第6話
「ああ、実緒ちゃん。どこ行ってたの?」
「トイレですか?」
「ちょっと正くんの部屋に、ね?」
正に問うと、正も元気よく頷いた。
「そうだ。このあと秀尚さんが
手伝ったお礼だろうか、冷たいジュースを二人に差し入れしにきたハウスキーパーが正に声をかける。
正は私の顔を見て頷いた。
「えっ、なに? なんかふたり仲良くなってない?」
「おい、行くぞ」
中島の問いを遮るように秀尚が顔を出す。
正は私の手を引いて車に乗り込んだ。
「なんでお前たちまで……」
最終的にお見舞いに行く車には秀尚と正、私の他に冬矢と中島、つまり全員が乗っていた。
秀尚は顔を顰めつつも私たちを無理矢理下ろすことはしなかった。無愛想で怖く見えるが、実は結構いい人なのかもしれない。
「着いたぞ。わかってるとは思うが病院内では静かにな」
病院に着くと秀尚のあとを追い、正の母親である茜がいる個室に入る。
「あら、今日は大勢で来てくれたのね」
ベッドに腰をかけてテレビを見ていた茜は見舞客の多さを見て微笑んだ。
「こんにちは」
「あっ、中島さんじゃないの。おひさしぶりね」
中島が挨拶すると茜が笑った。茜も中島と面識があるようだ。
「調子はどうだ?」
「ええ、ばっちりよ。手術も成功させてみせるわ」
秀尚の表情は相変わらず変わりはしないが、茜は気にしている様子はない。
不機嫌そうに見えるのはデフォルトなのだろうか。
「……」
正が私の手を強く握った。
「あら、どうかしたの正? なにか言いたいのかしら」
茜は目敏くそれに気付く。正が意を決して一歩前に踏み出した。
「私が言おうか?」
正に声をかけるが、正は首を横に振って私の手を離した。
「……あ」
今まで筆談だった正が、たった一言だけだが言葉を発した。病室がざわめく。
「ぼく、ママの……オルゴールこわしちゃった。ごめんなさい!」
久しぶりの発声だからだろうか、最初はたどたどしかった正の言葉がしっかりとした発声になり、涙目になりながらもちゃんとオルゴールを壊したことを謝れていた。
「……あら、ふふ。そうなの。べつにそんなこと、気にしなくていいのに。壊れてしまったなら、直せばいいだけじゃない」
茜は優しく正に声をかけた。嫌われずに済んで嬉しかったのか正は茜に泣きついた。
しばらくして。泣いて喉が渇いたのか、正がジュースを飲みたがったので、私と中島と正で病院内の自販機で飲み物を買いに来た。
しかし残念ながら正の飲みたがっていたジュースがなく、そのジュースが置いてあるという病院横の薬局の前の自販機まで移動する。
「これと……秀尚さんたちのはこれでいいかな」
正は早々に自分の飲み物を選ぶと、心に引っかかっていたものがなくなったからか元気に走り出してしまい中島が追いかけて行ったので、私は一人でみんなの分の飲み物を選んでいた。
一人で六人分の飲み物を持つのは大変だ。中島にも持ってもらおうとその姿を探していたとき、病院横の道路から正の声が聞こえてきた。
「化け物!」
恐怖の混じった叫び声に、慌てて様子を見に行く。
しかしそこには正と中島がいるだけで、とくに変わった様子はなかった。ただ、二人の間に漂う空気が、恐ろしく重かった。
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