第3話
「みーちゃんだ!」
翌日、トヨの家につくと玄関で待っていたらしい隆史が大声で私を呼んだ。隆史にもみーちゃんと呼ばれだしている。そんなに呼びやすいあだ名なのだろうか。
「隆史くん、久しぶりだね」
「おう!」
隆史はサッカーボールの入った袋を揺らしながら元気よく答える。
隆史は地元のサッカークラブに入っている。そのため夏休みでも小学校のグラウンドで練習を行っており、今日もトヨの家にくるまで練習をしていたのだろう。
「すみません、ちょっと昼寝しちゃって。遅れちゃいました?」
隆史と話していると背後から中島が姿を表した。髪が寝癖で少し跳ねてしまっている。
「今日もボサボサしてんな、麻白!」
隆史は遅れてきた中島の背を遠慮なく叩いた。
「うっ!」
寝起きの体には衝撃が強かったのだろう。中島は呻き声をあげてしゃがみ込んだ。
「えっ、ごめん! そんなに痛かったか⁉︎」
隆史は慌てて中島の隣にしゃがみ込んだ。心配そうに中島を見つめている。
「ああ、大丈夫だよ。けどもう少し手加減してくれると嬉しいな」
中島は立ち上がるとふらふらと居間に上がった。私と隆史もあとに続く。
「ほら、ジュース用意してるからな」
「ありがとうございます」
「ありがと、ばぁちゃん!」
隆史は一目散にトヨが用意したジュースを手に取った。喉が渇いていたのかゴクゴクと勢いよく飲んでいる。
畳張りの居間には大きな机が真ん中に設置されており、その周囲には座布団が用意されている。私が小学生のときから同じレイアウトのままだ。
トヨの隣に隆史が座り、私と中島は向かいに腰を下ろした。
「隆史くん、学校は楽しい?」
「……おう!」
中島が何気ない会話から入った。
隆史は中島の問いに少し言葉を詰まらせたものの、笑顔でそう答えた。
「今日はね、隆史くんと話があってきたんだ」
「うん、なんか知んないけどばぁちゃんもそんなこと言ってた」
隆史はコップのジュースを飲み干すと、机の上に置かれていた来客用のお菓子に手を伸ばした。
「トヨさん、大変だよ! 猿が降りてきやがった! 畑が荒らされとる!」
中島がもう一度口を開こうとすると玄関の戸を乱暴に開く音が聞こえた。
ここは湖が近いが、近くに山があってそこに猿が生息している。時折山から猿が降りてきてはトヨたちの畑を荒らすので彼らは困っているらしい。
「なんだって⁉︎ わるい、ちょっと畑の方行ってくる!」
トヨは断りを入れるとすぐさま家を出ていった。呼びに来た人と一緒に猿を追い払いに行くのだろう。
「しかたがないね、僕たちだけで話を続けようか」
「話ってなに?」
「うん。実は僕たちトヨさんに聞いたんだけど、隆史くんは魔法が使えるようになったんだって?」
中島の言葉に隆史の顔色が明るくなる。
「なんだ、麻白も魔法使えるようになりたいの? どうしよっかなぁ。魔法の使い方教えてあげてもいいけど、麻白は幽霊使いだからなぁ」
「幽霊使いってなに? 僕、初めて聞いたんだけど?」
得意気に話す隆史の言葉に中島が驚く。
私も幽霊使いなんて言葉は聞いたことがない。
「除霊できるってことは幽霊使いじゃねえの?」
「どっちかと言うと除霊師だと思うな、私は」
「僕は除霊師でもないけどね」
話が脱線してしまった。今は中島のことではなく隆史の魔法の話を聞かなくてはならないのというのに。
「まぁ、魔法の話が聞きたいならいっぱい話してやるよ。聞いて、俺の話!」
話を戻した隆史は目を輝かせながら机から身を乗り出して語り出した。
内容は触らなくても物を動かせる、人の考えていることがわかるなどの非科学的なものばかりだった。
「じゃあさ、僕が今考えてることもわかるのかな?」
隆史の話を遮り中島が問いかける。
「えっ、ええと……ちょ、ちょっとトイレ!」
動揺した隆史は急に立ち上がり、こちらに視線を合わせることなく部屋を出ていった。
「中島さん、隆史くんは本当に魔法が使えるんでしょうか」
「いや、たぶんあれは嘘だよ。よかった、嘘で」
中島はほっと息を吐いた。
「じゃあ、あれですか? 普段嘘をつく子じゃない隆史くんが嘘をつきだしたのはそういう幽霊に取り憑かれたから?」
唄は幽霊に取り憑かれてその霊のせいで負の感情が異常に膨れ上がって事件を起こしてしまった。あれと同じような精神に影響を及ぼすタイプの幽霊なのだろうか。
「それも違うよ」
「えっ、じゃあ」
幽霊の仕業ではないとすると、残る可能性はただただ隆史が嘘をついているだけということになる。
「でも隆史くんは嘘をつくような子じゃないですよ。中島さんも知ってるでしょう?」
「……彼はまだ子供だからね」
「え?」
中島の言葉を聞き逃してしまった。なんて言ったのか聞き返そうとすると、ちょうど隆史が部屋に戻ってきた。
「ごめんな。なんか今日は調子悪くてさ。魔法使えそうにないや」
楽しそうに話していたときとは打って変わり、トイレから戻ってきた隆史は元気をなくしていた。
「そっか、ならしかたがないね」
中島はしょげる隆史にお菓子を差し出した。隆史はそれを受け取ると腰を下ろし黙って食べ始めた。
その日、お菓子を食べ終わった隆史はサッカーの話ばかりで魔法というワードには触れないようにしているようだった。
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