第6話

 後日、寺井が洋菓子を片手に中島の家にやってきた。


「親父が俺に取り憑いていた理由がわかったよ」


 寺井を居間に通し、話を聞く。

 寺井の母は寺井が大学生の頃に車が対向車線のトラックと衝突する事故に遭って亡くなった。

 その事故には寺井も居合わせており、車の後部座席にいた寺井は怪我はしたものの、命に別状はなかった。しかし車を運転していた母親は助からなかった。


 トラックの運転手が発作を起こして気を失い、寺井の車に衝突した不慮の事故だったが、誠司は一人生き残った寺井に恨みを募らせた。

 誠司は女癖は悪かったが唯一妻だけは、心から愛していたから。

 そんな愛する妻が死んだのは息子のせいだ。息子が運転していれば妻は死なずに済んだのに、と。


「この話は親戚に聞いたんだ。親父について知りたいって言ったら教えてくれたよ。本当に聞きたいの、聞いたら後悔するかもしれないよって、最初は止められたけどな」


 寺井は笑う。


「実は俺も考えたことはあったんだよ。俺が運転していれば……って」

「それは……」


 寺井の言葉が悲しくて否定しようと思ったが言い淀む。私の身内に事故に遭った者はいないし、私自身事故に遭ったこともない。そんな人間がわかったようになにか意見を言っていいものだろうか。


「でも、過ぎたことはなにを思っても変わらない。俺はお袋の分も親父の分も、あとついでに真希さんの分も必死で生きてみようと思う」


 自分の父親に実は恨まれていたという、悲しい話をしたわりに寺井の顔は晴れ晴れとしていた。


「うん、きっとそれがいいと思います」

「これからもカメラマンとして頑張ってください! 今回のドラマ、私も中島さんも見ますから!」

「ああ、ありがとう」


 寺井は出されたお茶を飲み干すと立ち上がった。仕事があって長居はできないそうだ。


「ところで助けてくれたのには感謝しているんだが、除霊できるなんて中島さんって何者なんだ?」


 玄関まで見送った際、中島に聞こえないように寺井が私に問いかけた。


「……ただのお人好しだと思います」

「はは。たしかに、そんな感じするな」


 寺井は笑って私と中島に手を振って帰っていった。

 中島は何者なのか。正直私にはその問いに答えられる自信はなかった。

 お人好しなのは間違いないが、どうして除霊ができるのか。それは私が聞きたいくらいだった。


「わ、見てよ実緒ちゃん。これすごく美味しそうだね。一緒に食べようよ」


 居間に戻り寺井の手土産を開けると中にはケーキが入っていた。

 中島は子供のように目を輝かせている。


「ショートケーキにモンブラン、チョコレートケーキもあるね」

「一つはトヨさんにあげましょうよ」

「そうだね、そうしよう!」


 中島は軽い足取りで台所に向かう。私もあとをついて行く。


「僕はお皿とフォークを用意するよ」

「じゃあ私は飲み物入れますね」


 役割を分担してケーキを食べる準備をする。

 コップにジュースを注いで部屋まで運んだ。


「僕、先に選んでもいい?」

「どうぞ」

「ありがとう、じゃあ僕はショートケーキにする」


 皿にショートケーキを乗せた中島は私に好きなのを選ぶように言った。


「私は……こっちにします」


 気分的にチョコレートケーキを取った。

 トヨに渡しに行くモンブランを一度冷蔵庫にしまい、手を合わせる。


「いただきます!」

「いただきます」


 チョコレートケーキの背には細かく砕かれたナッツが付いていてとても美味しい。もしかしたらこれは結構高い店のケーキなのかもしれないと思いながら一口一口を味わって食べる。


「おいしい……」


 中島は幸せそうにケーキを頬張っていた。きっと甘いものが好きなのだろう。


「あ、そういえば」


 最後の一口を飲み込んだ中島が口を開く。


「もうちょっとで浅川さんと約束した日になるね」

「そうですね」


 トヨの家で浅川に渡された名刺に書かれた日付は来週だ。

 私は鞄から浅川に貰った名刺を取り出して眺める。


「京都行ったらお土産たくさん買わないとね。生八つ橋とか!」

「いやいや、呪われたっていう女の子に会いに行くんですよ」


 浮かれ気分の中島を諫める。浅川は呪われた友人を助けて欲しいと言ってきたのだから、もちろんそちらを優先するべきだ。


「わ、わかってるよ。忘れてたわけじゃないからね?」


 まぁでも、せっかく京都に行くのだから私だってあんみつを食べたいなーとは思う。一応小遣いを多めに持っていこうと心に決めた。

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