第5話

 中島はどうやら先程星良の部屋から見たときに道順を覚えていたらしく初めての土地なのに迷うことなく神社の前まで辿り着いた。

 それほど広いわけではない境内に植えられた木からミンミンと蝉の声が聞こえる。この鳴き声を聞くと今が夏だといやでも思い知らされる。この日差しだってそうだ。夏は嫌いではないが、この茹だるような暑さはどうも好きになれない。


「すみません、ここに三毛猫が遊びにきてはいませんか?」


 境内を掃除していた神主を見つけ、中島が声をかける。神主は箒を持つ手を止めてこちらを向いた。


「うん? 三毛猫かい? ああ、たまにうちにやってきてご飯をねだってくる子のことかな。たしかあの子は三毛猫だったな」

「えっ、モモちゃんがここにきたんですか?」


 神主が三毛猫を見たと言うので驚いて会話に割り込んでしまった。


「モモちゃん? あの子は飼い猫なのかい?」


 神主は首を傾げた。


「その子がこちらにくるようになったのはいつ頃ですか?」

「一週間程前からかな。雑草が伸びていたから草むしりをしていたら木影に三毛猫が隠れているのが見えてね、ちょうど知り合いから旅行に行く間猫を預かっていて欲しいと頼まれていたから猫缶を持っていてね。腹を空かしているように見えたからその子にもあげたんだよ」


 驚いてモモがいないかと周りを見渡した私と違い、中島は冷静に神主に聞き込みを続けていた。


「一週間くらい前ってことはモモちゃんがいなくなった時期と同じだね」

「そうですね……見渡した感じ、今はいないみたいですけど」

「実緒ちゃんはどうして神主さんが三毛猫のことをモモちゃん、つまり飼い猫だと気付かなかったかわかるかな」


 中島と話していると急に話題が変わる。困惑しながらもその問いかけを考えてみる。


「ええっと、飼い猫と野良猫の違いは……あっ、首輪?」


 猫を頭に思い浮かべながら野良猫と飼い猫の違いを探しているとその答えに辿り着いた。


「そうだね。モモちゃんは紺色の首輪をつけているはずなんだ。すみません、神主さんが見た三毛猫は首輪をつけていませんでしたか?」

「首輪か……いや、付けてなかったな」

「だから野良猫だと思ったんですね」

「ああ、そうなるね」


 神主が頷く。だがどういうことだろう。どうして飼い猫であるはずのモモの首輪がなくなっているのか、わからない。


「その三毛猫はモモちゃんではないんですかね」

「いや、たぶんモモちゃんで合ってるよ」


 疑問に思ったことを口にすると中島が否定する。


「ここは星良ちゃんの家から歩いてこられる距離だし、現れるようになった時期を考えてもモモちゃんの可能性は高い」


 ならば無闇矢鱈に探し回るよりここで待っていた方が良さそうだ。

 中島は軽く唄の家に目を向けると神主に向き合った。


「よろしければ境内を見てまわってもいいですか?」

「はぁ、構いませんが」


 神主に許可を取り境内を見てまわる。中島は一本一本、木影を確認して歩いている。


「中島さん、なにかわかってるならそろそろ教えてくださいよ」

「んー、ちょっと待ってねー」


 一週間程前からここにきていると言う三毛猫がモモだと確信している中島はおそらくこの事件の真相にたどり着いている。そのことには気づいたが私には真相がわからなくて中島に尋ねてみる。しかしなにかを探すのに必死になっているようで適当にあしらわれた。


「そうだ、みーちゃん。帰りに喫茶店でアイスでも食べて帰ろうよ」

「みーちゃん言うな……はぁ」


 暑さとそれを際立たせる蝉の声でつっこむ気力も失せていく。


「暑いですねぇ。ちょっと木影で休んでていいですか?」

「うん、進捗があったら……って、見つけた!」


 中島が探し物をしている間、木影に避難しようと考えていると急に大声を上げた。


「見つけたって、なにがあるんです?」


 中島に駆け寄り視線を追うと、中島は木影の足元の少し膨らんだ地面を撫でていた。


「最近掘られたものだね。実緒ちゃん、神主さんにスコップないか聞いてきてくれない?」

「わかりました。ちょっと待っててくださいね」


 中島に言われた通り神主にスコップを借りる。それを中島の元まで持って行き手渡す。


「ありがとう」


 中島は礼を言うとスコップを地面に挿した。


「ちょ、ちょっと!」


 それを見た神主が慌てて制止する。中島は一度手を止め、


「すみません。でもここに大切なものが埋まっているはずなんです。この境内で最近掘り起こされていたのはここだけだったので」


 そう言ってまた掘り進めた。


「まぁ、ちゃんと埋め直してくれるならいいんだけど」


 神主は中島の行動に驚いてたものの、中島がふざけているわけではないとわかったのか掘った後元通りにするという条件で目を瞑ってくれた。


 カン、と軽い金属音がなり中島の手が止まる。


「あった」


 スコップを隣に置き、素手で土の中をかき分けると中から土で汚れた紺色の首輪を取り出した。


「な、なんで土の中にそんなものが……」


 驚いて神主は後ずさる。私も少し驚きながらも首輪を観察した。


「ネームプレートが付いてますね」

「そうだね。名前は……モモ」


 ネームプレートについた土を払うとそこにはローマ字でMOMOと書かれていた。


「まさかそのモモちゃんって子は埋められているんじゃあ」

「大丈夫ですよ、モモちゃんは無事でしょう」

「やっぱり神主さんがご飯をあげていた子がモモちゃんなんですか?」

「うん、間違いないと思うよ」


 中島から土をはらった首輪を受け取る。中島は再びスコップを握ると約束通り掘った穴を元通りにした。

 モモの首輪が木の下に埋められていた理由を考えていたとき、にゃあ、と鳴き声が聞こえた気がした。


「今の猫が鳴きませんでしたか?」

「あの子だ」


 私の問いかけに答えることなく神主が境内の表の方に走っていった。


「僕たちも行こうか」

「はい」


 中島と神主の向かった方へ向かうと鳥居の下で神主の足に三毛猫が擦り寄っていた。

 神主が猫を持ち上げ私たちに見せる。


「この子がモモちゃんなのかい?」

「そうですね。高橋さんに見せてもらった写真と同じ模様です」

「怪我もしてなさそうですね。よかったぁ」


 安堵した。

 神主に事情を話し、モモを引き受けて唄の家へ帰る。


「どうして首輪だけ取り外して埋められていたんでしょうね」


 道中に疑問に思ったことを口にしてみる。

 モモが自力で外して埋めたとは思えない。いや、そもそも神隠しではないならモモはどうやって密室状態の星良の部屋から出て行ったのだろうか。


「首輪を外したのもモモちゃんを外に出したのも唄さんの仕業だよ」

「は、唄さんがですか⁉︎」


 私の問いに答えた中島の言葉に驚いて大声をあげてしまった。


「そんな、どうしてですか? こんなことして唄さんに一体なんの得があるんです?」

「原因は精神的なものだろうね。詳しくは本人の前で、ね」


 中島は腕に抱いたモモをひと撫ですると唄の家を見上げた。

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