第5話
「ちゃんと供養しなかった、とか?」
「葬式はちゃんとやった。親父の希望通りお袋と同じ墓で眠っているはずなのに」
供養はちゃんとしているのだから恨まれるのはおかしいと寺井は言う。
「僕には霊が視えるだけで、残念ながら取り憑いた理由まではわかりません。でも誠司さんが相当恨みを持っているのはわかります」
「強い悪霊だって言ってましたもんね」
「うん。おまけ程度に憑いてきてしまった真希さんが寺井さんのカメラに写るようになったのも誠司さんの影響だろうからね」
元々真希は悪霊ながらもその力は弱く、単体だったら写り込むことはない可能性が高い。しかし霊力の強い誠司のそばにいたため影響を受け、寺井のカメラにはっきりと映り込むようになったと中島は語る。
「僕にできるのは霊が憑いているか視ることと、それを祓うことだけ。寺井さんに取り憑いたお二人を祓っておきましょう」
中島の言葉に寺井は頷いた。
初めて中島が祓うところを目の前で見れるかと期待したが、中島に部屋を出るように言われて仕方なく部屋の外に出た。
こっそり襖を開けば中の様子が見られる、と思ったがさすがに覗き見はどうかと思い直し廊下を歩く。
台所に向かい冷蔵庫からジュースを取り出してコップに注いだ。一口飲んだところで玄関から物音がした。
「誰だろ、トヨさんかな?」
飲みかけのコップを机に置き、玄関に向かう。すりガラス越しの戸に人影が映っていたので戸を開いた。
「あ、緑坂さん。俺たちもう帰るから、寺井にも伝えてくれる?」
戸の先にいたのはトヨではなく本田だった。
「わかりました、お気をつけて」
「じゃあね」
言伝を頼まれ快諾する。本田は軽く会釈すると軽い足取りで他のスタッフたちのところへ向かっていった。
「あれって……」
トヨの家の前にいるスタッフの手には見覚えのある白い袋がぶら下がっている。スタッフの輪の中心にはトヨがおり、戻ってきた本田にも袋を渡していた。おそらくあの袋の中身はトヨが収穫した野菜だろう。今年は豊作だと言っていたのを覚えている。
袋の中を見た本田が苦笑いしている。もしかしたら本田は野菜が苦手なのかもしれないと思いながら家の中に戻った。
居間の前に立ち、もう中に入ってもいい頃だろうかと思案し、軽くノックした。
「あの、実緒ですけど。入ってもいいですか?」
「どうぞ、もう終わったよ」
中島の返事を聞き、襖を開ける。
部屋の中の物は動いたりはしていなかったが位置関係は変わらぬまま中島は俯き、寺井は放心しているようだった。
「あ、えっと……本田さんがもう帰られるそうで。寺井さんに伝えてくれと言われまして」
異様な空気が漂っていて気まずい。なんとか沈黙を破ろうと先程の言伝を伝える。
「あ、ああ。そうか、わかった」
私の言葉に反応したのは意外にも放心していた寺井だった。頷いて数回ぱちぱちと瞬きし、自身の持っていた荷物を持つと立ち上がった。
「まあ、その。俺には霊とか視えないからわからないが、心なしか体が軽くなった気がするよ。中島さん、ありがとう」
寺井は中島の方を向き、礼を言って頭を下げた。そして私のいる襖まで歩いてくると、
「俺も帰るよ。君も一緒に話を聞いてくれてありがとう」
私にも礼を言って玄関の方へと歩いていった。
「除霊成功ってところですかね。でもなんでこんなに変な空気になったんですか中島さん……ってちょっと⁉︎」
寺井の後ろ姿を見送って部屋の中に視線を戻すと、中島は呆気に取られた顔をしながら、涙を流していた。
瞳から溢れ落ちた涙は頬をつたい、床に染みをつくる。
中島はなにか言うことなく、ただ黙って涙を流していた。
「だ、大丈夫ですか?」
こんな中島の姿は初めて見た。心配になって中島に駆け寄る。
「あ、ご、ごめん。大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけだから」
そう言って中島は指で涙を拭った。
「まさか、お礼を言われるとは思わなくて」
中島は涙を拭うが、一度こぼれ落ちた涙はなかなか止まらない。
私は急いで洗面台からタオルを取って居間に戻る。
「ありがと、みーちゃん」
中島はタオルを受け取って、未だ止まらぬ涙を拭う。
今はみーちゃん呼びも不問にしてあげよう。
「ごめんね」
微かに聞こえた謝罪の言葉。中島を見るがタオルに隠れてその表情はわからなかった。
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