第4話
「喧嘩が原因ってお医者さんは言ったって、冬矢くんは言ってたけど正くんとお父さんは仲が悪いの?」
「いや、べつに悪くないはずです。でも正のお母さんが入院してからちょっと悪くなったって言ってたかも」
正の家の最寄りのバス停でバスを降り、冬矢の話を聞きながらしばらく歩くと、大きな門のある家の前についた。門越しでも大きな家だとわかる。
「もしかして正くんのお家ってここ?」
「うん、そうだけど」
中島の問いに冬矢はあっさりと頷いた。
「えっ、これお金持ちのお家じゃないの?」
「正の父親はピアニストなんです。結構有名らしいですよ」
「ピアニストのお家でかい……」
あまりの家の大きさに開いた口が塞がらない私たちを気にも止めず、慣れた手つきで門を開け、中に入る冬矢。
門の外見もすごいが、開かれた門の中に見える庭も広く、再び圧巻されてしまう。
「やっぱり大きなお家だねぇ」
閉じていた門が開いたことで全貌が見えた家の大きさに中島が感嘆の声を漏らす。
たしかに大きな家だ。建物も大きく窓の数を見るに三階建てだろうか。庭の一角は小さな花壇になっていて色とりどりな花を咲かせており、ドッグランのような芝生が生えた庭の面積も広い。
「行きましょう」
冬矢のあとに続いて敷地内に足を入れる。玄関の前にたどり着くと勝手に扉が開き、
「こんにちは」
「こんにちは、冬矢くん」
中から四十代くらいの女性が出てきた。正の母親かと思ったが服装や、母親は今入院していることを交えて考えると彼女はこの家のハウスキーパーのようだ。
「正はどこにいるの?」
「正くんは今日も自分の部屋にこもっていますよ」
冬矢の問いにハウスキーパーは困ったように眉を下げて答える。
「わかった」
「そちらの方たちは冬矢くんのお知り合いですか?」
「うん」
淡々と、ハウスキーパーと会話を終えると冬矢は二階へと上がった。
置いていかれないよう、ハウスキーパーの女性に軽く会釈をしてあとを追う。
「正、俺だ。お菓子買ってきたんだ。入ってもいいか?」
二階の階段横の部屋に、冬矢は声をかけながらノックする。返事は返ってこなかったが、しばらくして中から男の子が出てきた。
「……」
扉から顔をひょっこり覗かせた男の子は私と中島を見ると無言で首を傾げた。
「この人は実緒さん、こっちの背が高いのが中島さん」
冬矢が私たちの紹介をしてくれたが、男の子はすぐに部屋の中に引っ込んでしまった。
「急に尋ねてきたから驚かせちゃったのかもしれませんね」
「そうだね。僕って背が高いからか、なぜか子供に怖がられちゃうみたいだし」
中島はそう言ってため息をついた。子供が好きな中島にとって、なにもしていないのに怖がられてしまうのはショックなのだろう。
「たぶん大丈夫だと思いますよ。正は人見知りする性格じゃないから」
落ち込む中島に放った冬矢のその言葉の通り、正がもう一度顔を出した。手にはスケッチブックを抱えている。
右手でペンを握り、スケッチブックを開くと立ったまま、慣れた手付きでなにかを書き始めた。
『正 六さい』
男の子は書き終わるとこちらにスケッチブックを向けた。紙には名前と年齢が書かれている。どうやら自己紹介をするためにスケッチブックを取りに行ってくれていたらしい。
「正、お菓子食べる?」
『たべたい』
冬矢の問いに正は筆談で答える。声が出ないため普段から筆談で会話しているようだ。
場所を庭に移動して、白いテーブルの上に冬矢はスーパーで買ったお菓子を並べた。何種類もあるお菓子を見て、正は嬉しそうに笑ってグミを取った。
「実緒さんたちも食べる?」
「私はいいかな」
「僕も遠慮しておくよ」
このお菓子は冬矢が正のために買ってきたものだ。私たちがもらうわけにはいかない。そう思って冬矢の申し出を断った。
「えっと、正くんが声が出なくなったっていうのはいつ頃からかな?」
「先週です」
正がおいしそうにお菓子を食べるのを横目に中島が問いかけた。その問いに冬矢が答える。
『ママの
食べる手を止めた正がスケッチブックに持ち替えて会話に参加する。
「お父さんとの喧嘩がどんな内容だったの?」
「……」
中島の問いに、正の動きが止まる。
『パパはいそがしいのに ぼくがわがままを言ったから おこられただけだよ』
正はしばらくペンを握りしめてスケッチブックを眺めていたが、ゆっくりと紙にそう書いた。
「病院の先生は仲直りしたら治ると思うって言ってたけど、正はお父さんと仲直りしたのにまだ声が出ないんです」
「そうなの?」
なんでも正と父親は喧嘩した翌日、病院帰りの車の中で仲直りをしたらしい。しかし医者の言っていた通りには治らなかった。
『パパが ママが
「でも来週にはピアノの発表があるじゃないか」
『しゃべれなくてもピアノは
冬矢の問いに正が答える。父がピアニストで自身もピアノを弾けるとは遺伝だろうか。私も昔ピアノを習っていたことがあったが、先生が厳しすぎて三日で音を上げてしまった記憶がある。
「なんだ、冬矢。きていたのか」
「あっ、こんにちは。
冬矢たちと会話をしているとだれかが声をかけてきた。声の方を見ると口をキュッと結び不機嫌そうな表情をした男性が立っていた。
「ひ、秀尚さん……」
隣から椅子の引く音が聞こえた。中島が男性を見て驚いた顔で立ち上がっていた。
「ん、君は中島くんか」
「おひさしぶりです」
「知り合いの方ですか?」
「ああ、この方は
どうやら正の父親と中島は面識があったらしい。もしこれがトヨなら、トヨだからとまだ納得してしまうが、中島に有名ピアニストと関わりがあったなんて驚きだ。
「どうして中島くんがここにいるんだ?」
隣にいる私には目もくれず、秀尚は仏頂面で尋ねる。
「俺が呼んだんです。正のこと見てもらおうと思って」
「ふぅん。まぁ、好きにすればいいさ」
それだけ言うと秀尚は奥に引っ込んでしまった。それを正がどこか悲しげに見つめていることに気づき、声をかける。
「大丈夫?」
私に声をかけられた正はこちらに向き直って控えめに頷いた。
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