情を曇らせた。
「よくご先祖さまが子孫に守護霊として取り憑いているみたいな話は聞きますけど、寺井さんのお父さんは悪霊なんですか?」
「うん。しかも結構強めのだね」
私の問いかけに答えた中島の返事に寺井の瞳に恐怖が混じっていく。顔を青白くさせて表情を強張らせている。
「お、俺は死ぬのか? 親父に、殺されるのか?」
そう問いかける寺井の声は震えていた。
三ヶ月前に父親を亡くしたばかりの寺井には死という概念が身近に感じているのかもしれない。
「このまま放っておけばそうなることもあるかもしれません」
「な、い、いやだ。どうして俺が」
寺井は頭を抱えて体を震えさせた。
そんなに酷い悪霊なのだろうか。だが、中島が嘘をつくはずもない。
「俺は悪くないだろ? なのにどうして俺が死ななきゃならないんだ? 悪いのは親父じゃないか!」
「あの女性に心当たりがあるんですか?」
「そ、それは……」
錯乱していた寺井の動きが止まる。そして座布団に座り直すとゆっくりと頷いた。
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