第5話
「あっ、お兄ちゃん!」
祭り会場に着くと由依は私の手を離して走り出す。向かった先は会場にいた春人で、勢いよく抱きついた。
「由依! どこ行ってたんだよ!」
春人は突然の衝撃に驚きながらも由依の存在に気づき、抱きしめ返す。
「由依ちゃん、ごめんなさい!」
会場にいた春人の近くには女性が二人と、由依と同じくらいの年齢の女の子が三人いた。
髪の長い女性は由依に頭を下げている。そのそばでショートヘアーの女性は涙を浮かべていた。由依から聞いた話の特徴からして泣いている女性が由依の母親だろう。
「由依、ごめんね。気づけなくてごめんなさい」
由依の母親がよろよろと由依に近づいた。そのまま春人ごと由依を抱きしめる。
「由依がつらい思いをしてるのに、気付いてあげられなかった」
そう言って由依の母親は涙を流す。
華の母親はそれを申し訳なさそうに見つめていて、三人の女の子たちは泣きそうな顔をしながら俯いていた。
「あれ、みーちゃん?」
母親に抱きしめられて苦しそうにしていた春人の視線がこちらを向く。
「こんばんは、春人くん」
「もしかして、みーちゃんが由依のこと連れてきてくれたの?」
「そうだけど、そのみーちゃんって呼び方はやめようか」
「いーじゃん、隆史もそう呼んでたし」
会場の入り口で様子を見ていたが、春人に声をかけられたので近づいた。
「あら、知り合いなの?」
「うん、隆史の友達!」
「由依とずっと一緒にいてくれたんだよ!」
由依の母親が抱きしめる力を緩めてこちらを向く。
春人と由依が私を母親に紹介してくれたので名乗る。
「緑坂実緒と申します。隆史くんの祖母のトヨさんの知り合いです」
「ああ、トヨさんの!」
由依の母親は納得した声を出す。
由依の母親もトヨのことは知っているらしい。さすがはトヨだ。顔が広い。
「由依をここまで連れてきてくれてありがとうございました」
由依の母親はこちらに向き合って頭を深く下げる。
「あっ、由依ね。お兄ちゃんとママに言わないといけないことがあるの。言うって約束したもん」
「言わないといけないこと?」
「あ、それは由依ちゃんの学校の話で。先程の様子を見るにもしかしたらもうご存知かもしれませんが」
私がそう言うと母親は頷いた。
由依がつらい思いをしてるのに気付いてあげられなかったと言っていたのでそうだろうとは思っていた。
「ごめんなさい。うちの華のことですよね」
華の母親が申し訳なさそうに口を開いた。
「一緒に祭りにきてたはずの由依ちゃんが急にいなくなっちゃって。華に聞いたら出店を回ってる途中で置いてきたって」
華の母親の隣にいた女の子が肩を揺らす。どうやらあのピンク色の髪飾りをつけた女の子が華らしい。
華もその隣にいる女の子二人も目元が腫れている。おそらく話を聞いた華の母親に叱られて泣いたのだろう。
「俺は母さんと一緒に祭りにきてたんだ。そしたら由依がいなくなったって、その女の人が騒いでたから話を聞いたらこいつら学校で由依をいじめてたんだって」
春人はそう言って、怒気を含んだ瞳で華たちを睨みつけた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい! 知らなかった、では済まされないわ!」
華の母親は由依と母親に何度も頭を下げていた。
「由依、ごめんなさい」
ずっと母親の隣で俯いていた華が由依に頭を下げる。
「由依が
「私は爽馬くんが由依ちゃんのことが好きだって聞いて……ごめんなさい」
「私も由依ちゃんが爽馬くんと仲がいいのを見るのがいやで……ごめんなさい」
華に続いて女の子たちが次々に頭を下げる。
どうやら由依がいじめられたのは色恋沙汰が原因だったようだ。
彼女らの言う爽馬は一年生の中でモテている男の子で、いろんな女の子が彼を好きになった。しかしその爽馬は由依と仲がよく、彼は由依が好きなのだという噂が立った。そのせいで由依は嫉妬の対象となってしまったらしい。
「もうしないから許してください」
華たちは瞳を涙で潤わせながら頭を下げた。
「……うん、いいよ。華ちゃんとは仲がよかったのに、なんで急に酷いこと言うんだろうって思ってた」
由依は華たちを許した。
私だったらそんな理由で、と一生許せそうにはないが、これは由依たちの問題だ。由依が許すと言ったのなら変に口出しはしない方がいいのだろう。
それに彼女たちはまだ小学一年生だ。早めに間違いに気がつけたのだから、もう二度とこんなことはしないと願おう。
「すみません。もう二度とこんなことをしないよう、帰ってからきつく言っておきますので」
華の母親はまた頭を下げる。
「いえ、私ももっとちゃんと由依の変化に気付いてあげるべきでした。会場でお会いしたとき、ご自身のお子さんが由依に酷い態度をとったことを隠すことなく素直に教えてくださってありがとうございました」
由依の母親は丁寧に頭を下げて礼を言った。
当事者の由依が許すと言ったので、母親も今回のことをきつく咎める気はないようだ。
「由依、また酷いことされたりしたらちゃんと言えよ! お兄ちゃんがなんとかしてやるから!」
春人はまかせろ、と胸を叩いた。由依は笑顔で頷く。
由依の母親がやっと笑顔を見せたとき、湖の方から大きな音がした。
振り返ると夜空が明るく光っている。どうやら花火が打ち上がり始めたらしい。
「うわ、始まった! 俺さっき隆史と一緒に花火見るって約束したんだった。行ってくる!」
「気をつけるのよ!」
春人はそう言って花火会場の方へ走っていく。母親が手を振って見送った。
「ママ! 由依も花火見る! 華ちゃんたちも一緒に見よ!」
「うん!」
由依と華たちは笑顔で手を繋いだ。華たちは嫉妬で由依をいじめてしまったが、元々の彼女たちは仲が良かったようだ。
「あ、実緒ちゃんも一緒に行こ!」
母親たちと一緒に会場に向かおうとした由依が不意に振り返って私を見た。
「ごめんね、私はべつのところで花火を見る約束をしてるの」
「そっか、わかった。またね、実緒ちゃん!」
「うん、バイバイ。暗いから転ばないように気をつけてね」
由依と手を振り祭り会場前で別れる。
花火はどんどん打ち上がっていて、早くしないと終わってしまう。少し早足になりながら中島の家に急いだ。
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