第6話
家に着くとトヨはすぐに台所に立った。
手伝おうと名乗りを上げるとトヨに断られてしまった。客人は大人しく待っておけと言われてしまってはしかたがない。
居間にあるテレビをつけると、とある芸人の生い立ちが再現ドラマ化され放送されていた。
特段観たい番組があるわけではなかったのでチャンネルは変えずにそのまま観ていた。
芸人は早くして母親を亡くし、男手一つで育てられたそうだ。働き詰めの父親しかいない家庭に寂しさを感じていた芸人は高校生の頃、不孝に走り遊び歩きろくに家に帰らないようになってしまった。
そんなとき同じような家庭環境の友人にお笑いの道に誘われ彼は芸人になった。売れず、なかなか芽吹かない時期もあったが、毎回漫才を見にきてくれるファンがいたから続けられた。みんなが笑ってくれたから心の奥底にあった寂しさを埋めることができたと涙ながらに語っている。
「彼は隆史くんと少し似ているね」
中島がテレビから目を離すことなくつぶやく。
「この芸人さんも隆史くんも一人親家庭ですね」
「ああ、うん。それもそうなんだけど」
中島は言葉を濁した。私の返答が間違っていたのだろうか。
テレビに出演している芸人と隆史の似ているところはどこだろう。彼と隆史は年齢が違うが、性格的なところが似ていると中島は言いたいのだろうか。
隆史は夜遊びするような子ではないし芸人も目指していない。となると親に構ってもらえなくて寂しいというところか。
「まさか、昭子さんに構って欲しくて嘘をつき始めた?」
「そうだと思う」
中島が頷いた。
「で、でも昭子さんも健斗くんたちも隆史くんの話を信じてはいませんでしたよね」
「たぶんついた嘘の内容自体はなんでもよかったんだ。信じてもらう、と言うよりもただ話を聞いて欲しかったんだと思う。自分の話に耳を傾けてくれれば、信じてもらえなくてもよかったんじゃないかな」
「話を聞いてもらう時間を作ってもらうことが目的ってことですか」
なるほど、と思う。魔法が使えるという嘘をついたのは、みんなが信じなくても話を聞いてはもらえると子供ながらに考えた結果なのだろう。
私だって小学生のときにクラスメイトが魔法が使えるなんて言い出したら、嘘だと疑いつつも詳しい話を聞こうと声をかけていたに違いない。
実際、隆史は私たちに魔法の話題を振られた当初は嬉しそうに笑っていた。誰かに声をかけてもらって、会話する。それが隆史の狙いだったのだ。
「聡さんが亡くなって、隆史くんは一人の時間が増えた。寂しさを感じ始めた隆史くんは昭子さんに構って欲しかったけど、仕事で忙しい昭子さんは隆史くんとゆっくり向き合う時間を作ってあげることができなかった。余計に寂しさを募らせた隆史くんは嘘をついてみんなの気を引こうと考えたんだろうね」
隆史には母親の昭子以外にも、話を聞いてくれる一緒に遊んでいた友人がいたはずだ。それなのに隆史はなぜ、その友人たちにも嘘をつくようになってしまったのだろうか。
疑問に思い首を傾げると中島が応えるように言葉を続ける。
「たぶん花瓶を割った犯人だと言われたのがきっかけになったんだろうね。犯人だと勘違いされた隆史くんはクラスメイトから距離を置かれた可能性が高い。孤独感と理不尽に怒られた怒りがごっちゃ混ぜになって苦しかっただろうね」
「それは……確かにつらいですね」
「僕は明日、隆史くんともう一度話をしようと思うんだ。実緒ちゃんはどうする?」
「私もついて行きます。放っておけませんから」
私一人で隆史の寂しさを埋めてあげることなんてできない。それでも君は一人じゃないんだよ、とそう伝えてあげたかった。
「できたのから運んで行っておくれー」
「あ、はーい」
「はい!」
台所からトヨの声が聞こえ立ち上がる。
できあがったおかずを中島と一緒に運び、取り皿を用意する。三人で協力したため準備は早く終わり、みんなで机を囲んで夕食をとる。
トヨお手製の唐揚げは今まで食べてきた唐揚げの中で一番おいしかった。
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