第4話
「猫ってたしか狭いところが好きなんですよね」
「そうだね。この部屋で狭いところと言うと……こことか?」
そう言って中島はカラーボックスにしまわれたおもちゃ箱を引いた。
「いないね」
もちろん中にモモの姿はない。私も勉強机と壁の隙間など猫が入り込める狭いところを覗いてみるが手がかりは見つからない。
「ねぇ、実緒ちゃんは唄さんのことどう思った?」
「えっ、そうですね。なんだか気の弱そうな方だなって思いましたね」
部屋をくまなく見ていると不意に中島に声をかけられて答える。
「そう」
「なんですか、急に。あ、もしかして中島さんってば唄さんに一目惚れして」
「違うよ」
もしかしてと思い尋ねようとすると即座に否定された。ならばなぜ急に唄の話をしたのだろう。今回のモモ失踪事件に関係があるのだろうか。
「唄さんって、実緒ちゃんと同じで結構明るい髪色をしていたね」
「ああ、はい。そうでしたね」
私は所詮大学デビューというものに失敗して随分と明るい茶髪になっていた。初めての染髪ということもあり勝手が分からず想像以上の明るい色になってしまったのだ。こんなことなら調子に乗って染めるべきではなかったと思ったのだが、周りに似合っていると言われて結局はそのままにしている。
「気が弱いけど明るい髪色なのかぁ」
「いや、普通にそういう人もいると思いますよ。自分を変えたくてわざと明るめにした、とか」
「まぁ、そうかもね」
中島は弄っていたおもちゃを元に戻すと立ち上がった。
「うん、やっぱりこの部屋にはなにもないや。実緒ちゃん、一階に戻ろうか」
「えっ、なにもないって、なにも視えないってことですか?」
「うん、この部屋にはね」
そう言うと中島は部屋を出た。
モモが失踪した現場であるこの部屋を見てなにも視えないということは今回の事件は心霊現象が原因のものではないということになる。
この部屋を見てなにかを考え込む中島を見て、私はてっきり霊的なものが神隠しのようにモモをどこかへ連れて行ったのだと考えていた。星良たちには悪いがモモは生きていないかもとまで思っていたのに。
一人きりの部屋で頭を抱える。
心霊の類なら視える中島が有利だが、そうでないとしたら私でも事件の全容を暴けるのではないだろうか。そう思いもう少しこの部屋を調べることにした。
今度は部屋の中ではなく外に目を向けてみる。唄の言っていた通り窓の外には大きめの蜘蛛の巣があった。主である蜘蛛は留守にしているようだ。
窓から見える景色は蜘蛛の巣とここが住宅街ということもあって、たくさんの家が建っている。
「そこらへんの道路にモモちゃん歩いてたりしないかな……あれ、あそこにあるのは神社、かな」
大きな道路がある住宅街の左側の方には子供達が遊ぶ公園があり、反対側の道が狭く複雑な構図をした道路が多い右側を見ると小さな神社らしきものを見つけた。
「みーちゃん、どうかしたの?」
「わっ」
必死で外の光景に目を向けていると背後から話しかけられて悲鳴をあげる。慌てて振り返るときょとんとした顔の中島が立っていた。
「お、驚かさないでくださいよ」
「脅かしたつもりはなかったんだけどな。実緒ちゃんが戻ってこないからどうしたんだろうって見にきたんだ」
「あ、す、すみません。もうちょっと部屋を見ておきたくて」
部屋を見るにしても一言声をかけておくべきだったと反省して謝罪した。
「そっか。なにか収穫はあった?」
「いえ、向こうに神社があるな、くらいですよ。やっぱり私には事件を解決するのは難しそうです」
中島は頭が回る方だが私はそうでもない。探偵の真似事は向いていないようだ。
「神社?」
窓の外を覗き込む中島に神社の位置を伝える。すると中島は急にこちらを向いた。
「よし、実緒ちゃん。あの神社に行ってみようか」
「えっ」
中島の言葉に驚く。たまたま目についただけであって特段怪しいと思ったわけではないと伝えるが中島は行くと言って譲らない。
「ほら、あの神社この家からそう遠くはないでしょ? もしかしたら迷子になったモモちゃんがいたりして。可能性がある限り行った方がいいと思うんだ」
「なる、ほど?」
星良たちも一応近辺の捜索はしたと言っていたが、道の入り組んでいる神社側はじゅうぶんに探せていない可能性もある。闇雲に探し回るよりは猫が隠れやすい軒下がある神社を探すのは悪くないかもしれない。もしかしたらモモを見かけた人がいる可能性もある。
中島の言葉に納得すると一階に降りる。リビングの扉を開けて唄に声をかけた。
「すみません、少し外を見てきます」
「あ、はい、わかりました。大通りの方は交通量が多いので気をつけてくださいね」
「はい、大丈夫です。じん――」
「では、行ってきますね」
唄の忠告に対し大通りとは反対方向の神社の方に行くから大丈夫だと返そうとすると中島に言葉を遮られ、手を引かれて家の外に出た。
「えっ、どうしたんですか? 実際にモモちゃん探しをするなら飼い主である星良ちゃんにも着いてきてもらった方がよかったんじゃないですか?」
「星良ちゃんがきたら唄さんもきちゃうでしょ」
「それのどこがだめなんですか?」
「今はまだ秘密ね」
「えっ、それはないですよぉ」
秘密主義な中島に返事をごまかされ、彼がなにを推察しているかわからない状態で前を進む中島のあとを追いかける。
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