第2話

「ゴミ捨ててくるね」


 母に一言声をかけてから、空になったかき氷の入れ物を会場に設置されたゴミ箱に捨てに移動する。


「あ、実緒ちゃん。さっきぶりね」


 ちょうどゴミ箱の近くに昭子がいて、私の姿を見ると声をかけてきた。どうやら昭子もゴミを捨てにきていたようだ。


「実緒ちゃんは中島さんに会いに行くって言ってたわよね。このまえのこと、中島さんにもお礼を言っておいて欲しくて」

「わかりました」


昭子から言伝を受け、頷く。


「あとね、さっき伝え忘れてたんだけど、私と隆史はお母さんと一緒に住むことにしたの」

「えっ、そうなんですか」

「ええ、実緒ちゃんや中島さんの言う通りにお母さんとゆっくり話をしたの。そうしたら一緒に住むのはどうかってお母さんに提案されてね。今までは自立するべきだ、お母さんに頼りっぱなしじゃいけないと思ってたけど、しんどいときはありがたくお母さんに甘えることにしたの」


 昭子は笑う。スーパーで見たときより表情に余裕があって、問題が解決に近づいているようでよかったと安堵した。


「引っ越しを隆史がいやがったらどうしよう、って思ったんだけどね。全然大丈夫って言ってくれて安心したわ。むしろ、中島さんとお隣さんになるからいっぱい遊んでもらうって嬉しそうにしてたの」

「たしかに中島さんは大体暇してますから、相手をしてくれると思います。隆史くんも中島さんに懐いていますし」

「あの子は人懐っこい子だもの。実緒ちゃんにもよく懐いているものね」


 たしかに隆史は人懐っこくてどこに行ってもすぐに友人ができるタイプだ。実際一緒にサッカーをして遊ぶ友人もたくさんいる。


「もしよかったらこれ、どうぞ。中島さんと食べてちょうだい」


 そう言って昭子は焼きとうもろこしが入った袋を渡してくれた。中には私と中島の分なのだろう、二本入っている。


「ありがとうございます!」

「いいえ、いいのよ。このまえのお礼だから。これからも隆史と仲良くしてあげてね」

「はい。中島さんにも伝えておきます」


 昭子と手を振って別れ、私も母の元に戻ろうとしたがりんご飴の出店が空いているのを見てついでに買っていこうと目的地を変更した。

 中島の分と自分の分、そして祭りに来れなかった父への土産としてりんご飴といちご飴を何個か購入する。飴が赤く艶があって綺麗だ。

 ついでに他の食べ物も買って行こうかと悩み、焼きそばとたこ焼きを買う。


「実緒、連絡くらいしてね?」

「あっ」


 中島への土産を買い、母の元に戻ると母はご立腹だった。連絡したのに返事がなかったとスマホを片手に頬を膨らませている。


「ごめん。気づかなかった」


 スマホを取り出すと、母から何件かメールと着信がかかってきていた履歴が残っていた。

 祭り会場内はどこにいても騒がしい。残念ながらこれらの着信音や通知音は私の耳には届かなかったようだ。


「もう。心配したのよ」


 そう言って母は私にラムネ瓶を二本差し出した。


「お友達のところで花火を見るんでしょう? 手土産よ」

「わ、ありがとう。じゃあ、これお父さんに」


 母からラムネを受け取り、代わりにりんご飴を母に渡す。

 母はきっとお父さん喜ぶわ、と言って受け取った。


「暗くなってきたわね。花火会場に移動し始める人も増えてきてるもの」


 母に言われ周囲を見渡すと、たしかに祭り会場にいる人の数が減っている。出店の列が空いていたのもみんな花火会場に向かっていたからだったのか。


「お母さんはもう帰るわね」

「花火は見ていかないの?」

「お父さんがもうすぐ帰ってくるから。お土産渡してあげないとね」


 もう帰ってくるのなら今からでも祭りにこればいいのでは、とも思ったが父は花火の音を苦手としていることを思い出した。音が大きくて心臓がバクバクしていやなのだそうだ。

 母に手を振り、会場の前で別れる。

 去年まではここで友人と合流して花火を見に行っていたのだが、今年は一緒に花火を見る友人はいない。みんな県外の大学に進学して連絡を取り合わなくなっていたからだ。


「しかたがない……一人でいても退屈だし、もう中島さん家に向かおうかな」


 そう思い、中島の家に向かって足を進める。会場に着いたときは明るかった空は暗くなりつつあった。


「ま、ママ……おにいちゃん」


 会場の外を歩いていると微かに声が聞こえた気がして思わず立ち止まる。

 周囲を見渡すと人気を避けるように会場近くの建物の影に小学一年生くらいの女の子がうずくまっていた。


「どうしたの? 迷子になっちゃったのかな?」


 女の子も元へ駆け寄り声をかける。女の子は顔を上げて私を見ると頷いた。


「友達ときてたの。でもみんなどこかに行っちゃって。こっちにママがいたから追いかけてきたら、違う女の人だったの……」


 そう言って女の子は涙ぐんだ。


「そっか。えっと、とりあえずお祭りのスタッフさんのところに行こっか」


 きっとステージ近くの本部に連れて行けば迷子として保護してくれるだろう。

 そう思い女の子に声をかけたが、途端に女の子は首を横に振った。


「やだ! 行かない! 私、動かないもん!」

「ちょ、なんで⁉︎」


 女の子は体をしっかり丸めて建物の影から動こうとしない。


「ええっと、このままだとママに会えないよ? お友達も君を探してるだろうし」

「探してない! みんな由依ゆいのこと嫌いなんだもん!」


 女の子、もとい由依は大声をあげる。

 半泣きになりながら、立ち上がる様子はない。


「えー、うーん。困ったなぁ。えっと、由依ちゃん。ここでじっとしててもなにも変わらないよ?」

「な、なんで由依の名前知ってるの?」


 しゃがみ込んで由依に目線を合わせてそう言えば、由依は目を丸くさせた。


「さっき自分で由依って言ってたよ」

「……あ、本当だ!」


 由依は自身の発言を思い出して楽しそうに笑った。

 よかった、このままでは泣いてしまうのではと心配した。


「えっと、お姉ちゃんのお名前は?」

「私? 私は実緒だよ。よろしくね、由依ちゃん」

「うん!」


 由依に名前を聞かれて名乗った。由依は嬉しそうに笑って頷いた。

 よし、このままのノリで本部まで連れて行こう。


「実緒ちゃん! 由依、実緒ちゃんと遊びたい!」

「えっ!」


 やっと由依が立ち上がったかと思うと由依は私と遊ぶと言い出した。

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