第2話

「お待たせしました。あんみつのお客様」

「あ、はい。私です」


 店員が私の前にあんみつを置き、中島の前に抹茶パフェをみたらし団子を置いた。


「食べよっか」

「はい!」

「いただきます」


 手を合わせてから黒蜜の入った容器に手を伸ばした。

 黒蜜をかけてスプーンを手に取る。木製のスプーンで、手にフィットしている感じがこれまた良い。


「おいしい!」


 一口食べると口の中に甘みが広がるが、甘すぎず後味の良い甘さだ。甘い香りに店の雰囲気も合わさり京都を感じる、気がする。中島も抹茶パフェを幸せそうに食べていた。


「このみたらし団子もおいしそうだね」


 パフェを食べ終わった中島がみたらし団子に手を伸ばす。


「実緒ちゃんも食べていいよ」

「ありがとうございます」


 中島のあとにあんみつを食べ終わり団子を手に取る。

 普段みたらし団子は食べないから具体的な違いはわからないが、みたらしのソースが透き通っていて輝いているように見える。


「ん、おいしい」


 みたらし団子もおいしい。きっとどのメニューを選んでもおいしいと言っただろうなと思いながら食べ進めた。

 甘味処で時間を潰し、約束の時間に橋に戻るとカメラの撤収作業が始まっていた。


「私はもう自由時間なので」


 そう言った浅川に連れられ京都での撮影中に彼女が泊まっているというホテルのラウンジにやってきた。

 このホテルはラウンジがカフェになっているようで、席もかなり埋まっていた。

 その中の一人が浅川の姿を見て手を挙げた。それに気づいた浅川はその席に近づく。


「きてくれてありがとう、咲紀さきちゃん。こちらの二人がこのまえ電話で話した方たちよ」


 浅川に咲紀と呼ばれた女性が会釈した。長い茶色の髪がさらさらと動く。


「どこかで見たことがあるような……なかったかもしれない気もするな……」


 咲紀の顔を見た中島が首を傾げる。

 奇遇だ。私も彼女には見覚えがある気がする。


「この前テレビに出たから、それで見かけたんじゃない?」


 そう言って咲紀は懐から名刺を取り出し私と中島に一枚ずつ手渡した。

 受け取って見てみると咲紀の名前の上に大手事務所の名前が書かれている。


「ああ、モデルの!」


 彼女は女性誌の表紙も飾る売れっ子のモデルだ。私はあまり雑誌を読まないのでぱっと見で気づけなかった。


「たしかにテレビで見た、かも?」


 事務所名で正体に気づいた私とは裏腹に中島はあまりぴんときていないようだ。


「その、すぐに気づかなくてすみません」


 咲紀に頭を下げる。中島も思いだせていないようだが私に合わせて頭を下げた。


「べつにいいわよ。テレビによく出てる女優やアイドルだと詳しくなくても見たことあるって思う人も多いけど、あたしみたいなあまりテレビ露出がないモデルは気付かれないことも結構あるもの」


 そう言った咲紀に座るように促され、丸いテーブルを囲むようにして着席する。

 私の左手に中島、右手に浅川が腰を下ろした。


「なにか頼む?」


 さすが、と言うべきなのだろうか。高級感あふれるホテルのラウンジで咲紀は堂々としている。緊張で表情を強張らせる私と中島とは正反対だ。

 飲み物の注文は浅川に任せた。咲紀はついたときに紅茶を頼んでいたようで、三人前だけを頼む。ほどなくして店員が飲み物を持ってきた。


「あたしはべつに気にしてないんだけど、広美がどうしてもって言うからさ」

「だって!」

「えっと、咲紀さんが呪われている、でしたよね」


 感情的になりそうになった浅川を制して話を続ける。


「まあ、広美はそう言ってるわね」


 咲紀はくっきりとした大きな瞳をちらりと浅川に向ける。


「だって、咲紀が最初に言ったんじゃない。呪われたかもって」

「それは……たしかに言ったけど。まさか広美がそんなに気にするとは思わなかったから」


 咲紀は過去の自分の言動を後悔しているのか、目を閉じてため息をついた。


「呪い……」


 中島は噛み締めるようにその言葉を復唱した。


「でも、そんなたいしたことではないのよ。夜中に一人暮らしなのに足音が聞こえてきたり、物が勝手に動いてたりするだけ」


 足音、という単語に思わず体が硬直する。私も大学入学時に足音を鳴らす霊に取り憑かれたことがあったからだ。


「たいしたことじゃないっていうけど、咲紀が最近寝不足なのはそのせいでしょう?」

「それはまあ、そうだけど……」


 咲紀が口を閉ざす。口ではたいしたことないと言っていても、少なからず悪い影響を受けているようだ。


「中島さん」

「どうしたの、実緒ちゃん」


 浅川と咲紀が話しているのを横目に小声で中島に声をかける。


「咲紀さんになにか取り憑いているんですか?」

「うーん、咲紀さんに取り憑いてるのは力の弱い霊ばかりだね。少し数は多いみたいだけど」

「呪いと関係あるんでしょか」

「ちょっとわからないなぁ」


 私と中島は首を傾げた。


「どうですか? 咲紀の呪いは治りますかね?」

「ううん、呪いはちょっと管轄外かもしれません」


 こちらを向いた浅川の問いに中島が首を横に振った。

 いつもならなんとかしてみせます、と返す中島にしては弱気の返事だった。


「そうですか……」


 浅川は返事を聞いて肩を落としてしまった。


「除霊ならできるんですけど、呪いの原因は霊ではなさそうですから」

「そう、ならいいわ。あたしこのあと撮影があるの。もう行くわ」

「あっ、ちょっと待って!」


 浅川の呼びかけを無視して咲紀はホテルから出て行ってしまった。

 咲紀を呼び止めるために腰を上げた浅川がため息をつきながら腰を下ろす。


「すみません、お力になれず」

「いえ、呪いも幽霊も同じようなものだって思ってた私が悪いんです。こちらこそわざわざ呼び寄せちゃってすみませんでした」


 浅川は頭を下げると伝票を手に取った。


「せっかくきていただいたので」


 そう言って浅川がお代を払ってくれた。


「トヨさんにお土産を買って帰ろうか」

「そうですね。咲紀さんのことも気にはなりますけど……」


 中島の提案に賛同する。

 咲紀のことも気にはなるが、呪いの原因が霊ではない以上できることはなかった。


「あ、お土産を買うならちょうどいいお店がありますよ。先月オープンしたばかりのショッピングモールなんですけど、観光客向けの品揃え豊富なお土産屋さんがあるそうなんです」

「いいですね! 実緒ちゃん、そこに行ってみようか」

「はい!」

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