第4話
「大丈夫かな、咲紀」
浅川が心配そうに声をあげる。
「怪我人はいないみたいですけど心配ですね……あの、こんなときにすみません。ちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか?」
中島が遠慮がちにそう言った。
人集りから離れ、近くにあったトイレに駆け込む。顔色が悪かったのでお腹でも壊したのだろうか。
「うーん、どうせなので私のお手洗いに行っておきます」
「わかったわ」
どこか上の空の浅川に声をかけて私もトイレの個室に入った。
便座に腰掛けると隣の個室に誰かが入ってくる音が聞こえた。
「せっかくチャンスだったのに」
隣からそんな言葉が聞こえてきた。
姿は見えなくてもこの声には聞き覚えがある。咲紀だ。随分と悔しそうな声をしていた。
しかしチャンスとはどういう意味だろうか。咲紀はじゅうぶん人気のあるモデルだ。テレビ露出は少ないものの、中高生や二十代の女性からの支持も多いとコンビニで見かけた雑誌の表紙に書かれていた。
なんとなく気まずくて咲紀が出て行ったのを確認して個室を出る。
咲紀の言葉の意味を考えながら手を洗う。トイレから出ると中島も戻ってきていた。顔色も幾分マシになっている。
「さっき咲紀がトイレから出てきたんだけど、私に気づいてなかったみたいでそのまま戻って行っちゃったのよね。声をかけようとしたんだけど、早足だったからタイミングを逃しちゃって」
浅川はため息をついた。
やはり先程隣の個室に入ってきたのは咲紀で間違いないようだ。
「看板が急に落ちてきたのも呪いのせいでしょうか」
「その可能性もあるかもね」
私の問いに中島が答える。咲紀は足音や物が勝手に動くというポルターガイストしか起きていないと言っていたが、もし今回の看板が落ちてきたのが偶然ではなく呪いのせいだとしたら悪化している可能性が高い。下手をしたら怪我をしていたかもしれないのだ。
「そういえば」
私はトイレで聞いた咲紀の言葉を二人に伝えた。
「チャンス?」
「今回の撮影はそんなに大きな仕事じゃないって聞いたけど……」
中島と浅川は首を傾げる。仲のよい浅川でさえ咲紀の言葉の意味はわからないようだ。
「チャンスっていうほどやる気を出していたようにも見えないし」
「そうなんですか?」
浅川がぽつりと呟いた言葉に中島が食いついた。
「え、ええ。やる気がないって言うか、どちらかというと最近の咲紀は仕事に消極的なの。寝不足だって言ってたから、そのせいだと思ってるんだけど」
「なるほど」
浅川の返事を聞いて中島は頷いた。なにかわかったのだろうか。
「あの、私やっぱり咲紀が心配なので様子を見に行ってきます」
浅川はそう言って撮影スペースの方へ向かって行った。
急に現れた浅川にスタッフも通行人たちも驚いている。
「中島さんはなにかわかったんですか?」
「うん」
取り残された私は中島に問いかけると、中島は言い淀むことなく即答した。
「今回の看板が落ちたのも咲紀さんの言っていたポルターガイスト現象も彼女に取り憑いた霊たちの仕業だ」
「あれ、でも咲紀さんい取り憑いていたのは力の弱い霊だって言ってませんでしたか?」
「うん。一体一体は力が弱くてたいしたことはできないし、正直放っておいてもよかったんだけど、ちょっと数が増えすぎたかな。ラウンジで見たときより多くなってるね」
「そんなにいるんですか」
中島の言葉に驚きの声をあげる。
力の弱いものでも集まれば看板を落とすこともできるのか。甘く見てはいけないんだと思った。
「まぁ、力の弱い霊なら誰だろうと憑いていてもおかしくないけどね。あこまで多いのは異常かな」
「えっ」
さらっとあまり聞きたくない話を聞いてしまった。
「さ、トヨさんにお土産を選ぼうか」
「えっ、放っておくんですか?」
「浅川さんはともかく僕達じゃあ撮影現場には入れないでしょ」
「それは……たしかに」
中島に促され本来の目的地のお土産屋に向かう。
しばらくして撮影は再開されるようでカフェの近くにはいまだに見学客もいるようだ。
「トヨさんはなにだと喜んでくれるかなー」
お土産屋につくと中島は商品を見て回った。浅川の情報通り、品揃えが豊富だ。ご当地のキーホルダーやお菓子系のお土産もたくさん用意されている。
私もトヨの分と家族の分、そして自分用にお菓子を選んでレジに並ぶ。
会計が終わり店の前に出ると、私より後にレジに並んでいた中島が近寄ってくる。たくさん買えて満足そうだ。
「実緒ちゃん、たしか浅川さんの電話番号を教えてもらってたよね。あとで会いたいって伝えてほしいな。咲紀さんも一緒にって」
「わかりました、けどサインが欲しいとかの理由だったらぶっ飛ばしますよ」
私と浅川はホテルのラウンジで咲紀を交えて話をしたあと、互いの連絡先を交換していた。
浅川に電話をかけるために人通りの少ないところに移動して電話をかける。
電話はすぐにつながり、浅川と会う約束を取り付けた。
「二時間にあのホテルのラウンジで、だそうです」
「了解、ありがとねみーちゃん」
「みーちゃん言うな」
隙間時間が二時間となると観光するには少し時間が足りないだろうか。
だがここはショッピングモールなのだ。せっかくならぶらぶらといろんな店を見て回ってもいいかもしれない。
「実緒ちゃん、見て。この熊さんのぬいぐるみ大きくない?」
中島は楽しそうにモール内を見て回っていた。私もはぐれないように中島のあとをついていった。
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