第3話
浅川のおすすめの店を聞き、私と中島はそこに向かうことにした。ただ、予想外だったのは――
「わぁ、すっごく広い!」
なぜかショッピングモールまで浅川がついてきたのだ。
「おすすめしておいてあれなんですけど、私も初めてくるんですよ。メイクさんが商品の品揃えが豊富だって言ってたので行きたいなーって思ってたんです!」
浅川は楽しように笑った。とくに変装の類はしていないので、すぐにでも人集りができるのではないかと心配になる。
「あの、変装? とかしなくていいんですか?」
「大丈夫ですよ、変にこそこそしてる方が目につきやすいですから。それに気づかれても、みなさん私に似てる人だと勘違いしてあんまり声をかけてはこないので」
たしかに、普通に買い物をしているときにテレビで見るような女優を見かけても、有名人がこんなところにいるはずない別人だろうと思ってしまう可能性は高い。
「一階の、あっちの方にあるみたいですね」
案内板に目を通した浅川が奥の方を指さす。
堂々と歩く浅川の後ろに並ぶようにして私と中島が続く。
浅川の言う通り、ほとんどの通行人は浅川の存在に気がつかない。時折あの人って、と言う声も聞こえるが直接声をかけてくる様子はない。
「あの、浅川さん、大丈夫なんですか? 私はともかく、中島さんと一緒にいるところを誰かに写真に撮られたりしたらまずくないですか?」
浅川に近づいて小声で質問する。
浅川は女優なのだ。好意的なファンもいれば悪意を持った者もいるだろう。
もしそんな人間に写真を撮られ、悪意を持った加工をされてネットに晒されてしまったら浅川の女優人生は簡単に終わりを迎えてしまうかもしれない。
「心配してくれてるのね。大丈夫よ、二人は友達。なにを言われてもそう言い通すつもりよ。それに実際、三人で買い物に来ているのだから私たちはもう友達じゃない」
浅川は相変わらず堂々とした立ち振る舞いで微笑んだ。
女優に友人だと言われるとは思わなくて少し気恥ずかしい。
正直彼女のことは話題の女優だということくらいしか知らなかったのだが、数回話しただけで私は彼女のファンになってしまったかもしれない。
帰ったら手始めに浅川の出演する映画やドラマを見てみようと思った。
「えっ、あれって――」
ふと浅川の足が止まる。それに合わせて私と中島も立ち止まった。
浅川の視線の先を追うと、そこにはテナントのカフェの店先でカメラに向かってポーズをとる咲紀の姿があった。
咲紀の周りにはカメラマンを含めたスタッフと、少し離れた位置には警備員も配置されている。
「今日はお店の宣伝の撮影があるって言ってたけど、ここのことだったのね」
「すごい偶然ですね」
浅川は優しそうな瞳で撮影中の咲紀を見つめる。
「すみません、少し見学して行ってもいいですか?」
浅川の希望でお土産を買う前に咲紀の撮影を遠くから見学することになった。
私たちと同じことを考えているであろう人集りの後方に近寄る。咲紀は人の目を気にせずに堂々と撮影に挑んでいた。
何枚も順調に写真を撮っていたカメラマンの手が不意に止まる。
「あれ、おかしいな」
カメラマンはカメラを片手に首を傾げた。どうやらカメラの挙動がおかしくなってしまったらしい。
「ちょっと休憩入りまーす」
スタッフの掛け声で撮影が中断される。
「次は店内の写真撮るから」
「はい」
咲紀はマネージャーらしき人物に声をかけられて頷いた。
スタッフが用意したであろうパーテーションで区切られた休憩スペースに咲紀が入っていく。
そのとき、一際大きな音がショッピングモールに響いた。
帰ろうとしていた見学客がざわめく。
音の発信源は咲紀が休憩しているスペースのすぐ隣で、床には金属の残骸が散らばっている。どうやらテナントの看板が落ちてきたようだ。
「お、おい! 危ないじゃないか!」
「誰も怪我してないか⁉︎」
スタッフたちが慌てた声を出す。幸い看板が落ちたのは咲紀たちと警備員の間で、誰もいなかったため怪我をした人はいなかったようだ。
「ああ、怖い」
「ネジが緩んでたのかな」
「いや、でもあの店は今月オープンしたばかりのはずだけど」
「初期不良的な?」
見学客たちが各々の気持ちを言葉にした。一人一人の声量自体は大きくないが、数が多いので少しうるさい。
それを宥めるように警備員とスタッフが客に声をかけていた。
パーテーションから顔を覗かせた咲紀は悲しそうに落下した看板を見つめていた。しかしマネージャーに声をかけられてすぐにパーテーションの裏に戻ってしまった。
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