第6話

 玄関に着くと、私が置いておいた荷物がなくなっていた。おそらく中島が部屋まで運んでくれたのだろう。


 下駄を脱ぎ、二階への階段を駆け上がる。

 湖に面した部屋の襖を開けると窓際に中島が座っていた。


「あ、おかえり。食べ物とかここに置いておいたよ」


 窓から花火を見ていた中島がこちらに気がついて袋のある方を指さした。


「これ、黄色のヨーヨー。隆史くんが中島さんにって」


 私は花火が終わるまえに戻ってこれたことに安堵しながら座布団の上に座った。袋の中から隆史にもらったヨーヨーを取り出し、中島に見せる。


「あ、隆史くんに会ったんだ」

「はい、トヨさんと昭子さんと一緒に祭りを満喫していましたよ。今は春人くんと花火を見てるんじゃないでしょうか」

「そっか。今度お礼を言わないとね」


 中島は大切そうにヨーヨーを受け取った。

 窓際に設置された棚の上に飾るようだ。そっと棚の上に置いて中島は満足そうに頷いた。


「あと、これは昭子さんから。このまえはありがとうって言ってました」


 昭子からもらった焼きとうもろこしを渡す。

 中島は嬉しそうに受け取って袋を開けた。


「昭子さん、トヨさんの家で一緒に暮らすことにしたらしいですよ」

「ほうなの⁉︎」


 花火を見ながら焼きとうもろこしに齧り付いていた中島がこちらに振り返る。口の端に醤油のソースが付いていて子供のようだ。


「中島さん家がお隣さんになるって隆史くんも喜んでたそうです」

「そっか。毎日騒がしくなりそうだなぁ」


 中島は楽しそうに微笑んだ。

 私は花火を視界に収めながら机の上に焼きそばやりんご飴を並べて置いた。


「これ中島さんへのお土産です。このラムネもどうぞ」

「ありがとう、でもラムネは実緒ちゃんが飲みなよ。僕が一本由依ちゃんに渡したんだし」

「私はジュースをもらうので大丈夫です。それにこれは母が友達と飲みなさいって言って、くれたやつなので」

「……そっか」

「どうかしたんですか?」


 会話していると急に中島の声が小さくなった。表情も少し感傷的に見えて、疑問に思い問いかける。


「いや、隆史くんに昭子さん、実緒ちゃんにそのお母さん。みんなが僕のことをかわいがってくれてるんだなって、そう思うとちょっと嬉しくて」


 中島はへらりと笑う。そしてすぐに視線を窓の外に向けた。

 その視線を追うように、私も窓の外の花火に目を向ける。ちょうど大きな花火が上がったようで夜空が一段と明るくなった。

 二人して花火を見つめながら、由依の話をした。

 ちゃんと会場まで送り届けたこと。こちらからなにか言うまでもなく、いじめが解決したこと。最後には仲直りをしてみんなで仲良く花火を見に行ったこと。

 中島は静かに話を聞いていた。


「そっか、よかったよかった」

「結局、私はなにもしてないような気もしますけどね」

「そんなことないよ。由依ちゃんは実緒ちゃんだったから話を聞いてくれたんじゃないかな」

「そうだといいですけどね」


 なにか特別なことができるわけじゃなくて、話を聞くことしかできないけど、私もだれかの役にたてていたなら嬉しい。


「そういえば和太鼓の音が家まで聞こえてきたんだよね。いいなぁ、楽しそうで」

「中島さんもくればよかったのに……って、祭り苦手なんでしたっけ」


 中島は祭りに行かない。近寄ろうともしない。それは祭りに人が多いことと、霊がいるからだ、と言っていたなと思い出す。


「……昔ね、親戚に誘われて夏祭りに行ったんだ。かき氷を食べてたら、だれかが僕を呼んでいる声が聞こえてさ」


 不意に中島の声のトーンが落ちる。どうしたんだろう、と視線を花火から逸らし、中島の顔を見つめた。


「振り返ったらそこにいたのは幽霊だったよ。ずっと僕を手招きしてた。こっちにおいでって」

「こ、こわっ!」


 中島が祭りが苦手な理由が想像以上で鳥肌が立ってしまった。


「あれ以降、祭りとか怖くて近寄れなくなったんだよね」

「そんなのだれだってトラウマになりますって!」


 私がもし中島と同じ経験をしていたら、下手すると祭りの日どころか毎日ずっと部屋に閉じこもって、人気の多いところはまったく近寄らないようになっているかもしれない。

 普段自分語りをしない中島の過去の話を聞けたのを嬉しく思う反面、怖すぎて聞かなければよかったなとも思う。


「まぁ、実緒ちゃんは大丈夫だよ」

「私、霊感がなくてよかったって心から思います」


 真剣な表情でそう言うと中島は笑った。


「そういえば実緒ちゃんの浴衣かわいいね」

「母が選びました」

「……似合ってるって意味だったんだけどな」


 ドン、ドンと大きな音をたてて夜空を彩る花火。

 中島家の二階からは花火会場から見るよりも花火を間近に感じられて、きてよかったと心から思った。

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