第二章 魔法が使える少年

第1話

 暑さが続く八月の中旬。太陽は休むことなく地面を照らしつけていた。

 閉じられた窓の外から聞こえる蝉の声に耳を傾けながら、中島に袋を差し出した。


「さっきトヨさんにアイス貰ったんで食べませんか?」

「やった、食べる食べる!」


 喜ぶ中島にアイスを手渡す。バニラアイスがチョコレートでコーティングされた棒アイスだ。


「冷たくておいしいですね」

「そうだね。夏はやっぱり冷たいアイスがおいしく感じるよ」


 暇を持て余し、買い物でもしようと意気揚々とショッピングモールまで行ったものの到着してから財布を忘れてきたことに気がついた私は項垂れて帰路についた。

 せっかく外に出たのになにもせずに帰るのは癪に感じてどこかへ寄って行こうと思いトヨの家に寄ると、よかったらマシロちゃんと食べてくれと言ってアイスを貰い、中島の部屋まで遊びに来ていた。

 私がこの部屋に入ったとき中島はクーラーの効いた空間で床に寝っ転がってゴロゴロと転がりまわっていた。


「実緒ちゃんもジュース飲む? オレンジジュースあるよ」

「いただきます」


 中島は机の上に置いてあった紙パックのオレンジジュースを紙コップに注いで私の前に置いた。中島の前にも飲みかけの紙コップが置いてある。おそらく台所にいちいちジュースを注ぎに行くのが面倒で置きっぱなしにしていたのだろう。

 私はアイスを食べ終わると中島が注いでくれたジュースを一口飲んだ。

 トヨが駄菓子屋をやっていたときはお菓子を買いに行くついでに駄菓子屋と繋がった住居で飲み物を奢ってもらっていたのを思い出す。


「中島さんってジュース好きですよね」

「え? うん、おいしいからね」


 中島の冷蔵庫にはいつも果物のジュースがたくさんストックされている。コーヒーや紅茶も飲むようだがお気に入りは果汁百パーセントの飲み物のようだ。


「そういえば唄さん、星良ちゃんにモモちゃんを逃したのは自分だって伝えたらしいよ。このまえ高橋さんが報告に来てくれたんだ」

「そうなんですか⁉︎」

「ちゃんと自分の悪事も話してケジメをつけたんだろうね」


 八月上旬にストレスをため込み高橋の義理の娘、唄がモモを外に逃す事件があった。モモは見つかり事件は無事解決したが、その後の彼女たちの近状は知らなかった。


「星良ちゃんも驚いていたけど、旦那さんも含めてちゃんと話し合って今はみんな仲良くしているみたい」

「それはよかったです!」


 家族の時間を取れなかったことに唄は孤独を感じていた。ちゃんと腹を割って話せたようでなによりだ。


「ママ友の件はどうなったんでしょうか?」


 唄は明るい頭髪をママ友にからかわれたことでショックを受けていた。自分の髪のせいで娘が学校でいじめられないかも危惧して苦しんでいた。


「勇気を出して地毛だって言ったそうだよ。言った本人のママ友さんたちは最初なんのことかわからないって顔をしたそうだけど、唄さんが髪をからかわれたのがいやだったって言ったらみんなそのときのこと思い出して謝ってくれたみたい」

「ああ、言われた方は覚えているのに言った本人が忘れてることありますもんね」

「そうだね。何気ない一言が人を傷つけることも、救うこともあるからね」


 中島はそう言ってジュースを飲んだ。


「中島さんも誰かの一言に救われたことってあるんですか?」


 ふと気になったことを尋ねてみる。どうせやることはないし、クーラーが効いたこの部屋から出て家まで歩く気分にはならなかった。

 本当は唄となにがあったかを質問したいところだが、それについてはなんとなく触れてはいけない気がして結局聞けずじまいだ。


「僕? 僕はそうだなぁ。一言って言うかトヨさんにはだいぶ救われたな」

「トヨさんですか。いつも野菜わけてくれますもんね」


 トヨは畑を何個か所有して栽培を行なっている。そのためたくさん収穫した野菜を知り合いに配り歩いていて、現在は不定期にしか働いていない中島にとって食材をくれるトヨには感謝しているらしい。もちろんもらうだけではなく、畑仕事の手伝いもしている。


「うん、食費が浮いて助かってます。じゃなくて、僕の話を聞いて信じてくれたことだよ」

「信じる、ですか」


 どういう意味かと中島の言葉を復唱した。


「僕には幽霊が視えます! って言われて実緒ちゃんは普通、信じる?」

「ああ、信じませんね。なに言ってんだろうって思っちゃいます」

「でしょ? でもトヨさんはすぐに信じてくれたんだよ。それが嬉しかったんだ」

「なるほど」


 私は元々心霊の類は信じていなかった。だが実際に一度だけ幽霊の姿を目の当たりにして、いやでも幽霊は存在すると知ってしまった。だから中島に霊が視えると言われても信じたが、普通なら取り付く島もなく適当にあしらっていたことだろう。


「マシロちゃん、ちょっといいか」


 中島と会話をしていると玄関から中島を呼ぶ声が聞こえた。


「トヨさん? どうかしました?」


 中島は部屋を出ると玄関に向かった。トヨが呼んだのは中島だけだ。

 私は部屋でゆっくりしようと思い、クーラーで冷えた畳に寝転がる。冷たくて気持ちがいい。これは中島もゴロゴロしてしまうわけだ。


「みーちゃんはおねむか?」

「わっ、トヨさん」


 突如襖が開きトヨと中島が入ってきた。慌てて体を起こす。

 最近中島の影響でトヨまでみーちゃん呼びになってきていた。


「別に横になりたかったら好きにしていいよ。なんなら毛布とか持ってこようか?」

「大丈夫です、冷たい畳を楽しんでいただけなので」


 中島の気遣いにお断りを入れ端へ避ける。


「なにかあったんですか?」

「ああ、マシロちゃんに相談したいことがあってな」


 トヨは座布団の上に座った。中島がトヨの向かいに座るのを私は横から見学していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る