第2話
「やっぱりもう一度寺井さんと話がしたいね。知っていることだけでもいいから詳しく話を聞きたい」
「そうですね。私は後ろで話を聞くだけにしておきます……」
また無遠慮な態度を取ってしまうといけないと思いそう答える。
おそらく寺井はストレスが溜まってピリピリしているのだろう。言葉を間違えるとまた怒らせてしまうかもしれない。
「本田さん、すみませんがもう一度寺井さんと話がしたいのですが」
「ああ、落ち着いた頃に声をかければいいと思う。あいつが新人の頃一緒に仕事をしたことがあるが、根はいいやつのはずだから」
本田に会釈をしてその場を離れる。
「どうしましょう。もう落ち着いてますかね?」
「一応もう少し待とうか」
駄菓子屋の入り口付近で中島とそんな話をしていると誰かが駆け寄ってきた。
「あの、霊感があるんですよね?」
「あ、
私たちに声をかけてきたのはこのドラマで主演を務める女優の浅川広美だった。撮影中に遠くから見ることはできてもこんなに近くで見られるとは思わなかったので素直に驚いて大声をだしてしまった。
「実は私の友達に呪われた女の子がいて。なんとかできませんか? お願いします」
浅川はサラサラとした肩までの髪を揺らして頭を下げた。
「えっ、ちょっ」
私も中島もテレビ越しでしか見たことのない人物が目の前で、しかも自分たちに頭を下げられて狼狽えてうまく言葉が出てこない。
「まず顔を上げてください。えっと、僕でよければ力になりますから、ね?」
「ありがとうございます!」
中島の言葉に浅川はぱっと顔を上げた。
「友達が困ってるのに私にはどうすることもできなくて。不甲斐ないなって思ってたんです!」
浅川は心底安心した表情を浮かべる。女優ということもあって、絵になっていて綺麗だ。
「これ、私の名刺です。次は京都で撮影があるのでこの場所に来てください」
浅川は懐から名刺を取り出すとペンを持って裏面になにかを書き足すと、私に名刺を渡して家の奥に引っ込んで行った。
どうやらメイクの途中を無理矢理抜け出してきたようだ。奥でメイクスタッフと思われる女性が浅川を待っていた。
「女優さんの名刺貰っちゃったね」
「受け取ったのは私ですけどね」
名刺には浅川の名前や事務所名が記載されており、捲ってみると裏には浅川の言っていた撮影の日時と場所が書かれていた。
名刺を大切に鞄に仕舞い、もういいだろうかと寺井の元へ向かう。
寺井は部屋で一人きりでカメラのレンズを拭いていた。
「あんたは……さっきはすみません」
「いえ、こちらこそさっきはいきなりすみませんでした」
寺井は私の姿を見ると謝罪の言葉を口にした。私も頭を下げる。
どうやら気分は落ち着いたようだ。
「すみませんがお話を伺ってもいいですか?」
「ああ、はい。あらためまして、寺井と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。僕は中島です。彼女は緑坂さん」
寺井の許可を得て女性の話を聞くことになった。
互いに軽く自己紹介を終えると本題に入る。
「寺井さんはお父様が亡くなられたそうですね」
「えっ、はい。三ヶ月前に心臓の病気で。今回のこととなにか関係でもあるんですか?」
「僕の憶測なんですが、あの女性はお父様の知り合いの方なんではないでしょうか」
「さぁ、わかりません。父とはあまり連絡を取っていなかったので。俺が言えるのはあんな女、俺は知らないということです。知り合いにはいませんし、見覚えもないんです」
「そうですか」
寺井はため息をついた。本当に知らないらしい。中島の隣で二人の会話を見ていたが、嘘をついている様子もない。
私にはあの女性が寺井の知り合いか、中島の言う通り彼の父親の知り合いなのかは全然わからないが、以前中島が言っていたことを参考にするとあの女性は寺井とまったく関係がない人物だとは思えない。
大体の霊は誰かに取り憑くとき、なにか理由があってその人に取り憑く。出会ってすぐの頃、中島はたしかにそう言っていた。
「……とりあえず祓っておきますか?」
「えっ、そんな簡単にできるんですか?」
中島がさらりと言うので寺井は驚いて、首を傾げた。
「あ、いや。そもそもあんな女、俺には関係ない。ので、結構です!」
寺井は声を張り上げるとカメラを持って撮影スタッフのところに行ってしまった。寺井がきたのを確認して撮影が始まるようだ。
本田に言われて撮影の邪魔にならないよう外に出る。
「すごい拒否されちゃった」
「あれじゃないですか? インチキだと勘違いされたとか。はいお祓い終わりましたよーとか言って高額な請求をされると思ったとか」
「ええ、僕そんなことしないのに」
中島は悲しそうに項垂れた。
トヨの家を離れて中島の家に戻る。最初のように二階の窓からトヨの家を覗くと撮影が始まっていた。
店先に立つ浅川の演じるヒロインに御曹司役の男性アイドルが声をかけているシーンだ。
「あ、あの人見たことあるかも。最近バラエティとか出てるよね」
「ああ、はい。高校生とか、若い子に人気だそうですよ」
「実緒ちゃんも若いでしょ」
「私はアイドルは詳しくないタイプの若者ですから」
本来ならテレビ越しに繰り広げられる物語が目の前で起きている。滅多に見れないこの光景を不思議な気分になりながら見学する。
途端、ばちんと大きな音が聞こえる。ヒロインが御曹司の頬を叩いた音だ。物語の序盤の、俺様な御曹司の態度が気に食わなくてヒロインに嫌われてしまうところだ。
このドラマの原作の漫画は古いものでありながら今もファンは多く、母親がはまっていて全巻買い揃えていたので私も読んだことがあったので内容は覚えていた。
原作ファンの母に羨ましがられるかな、と思いながら撮影を眺めていた。
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