第8話
先日トヨときたスーパーに入る。客はまばらでこれなら昭子と話ができそうだ。
「邪魔になるといけないし手短に終わらせようか」
「はい」
実緒ちゃんにも買ってあげると言って中島は炭酸ジュースを二本持ち、昭子のいるレジに入った。
「こんにちは、お仕事お疲れ様です」
「あら、中島さん。実緒ちゃんもいるのね」
「私たち、昭子さんとお話がしたくてきたんです」
「今、お時間いいですか?」
中島の問いに昭子は困惑していたが、レジに客が並んでいないのを確認して頷いた。
「ちゃんと休みは取れていますか?」
「少しはね」
そう答える昭子は相変わらず疲れた顔をしていた。目の下の隈もなくなっていない。むしろこの前より濃くなっている気もする。
「今日はお伝えしたいことがあってきたんです。隆史くんのことなんですが」
「ああ、隆史がなにかしましたか? すみません、あの子最近様子がおかしくて」
隆史の名を聞いて昭子は急に謝り出した。やはり頭痛でもするのだろうか、右手で頭を軽く抑えている。
「違いますよ、昭子さん」
中島が否定して話を続ける。
「隆史くんの様子がおかしいのは……嘘をつき始めたのはあなたに構ってほしかったからですよ」
「……え?」
中島の言葉に昭子は心底驚いていた。
私の記憶では昭子は気遣いのできる女性だった。隆史との仲もよく、自分の息子が考えていることなど簡単に見透かしていそうな人だったのに。
「昭子さんは相当疲労が溜まっているんですね。もしかして、今もあまり頭が回っていないじゃないですか?」
昭子は黙り込んだ。三人しかいないレジに静寂が訪れる。
「でも、私が働かないと生きていけないんです。たしかに最近ミスは多いしボケッとして紙で指を切ったりするけど、しかたがないんです。私がしっかり働かないと、あの子もご飯が食べれなくてひもじい思いをさせてしまう」
昭子は顔を上げてそう言った。昭子の言う通り紙で切ったであろう指には絆創膏が巻かれていていた。
「僕はあなたのこと、すごく立派な母親だと思います。けれど一人で抱え込みすぎているとも思うんです」
「あの、私もそう思います。このままでは昭子さんが倒れてしまいそうで心配です」
「トヨさんも心配していましたよ。もっと自分を頼ってほしいって、言っていましたから」
中島の言葉を聞いて昭子の目が潤む。泣きそうなのを必死に堪えて言葉を落とす。
「でも……これ以上、甘えていいのかな。私、ただでさえ野菜を譲ってもらって、隆史の面倒も見てもらっていっぱい甘えちゃっているのに」
「大丈夫だと思いますよ。クラブのお迎えだったら私だってできます。勉強はそんなに得意じゃないけど……小学生の範囲くらいなら教えてあげることもできると思うんです。トヨさんだけじゃない、私たちだって力になりたいんです」
「みーちゃん……僕だって、お手伝いできますよ!」
私の言葉に中島が同調する。
「ありがとう。私、お母さんともっとちゃんと話そうと思う。自立しないと、いつまでも甘えてちゃダメだって、そう思っていたけれど」
「いいんじゃないでしょうか。トヨさん本人が甘えていいって言ってるんですから」
「そうですよ! 血の繋がっていない私でもわかるんですから、ずっと一緒にいた昭子さんならわかるんじゃないですか? トヨさんは優しい人だって」
「ええ、ええ。そうね、そうだったわ」
昭子が笑顔を浮かべる。その表情は当然のことながら隆史にそっくりだ。
「あ、お客さん来ちゃいましたね。邪魔になりますし、私たちはそろそろ帰りましょうか」
「そうだね。昭子さん、なにか困ったことがあったらぜひ僕にも頼ってください。僕もトヨさんにはお世話になっていますから、恩返しがしたいですから」
「ありがとうございます。隆史と仲良くしてくれるだけで母としてはじゅうぶんに嬉しいです。でももし、なにかあったときは……よろしくお願いします」
昭子はこちらに向かって頭を下げると客の方を見た。
相変わらず疲れた顔はしているものの、どこか晴れやかな表情を見て私と中島は店を出た。
「私を頼ってくださいって言ってるときのみーちゃんかっこよかったよ」
「か、からかわないでくださいよ。というかみーちゃん言うな」
急に褒められてなんだか気恥ずかしい。正直自分でも柄にもないことを言ったなとは思っていた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
バス停に着くと中島が先程店で買ったジュースをくれた。ありがたく受け取って喉を潤す。
炭酸が口の中でしゅわしゅわと弾けて美味しい。夏に炭酸ジュースはよく合うと思う。
「そういえば、ちょっと疑問に思ったことがあったんですけど」
「ん、なに?」
バス待ちをしていた中島がこちらを向く。
「隆史くんが魔法を使えないってわかったとき、中島さんが嬉しそうにしていたように見えたんですけど。なんでですか?」
「ああ、本当に魔法が使えるなら怖い思いをしちゃうかもしれないでしょ」
「怖い思い?」
私の疑問には答えず、中島は到着したバスに乗り込んで行った。
ビュウ、と乾いた風がバス停に吹きつける。
「実緒ちゃん、乗らないの?」
「あ、乗ります!」
夕方になり少し暑さが落ち着いた町の中を走るバスの中で私と中島は静かに揺られていた。
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