第4話

 私と中島とトーマス。三人並んで駅まで向かう。


「あっ、そうだ。トーマスさんは日本に観光に来たんですよね。どこに行ってきたんですか?」


 相変わらず表情の暗いトーマスとの沈黙に耐えられなくて笑顔で話題をふる。


「そうですね、まず東京に行きました。電車に乗っていろいろ行って、京都にも行きました! 金閣寺に清水寺、伏見稲荷大社! たくさん行って、たくさん写真撮りました。撮るのわたしの趣味」


 トーマスは最初に少し言葉を詰まらせたが、すぐにすらすらと今回の観光地の話をした。

 暗くなっていたトーマスの表情もだんだん明るくなる。楽しい観光ができたようでなによりだ。


「へぇ、写真を撮るのが趣味なんですか。なんだか、かっこいいですね」

「ありがとう! 撮るの楽しいよ!」


 中島に褒められてトーマスは嬉しそうに笑った。


「んー、でも、帰れない。困ります。こんなことなら湖、来ない方がよかった」

「えっ、そんな」


 私は生まれも育ちもこの町だ。トーマスに悪意があるわけではないとわかってはいるが、来ない方がよかったなんて言われてしまい、正直傷ついた。


「あっ、すみません。傷つけるつもりなかった! 湖、とても綺麗だったです。ほら、写真もいっぱい撮ったよ」


 私が黙りこくって落ち込むのを見てトーマスが慌てて謝罪した。

 そして鞄から大切そうに取り出した一眼レフを私に見せてくれる。


「これ、水の上がきらきらしててすごく綺麗だったよ!」

「あ、本当だ。撮るのお上手なんですね。私も水面に光が反射して輝いてるの好きなんですよ」


 トーマスも私も写真を見て笑顔になる。

 トーマスが見せてくれた写真は朝方撮ったもののようで、朝日の光を水面が綺麗に反射させていた。私だったら同じ場所にいてもこんなに綺麗に景色を切り取れないと思う。

 写真を撮るのが趣味なだけあって、なかなかの腕前だ。


「トーマスさんは何歳なんですか?」


 小さなカメラの画面を覗き込む私とトーマス。一人だけ蚊帳の外になっていた中島がトーマスに話題をふる。


「わたし、三十二歳です。スウェーデンで妻と子供が待ってる」

「へぇ、結婚されてるんですね。あっ、そういえば」

「ん? どうしたの、実緒ちゃん」


 ふと中島を見つめると、中島は不思議そうに首を傾げた。

 これは以前から気になっていたことを聞くチャンスだと思い、中島に尋ねる。


「ずっと気になってたんですけど、中島さんっていくつなんですか?」

「えっ、二十八歳です、けど」

「へぇ、そこそこいい大人なんですね」

「あーあー、聞こえませーん」


 中島は子供のように両手で耳を塞ぎ、大声を出した。

 思っていたより年が上だったことに純粋に驚いただけなのだが、中島はなにを言われると思ったのか顔を逸らして拗ねてしまった。


「二十八、若い。なんにでもチャレンジできる。マシロも和菓子屋さん、なれるよ!」

「いや、僕はべつに和菓子屋さんになりたいわけではないんですけど!」


 トーマスは中島が和菓子屋を開きたいのだと勘違いして慰めていた。饅頭を作っていたから勘違いしてしまったのだろうか。


「もう……あれ?」


 困った様子でため息をついた中島が急に足を止めた。


「どうしたんですか――え?」


 同じように立ち止まって周囲を見渡すと、すぐさま異変に気がついた。

 私たちは中島の家を出てから先程まで駅へと向かう道を歩いていたはずだ。だというのに。


「また、だ」


 写真の話をしていたときはあんなに明るくなっていた声色が落ち、トーマスの声は震えている。それはそうだろう。だって目の前には中島の家が建っていたのだから。


「なるほど。ずっと同じ、とはこういうことだったんですね」

「はい。帰りたい、けど帰れない」


 たしかに道を歩いていたはずなのに、ふと気づいたら出発地の中島宅に戻ってきている。べつにここに戻ってこようと折り返したりもしていないというのに、だ。

 トーマスのずっと同じ道、というのは同じ道から抜け出せないという意味だったらしい。


「わたし、どうしたら帰れる?」

「ううん、なにか原因があるはずです。それを探してみましょう」


 中島は泣き出しそうに瞳を潤わせたトーマスの肩をそっとさすった。


「なにか手がかりになるもの……あっ、写真はどうですか? なにか写っているかも!」

「それだ!」


 トーマスになにがあったのか、それは彼がずっと携帯していたカメラに答えが写り込んでいるかもしれない。

 そう考え、一度中島の家に上がり、みんなでトーマスの撮った写真を確認する。

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