第8話

 なんでも、中島はとある山にある集落の子供だったらしい。

 そしてある日、その山では数週間も雨が止まなかったため地盤が緩み、土砂災害が起きた。

 土砂崩れにより数人が亡くなり、これを神の怒りだと集落の人間は恐れた。

 そして解決策として、恐ろしいことに人々は生贄を捧げたそうだ。

 それが、中島だった。


 当時中島は十五歳で、山に随分と昔からあった、地震で出来た洞窟に放り込まれたらしい。

 洞窟の中で、中島は不思議な体験をした。

 洞窟には自分以外、誰もいなかったはずなのに、いつの間にか多くの着物を着た人が中島を囲み、宴をしていたそうだ。

 中島は怖くなり、洞窟から逃げ出そうとした。

 しかし小さいはずの洞窟が、どれだけ進もうと、出口が見えない。


 それに気づき、一瞬足を止めた瞬間。

 いくつもの白く、細長い手が中島を捕まえ、奥へ奥へと連れて行く。

 中島は叫んだ。しかし誰も助けてなんてくれなかった。

 洞窟の奥まで引き摺り込まれた中島は恰幅のいい男の前に差し出された。

 そしてその男は――中島の右目を食らった。

 右目を抉り取られ、中島は痛みで悲鳴をあげた。周りの人間は笑うばかりで何もしない。

 笑い声を聞きながら、中島はあまりの痛みで気を失ってしまった。


 気がつけば朝になっており、洞窟に日差しが入り込んでいたそうだ。

 中島は洞窟から飛び出し、生贄として捧げられた格好のまま、街へと降りた。

 目指したのは数年前に結婚を機に集落を出た、親戚の家。

 その家には何度か遊びに行ったことがあるらしく、何度も転びながら、それでもひたすら走り続けた。

 たどり着いた親戚の家で、中島は保護された。中島の格好を見た親戚はすべてを悟ったような、悲しそうな顔をしたらしい。

 そのあとはその親戚の家で暮らすことになり、集落の人間とは顔を合わせてもいない。


「それ以降かな、僕に霊が見えるようになったのは」


 中島の霊感は生まれつきではなく、生贄にされて以降らしい。

 最初は怖かったそうだ。どうしてこんなものが見えるんだと、自分の目を潰そうとしたこともあるらしい。

 ちなみに病院に行ったが、喰われたはずの右目の眼球は無くなってなどいなかった。しかし、瞳の色が焦茶から琥珀こはくのような色に変わってしまっていたらしい。

 前髪が長いのは、その目を隠すためだと。

 どうしてこんなってしまったのか、気にはなったが集落に戻る気もなれず、何かを知っていそうな親戚にも聞く勇気を持てなかったそうだ。

 色が変ってしまったものの、何の異常もなかった右目。


「きっと僕は生贄として死んでしまう予定だったんだよ。けれど、この右目と引き換えに帰ってこれた。それがよかったことかは、わからないけれどね」


 霊が見えると言えば、周りに笑われる。

 親戚に助けられ、高校には通ったものの、ろくに友達が出来なかったそうだ。

 どれだけ霊の話をしないようにしても、一目、右目を見るとみんな逃げて行く。


「この右目で霊を見るとね、霊が逃げて行くんだよ」


 ずっと気になっていた中島の除霊方法は至ってシンプルで、右目で霊を覗くことだそうだ。

 髪で隠しているときは無理らしいが、髪をかきあげ、見つめると消えてしまうらしい。

 中島も原理はわかっていないそうだ。

 しかし、霊たちは自分を恐れて消えていくのだと。


「みんな僕の目を見ると怯えるんだよ、人間も、霊もね」


 そう言って中島は前髪をかきあげた。いつも隠れている右目は琥珀色に輝いていた。

 反射的に後退りしてしまいそうになるのをなんとか耐える。


「この力を使うとね。自分が人間では無くなっていく感覚に襲われるんだ」


 そう言って中島は前髪を下ろす。


「なら、どうして人助けなんて」


 中島の目は潜在的に恐怖を感じさせるものだった。

 みんなと違う色をしているから、なんて理由ではない。具体的になにがとは言えないような、理由のわからない本能的に感じる、底知れない恐怖。


「人助けをしている時が、一番生きている実感がわくんだ」


 私の問いに中島は悲し気に答えた。

 たしかに中島の目はただそこに存在しているだけで周りの人間に恐怖心を感じさせる。

 しかし中島は怖い人ではない。それを私は知っているはずだ。

 中島は適当で、少し情けないところもあるけれど、誰よりも困った人と向き合っていた。ただの、心優しい青年なのだ。


「初めて私と出会ったとき、その力で私を助けてくれたんですね」

「うん。実緒ちゃんが霊に気を取られた、その間にね」


 そういうことだったのか。通りで中島の除霊体験がある私が彼の除霊する姿を見たことがないわけだ。中島は怖がられないよう、私が見てないうちに全部終わらせていたのだ。


「そういえば、うたさんが怯えていたのは」

「この目を見たからだよ」


 唄というのは猫が行方不明になった時に助けた女性だ。唄に霊が取り憑いていたようで、中島が祓っていた。


「だからね、僕は化け物なんだよ」

「違うでしょ、それは」

「え?」


 中島の言葉に、けろりとそう返す。

 今の話を聞いて、私はまったくと言っていいほど、中島を化け物だとは思わなかった。


「人助けをしたいと思う人が、化け物なわけないじゃないですか」

「みーちゃん……」

「あと、みーちゃんって言うな!」


 なんて言っておきながら、中島からのみーちゃん呼びにも慣れてきていた。

 中島が出てきてくれるなら、みーちゃん呼びを許してあげないこともない。

 いや、それくらいで出てくるのだったら喜んで許可するくらいだ。


「それに、寺井てらいさんはその右目を見たうえで中島さんにお礼を言ったんですよ」

「……ああ、そうだったね」


 この目を見てお礼を言われたのは初めてだったな、と中島は泣きそうな顔をしてそう言った。

 寺井はドラマ撮影で女の霊が映り込み困っていた人物だ。

 寺井には女の霊のほかに父親の霊も取り憑いており、それを中島が祓ったのだ。

 その時、寺井に礼を言われ、中島は泣いてしまった。

 なるほど、と納得する。

 あの時の中島はそれだけ嬉しかったのだろう。

 右目を見て、化け物扱いせず、あまつさえ礼を言われたのだから。


「中島さんは、困っている人を見捨てられない、優しい人ですよ」

「……全く、もう。実緒ちゃんには敵わないな」

「私はただ、これからも中島さんと人助けがしたいだけです……暇なので」


 あまり本音を言うのは得意ではないのかもしれない。つい、照れ隠しのように言葉を付け足す。

 中島は困った顔をして、けれど、たしかに笑った。


「ありがとう、みーちゃん」



 これからも、貴方と少し変わった日常を。



      the end of summer

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中島麻白は除霊師じゃない 西條 迷 @saijou

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