第7話

「すみません。お見苦しいところをお見せしました。迷惑もかけてしまって」


 泣き止んだ唄は目元を赤くしながらも正気を取り戻したようで私と中島に頭を下げた。


「いえ、感情は一人で押さえ込んでいたらいつか爆発してしまうものです。これからは誰かを頼ってみてはどうでしょう。唄さんは仕事で忙しい旦那さんに頼るのは気が引けたのでしょうが、あなたの話を聞いてくれる人は旦那さんの他にもいるんじゃないですか?」


 そう言って中島は高橋の方を見た。高橋は胸を張って、任せなさいと答える。


「お金の問題に孤独感が合わさって唄さんはつらくなってしまったのね。愚痴を吐くだけでもいいからこれからは気軽に私の家にきてね。なんでも聞くわよ」

「話を聞いてもらうだけでもスッキリすることありますもんね!」


 高橋の話に同調する。同じつらい状態にいても話を聞いてくれる人間がいてくれるだけで救われることもあるだろう。


「あ、その……それなら早速ひとつだけ相談に乗っていただけませんか? たしかに今回の事件を起こしてしまったのはモモへの嫉妬によるもので間違いなんですが、それ以外にも精神的にダメージを受けていることがあって。そのせいで心の余裕がなくなってモモを憎んでしまったと思うんです」

「あら、なにかしら。私でよければ唄さんの力になるわ!」


 遠慮がちに話す唄に高橋は快く答える。


「実は、ママ友の間で私の髪色が明るすぎるってからわれたんです。たしかに明るい色だけど、これは地毛だから……ママ友たちも悪意があるわけではないってわかってるんです。でも一度言われたらずっと心の中に残っていて」

「そうだったのね。もう、それくらい気にしなくていいのに、ってそれでも気にしちゃうからつらいのよね。でもね、本当に気にしなくていいのよ。あなたの髪は地毛で、髪色が明るいだけでなにか悪いことをしたわけではないじゃない」

「……はい。でも私の髪色のせいで星良がいじめられたりしたら」

「そういう髪色のお母さん、私は結構見かけますよ。電車の中とか、いろんな人がいますから」


 たった十九年しか生きていない若造に大人を説得できる言葉が言える気がしなくて事実だけを伝える。

 毎日大学を電車通学しているのだ。たまにしか乗らない人よりはホームにいる人の年齢や見た目はわかっている。だから唄のような髪色の母親だって何人も見かけたし、なにもおかしいとは思わなかった。


「そう、なんだ……」


 唄は少しほっとした様子だ。私の情報で少しでも気が軽くなったのなら嬉しい。


「ああ、そうだ。忘れるところだった、実緒ちゃん、首輪を返してあげて」

「あっ、そうでした」


 中島に言われ慌てて鞄からモモの首輪を取り出す。まだ少し汚れているが洗えばまた使えるだろう。


「えっ、掘り起こしたんですか⁉︎」

「掘るって?」


 唄は首輪を見て驚く。掘り起こしたという言葉に困惑する高橋に神社の境内に埋められていたと伝えた。


「すみません……あそこなら人気ひとけが少ないので見つからないと思って埋めたんです。よくあそこにあるってわかりましたね」


 首輪を受け取った唄が疑問を口にする。


「神社を見つけたのは実緒ちゃんですよ。大通りの方は星良ちゃんも自分で探しただろうと思いますが、入り組んでいて探しにくい神社近は唄さんが探したんじゃないかと推測しただけです。首輪を見つけたのは実際に神社に行ったときに運よく神主さんがいて、しかも三毛猫に餌をあげたと言っていたんです。その三毛猫がモモちゃんだとしたら首輪をつけていなかったという神主さんの証言がおかしくなってしまうので唄さんが外してしまったのだろうと思ったんです。神社は境内に入っても不自然な目で見られることはありませんし、徒歩で行ける場所に隠したんだろうなって」

「そうなんですか。私が犯人だっていつわかったんです?」

「わりと最初の方から」

「えっ!」


 中島の言葉に唄はもちろん、私も驚いて声をあげる。


「ええ、私にくらい教えてくれてもよかったんじゃないですか?」

「まぁ、確信していたわけではないから。たぶんそうだろうなって推測で言って外したら恥ずかしいでしょ」

「それは、まぁ。たしかに恥ずかしいですけど」

「僕が唄さんが怪しいって思ったのは彼女にちょっと悪いのが憑いていたからなんだよ」


 私が少し不貞腐れると中島はこっそりそう耳打ちした。


「唄さんがストレスをためていたのは本当なんだけど、魔がさしてしまったのは霊のせいだよ。唆されてしまったんだ」

「ええ、怖いですね。そんな感情に関与するものなんですか」

「彼女に憑いているやつはね。ほら、人間と一緒でいろんな子がいるから」


 中島の話を聞いて顔が引き攣る。霊も多様性の世界なのか。


「無事モモも見つかったことだし、私たちはそろそろ帰りましょうか。星良ちゃんはまだモモのシャンプー中かしら」


 高橋の言葉でモモを洗いに行った星良の存在を思い出す。話に熱中しすぎて忘れていた。


「本当だわ! 星良!」


 あまりにも長いシャンプーだ。なにかあったのではないかと心配して唄はお風呂場の扉を開くが、中には星良もモモもいなかった。


「ママ、お話終わったの?」


 無人の風呂場を見て顔を青ざめる唄に、星良が二階から顔を覗かせて声をかけた。


「星良!」


 唄は星良に駆け寄り思いっきり抱きしめた。


「わ、ママどうしたの?」

「ううん、ごめんね。モモのこといじめちゃってごめんなさい」

「どういうこと?」


 抱きしめられた星良は状況がわからず困惑している。


「二階にいたんだね」

「うん、ママたちお話中だったから。自分の部屋でモモと遊んでたのよ」

「そっか、モモちゃんとも、もちろんママとも仲良くするんだよ」

「うん、おじさん!」

「お、おじ、さん」


 星良と中島が会話する。やはり中島はおじさんと呼ばれてショックを受けていた。


「あ、モモだめでしょ!」


 二階の星良の部屋からなにかが倒れる音が聞こえて星良は唄の腕から抜け出すと自分の部屋へと戻っていってしまった。

 唄はそれを黙って見送った。やはり星良がモモを優先させたのはショックだろうか。


「星良ちゃんは部屋に行ってしまったし、帰るわね。またお話しましょうね、唄さん」

「はい。気をつけてお帰りくださいね」


 唄はなにごともなかったかのようにこちらに顔を向けると玄関まで見送ってくれた。

 高橋、私と順に家から出るが中島がなかなか出てこない。

 どうしたのだろうと様子を見に行こうとするとがちゃりと扉が空いた。やっと出てきた中島の顔色は優れない。


「黄色い、目が……」


 玄関の中、開いた扉の向こうでどこか怯えたように唄が肩を震わしていた。ぶつぶつとなにかを呟いている。


「あの、なにかあったんですか?」


 心配になって中島に声をかけるが彼は、


「大丈夫、ちょっと唄さんに憑いた霊を祓っただけだから」


 とそれだけ言うと黙って高橋の車に乗り込んでしまった。

 中島と唄の様子がおかしいことについて詳しく追求したかったが、中島は車の中では窓の外を見るばかりで口を利きたくないようだった。


 その日、中島が神社で言っていた喫茶店に寄ることはなかった。

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