第5話

「あれ、みーちゃんだ!」


 グラウンドの方から声が聞こえた。柵越しに隆史がこちらに手を振っている。


「あれ、なんで健斗たちもいんの?」

「俺らは体育館でバスケしてたんだよ。隆史もクラブでサッカーばっかしてないでたまには俺らとも遊ぼうぜ」

「えっ、いいの?」

「いいの、ってべつにいいに決まってんじゃん。な?」


 隆史は健斗に遊びに誘われると呆気に取られた顔をした。健斗はなにを言ってるんだと言わんばかりに首を傾げ春人たちの方を見た。

 春人たちも頷く。それを見て隆史は心底嬉しそうに目を輝かせて頷いた。


「おう! 絶対遊ぶ! 絶対だぞ!」


 隆史の嬉しそうな顔を見て健斗たちの顔色も明るくなる。様子がおかしい隆史をずっと心配していたのだろう。


「あ、俺もう帰らないと。バイバイ、隆史」

「俺もだな。今日はこれから親戚の家に行くから早く帰らないといけないんだった」

「そっか、引き止めてごめんね」

「気をつけて帰ってね」

「うん!」

「さようなら!」

「奏太、冬矢、バイバイー!」


 奏太と冬矢が帰路についた。隆史は柵越しに手を大きく振って別れの挨拶をしている。


「じゃあ俺もそろそろ帰ろっかな」

「隆史はまだ練習だろ? がんばれよ」


 健斗と春人も隆史に別れを告げる。笑顔で手を振って帰っていった。


「みーちゃんはあいつらとなに話してたの?」

「えっ、えっとぉ」

「ちょっとした世間話だよ。それより隆史くん、後ろの方でコーチみたいな人がこっちになにか叫んでるみたいだけど大丈夫?」


 隆史の話を聞きにきた、と素直に回答していいものか迷うと中島が話を変えてくれた。

 中島の言う通り隆史の奥、グラウンドの中心の方を見るとコーチらしき人物が隆史の名を呼びながら手招きしている。


「やっべ、休憩終わってたみたい! 俺、戻るわ!」

「がんばってね」

「怪我しないように気をつけて」


 隆史は慌ててコーチの元に走って行った。軽く手を振って隆史を見送る。


「さて、いろいろ話も聞けたことだし今日は帰ろうか」

「そうですね」


 二人並んで中島の家に向かう。喉が渇いたのでなにかジュースをもらおうと思ったのだ。


「あれ、どっか行ってのかい」

「トヨさん!」


 中島の家に着くとトヨが家の前に立っていた。


「僕になにか用でもあったんですか?」

「ああ、買い物に行こうと思ってな。いつもは近くのスーパーに行くんだが、今日は昭子が仕事してるスーパーまで行こうと思って、そんでマシロちゃんに荷物持ちを頼もうと思ってさ」

「なるほど、わかりました。お付き合いしますよ」

「私も行きます!」


 私も昭子の様子が気になったのでついて行くことにした。

 トヨは免許を返納済みのため、昭子のスーパーまではバスで行くことになった。

 バスに乗り込むと整理券を受け取り、トヨに空いている席を譲ってその前に立つ。


「昭子の様子を見てやりたくてな。少しでも話す時間があればいいんだがな」

「昭子さんがやっているレジに並べば会計してる間くらいならお話できると思いますよ」


 音声放送が目的地の名を告げた。トヨは降車ボタンを押す。

 バス停に停まると料金を支払いバスを降りた。


「お、あのスーパーですか?」


 中島が指す先にスーパーがある。道路を挟んだバス停のすぐ向かい側だ。

 近くの横断歩道まで移動しスーパーに向かう。


「わぁ、涼しい」


 スーパーの中は冷房が効いていて涼しかった。トヨはカートにカゴを乗せて押している。


「そうだ、二人ともよかったら夕食食べて行くか?」

「えっ、いいんですか」

「ありがとうございます。僕は喜んでいただきます!」


 中島が嬉しそうに声を上げる。トヨの作るご飯は美味しいので無理もない。

 私はスマホを取り出すと母親にトヨの家で食べるので夕食はいらない旨を伝えると、了解というスタンプと羨ましいと返信がきた。返事が来たのを確認してスマホをしまう。


「今日はなんにするかなぁ。なにか食いたいもんはあるか?」

「僕は唐揚げがいいです!」


 トヨの問いに中島が目を輝かせて答える。


「実緒ちゃんは?」

「私は……私も唐揚げな気分かな」


 トヨの作るご飯はなんでも美味しいので正直なところなんでもよかったが、中島が食べたそうにしていたので彼とリクエストを同じにした。

 トヨは必要な食材をカゴに入れていくとレジに向かう。店内の客も多くないのでどのレジも混んでいなかった。三人してレジにいるはずの昭子を探す。


「三番レジだね」


 三番のレジにオレンジ色のエプロンをつけた昭子が立っていた。

 トヨはレジに並び、私と中島は他の客に邪魔にならないよう袋詰めスペースに回り込んだ。


「昭子、調子はどうだ」

「お母さん! わざわざ会いに来てくれたの?」


 トヨに声をかけられ昭子は驚いて声を上げる。

 昭子の顔には疲労が溜まっており、目の下にはうっすらと隈があるのが確認できた。


「そうだ。昨日は隆史を預かってくれてありがとう。おかげで助かったわ。最近忙しくて隆史のことを放っておいてしまっているから」


 はぁ、と昭子はため息をついた。頭痛でもするのか軽く頭を押さえる。


「ただでさえ忙しいっていうのに最近は隆史が変なこと言うようになっちゃって。もう大変で大変で」


 カゴの中の商品をレジに通しながら昭子はぼやく。


「うん、やっぱりそうか」

「え? なにかわかったんですか?」

「うん」


 昭子とトヨを遠巻きに見ていた中島が小さく呟いた。先程まで目を輝かせていたのに今は悲しそうな顔をしている。

 全ての商品をレジに通し終わり、お金を支払ったのを確認して中島がカゴを持ち上げた。

 昭子は今中島の存在に気づいたようで軽く頭を下げた。中島も同じように会釈をしてカゴを袋詰めの台に乗せた。


「袋はこれを使っておくれ」


 トヨは鞄からエコバックを取り出し中島に手渡した。

 どうやらこのエコバックはトヨの手作りのようだ。以前トヨがこれと同じ柄の風呂敷を持っていたのを覚えている。

 商品をエコバックに詰め込み店を出た。そこそこの重みはあるだろうに中島はふらつくことなく歩いていた。土木系の派遣の仕事をしているだけあって意外と力持ちのようだ。

 スーパーのすぐ前にあるバス停で次のバスがくるのを待つ。タイミングよくバスはすぐにやってきて、私たちはトヨの家に向かった。

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