第3話
由依は目を輝かせて私を見ている。自分が今、迷子になっているということを忘れたのだろうか。
「えっと、そのまえにスタッフさんのところに」
「やだ! 実緒ちゃんと遊ぶの!」
由依はこの短期間で随分と私に懐いたようで、遊ぶと言って話を聞こうとしない。
「実緒ちゃんと遊んでから友達のところ行くもん!」
「えぇ……」
由依のわがままに困ってしまった。私は由依を本部に連れて行きたいのに遊びたい、なんてどうすればいいのだろうか。
「あ、そうだ!」
いいことを考えついたかもしれない。
由依に向こうで遊ぼうと声をかけ、祭りの会場に向かう。由依は私のあとをしっかりと追いかけてきていた。
「……あれ? やだ!」
もう少しで会場というところで由依はしゃがみ込んだ。
「やだもん、行かないもん!」
どうやら由依は私が本部へ行こうとしていることに気が付いたらしい。先程と同じようにうずくまり、動かなくなってしまった。
「困ったなぁ、いい作戦だと思ったのに」
私は両手に荷物を持っているのだ。本当のことをいうと袋が手に食い込んで痛いので早く下ろしたい。
なのになぜか由依は頑なに本部に近寄ろうとしない。
「しょうがない、かなぁ。由依ちゃん、私はこの荷物を置きたいんだよね。中島さん家に行くけど、ついてくる?」
「うん!」
知らない人の家に行くと言えばさすがに諦めてくれるかと思ったが、由依は笑顔で私のあとをついてきた。
あまり強引な手はとりたくなかったが、しかたがない。荷物を中島に渡して両手が空いたらいやがるだろうが、無理矢理にでも手を引いて本部へ連れて行こう。
「由依も荷物もつ!」
「重たいからいいよ」
由依の申し出を断りゆっくり歩く。歩幅が合わなくて置いて行ってしまわないようにするためだ。
楽しそうに鼻歌を歌う由依を横目で見ながら考える。
もしこの状態で職務質問でも受けたら私は誘拐犯になってしまうかもしれない。
違うんです、私はそんなつもりはないんです。と心の中で誰にでもなく弁解しながら中島の家を目指した。
中島の家は祭り会場から歩いて十分ほどのところにあるが、子供の歩幅に合わせるともう少し時間がかかってしまった。
「中島さーん!」
両手が塞がっていて戸を開けられない。なので戸の前で中島を呼んだ。
「はいはーい」
すぐに返事が聞こえ、戸が開いた。中島が顔を出す。
「わ、いっぱい買ってきてくれたんだね。ありがとうって、あれ?」
中島の視線が由依で止まる。自分より背の高い中島と目があったからか、由依は怯えて私の後ろに隠れてしまった。
「その子は実緒ちゃんの親戚?」
「違います」
中島に由依の話をした。会場のそばで迷子になっていたこと、意地でもスタッフのいる本部に行こうとしないことを伝える。
「由依ちゃん、中島さんは怖くないよ。たしかに背は高くて髪が長くて片目が隠れてて子供には怖いと思われる要素が多いかもしれないけど、本当は朝が弱いだけのただのおじさんだよ」
「実緒ちゃんって僕のこときらいなのかな」
フォローしたつもりが中島は落ち込んでしまった。
「こんにちは、いやこんばんはかな? 僕は中島麻白。怖くないし、おじさんでもないからねー」
中島はしゃがみ込んで由依と目線を合わせた。怖がらせないように笑顔を見せているつもりなのだろうが、表情が引き攣っていて普通に怖い。
「うわ」
私の後ろからその顔を見た由依は余計怖がって私の浴衣をぐっと、力強く握った。
その様子を見て中島は余計にショックを受けてしまったようだ。肩を落として項垂れている。
「とりあえず、私は会場に戻りますね。由依ちゃんをお友達のところへ連れて行かないと、ですし」
玄関に祭り会場で買ったものを置いて中島に声をかける。きっと、今頃一緒に来ていた友人が由依がいないことに気付いて慌てて探し回っているに違いない。
「……みんな友達じゃないもん」
踵を返そうとすると由依が消え入りそうな声で呟く。
「え? えっと、由依ちゃんはお友達ときたって言ったよね?」
「……うん」
由依は私の浴衣から手を退かしはしたが、立ち止まって俯いたまま動こうとしない。
「由依は幽霊なの」
「……えっ?」
「幽霊? そんなはずは」
由依が唐突にそう言った。私は思わず中島を見るが、中島は首を横に振る。
「由依は幽霊だから、みんな由依のことが見えないんだよ」
霊感がない私にも由依の姿は見えている。中島も由依は幽霊ではないと視線で訴えかけていた。
「えっと、由依ちゃんはどうしてそんなことを言うのかな? 僕には由依ちゃんが幽霊だとは思えないんだけど」
中島が優しく由依に問いかけた。
「……みんながね、由依のことを幽霊って呼ぶの。だから由依は学校でいつも一人ぼっちなの」
「それって」
「いじめなんじゃ」
「違うもん!」
先程まで消えいるように言葉を吐いていた由依が急に大声をあげる。
「違うの、由依はみんなと仲がいいの! いつも一緒に遊んでいるんだから!」
感情的になった由依は先程と正反対のことを叫ぶ。
おそらく由依は学校でいじめにあっていて、それを認めたくないのだろう。
「えっと、なにかないかなぁ」
興奮して涙目になった由依の気を逸らすために中島が袋の中を漁る。
「あ、実緒ちゃん、これ由依ちゃんにあげていいかな」
「いいですよ」
中島はラムネを持っていた。二本しかないが、どうせこの家にはジュースがあるのだ、私は快く頷いた。
「由依ちゃんはラムネ好き?」
中島は優しく由依に声をかける。ラムネを見て由依は頷いた。
「じゃあ、どうぞ。飲んでいいよ」
「本当⁉︎」
由依はぱぁっと、嬉しそうに目を輝かせる。
「開けて!」
由依はわくわくとした様子で中島がラムネの蓋を開けるのを見ていた。
ビー玉が下に落ち、しゅわしゅわと泡が出る。
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