休暇
ラベンダー畑に風が吹くと、ふわっといい香りがした。
「綺麗。」
久遠はしゃがんでラベンダーを眺めていた。
「こんなところに来たかったのか?」
私とオミトと、園芸用のはさみを持ち一本ずつ丁寧にラベンダーを切り取って持っていた袋に詰めた。
「うん!初夏にしか見れない光景だから。」
「そうか。」
結局、話し合いをしても決まらずに私が行きたい場所にしようということになった。
私が、旅行らしいことがひと通りしたいと提案した結果とにかく色々なところに行こうとなった。
今日はラベンダー畑に行き、摘み取り体験をしている。
「もう紙コップに入り切らないと思うけど?どうするんだ?」
紙コップにはラベンダーがぎゅうぎゅうに詰められていた。
久遠も近寄ってきて、
「枯れない?」
「大丈夫、ドライフラワーにするから!」
「どらい、ふらわー?」
「草とか花を乾燥させるの!見たことない?」
「ない。」
「……なあ、それ、どこでやるんだ?俺たち基本的にはずっと移動するぞ?」
「あ、大丈夫。車でできるから。」
久遠は首を傾げたが、オミトは顔を真っ青にした。
どうやら、ドライフラワーがどうやって作るか知っているらしい。
「え……まさか車の中でそれ吊るすんじゃ……。」
たしかに紐で縛って吊るすして自然乾燥方法もある。
私は鞄からタッパーと青い粉を取り出した。
「……これは?」
「シリカゲル。この中にラベンダー入れるの。」
ラベンダーの長さを揃えるようにハサミで切り、タッパーの中に入れ、その上にシリカゲルを上から注ぐ。
「自然乾燥より綺麗なドライフラワー作れるんだよ。」
「へえ、そうやって作るのか。」
オミトは感心していたが、久遠は何をしているか理解できないようで
「これ、作って、どうする?」
「家に飾って楽しむの。」
私は久遠にタッパーを渡す。
「この溢れ落ちた穂も全部乾燥するの。」
「ふうん?」
枯れた草を飾るって何?という感じだ。
ただ、興味深そうにずっと見ている。
「綺麗なまま、保存。」
オミトに不意に抱き締められて、ラベンダー畑に倒れる。
「な、何、なに?」
久遠は空気を読んで、どこかへ行った。
さすがに外での行為は不味い。
「オミト、せめてここじゃなくてーー。」
「……。」
オミトは何も言わずに抱きしめたままだった。
「え?どうしたの?」
私はただ混乱するばかりだ。
「できる限りはしておこうかと思った。」
「う、うん。」
ゆっくりと肩を持ち、私の顔をまじまじと見る。
大きな手が私の手を包む。硬いけどとても温かい。
「普段ずっと一緒にいれないから、つい。」
「気にしてない、よ。」
私は内心、緊張していた。
今のオミトはただの人間だ。
間違っても人を殺したりしなさそうな男だ。
そして、多分。私に愛情を向けてくれている。
「ふふっ、あははは。」
思わず笑う。
「どうしたんだよ……。」
「いや、変な話だなと思って。」
笑いすぎて泣いた私の涙を手で拭ってくれる。
「初めてなの。旅行来たのも、私のやりたいこと優先してくれるのも、大事にされるのも。」
「……。」
「本当に、初めてなの。」
オミトは私をまたぎゅっと抱き締めて言った。
「じゃ、今回はシュノがやりたいことたくさんやろ。どこに行ってもいいし、泊まってもいいし、何をしてもいいし、好きなものたけ食べればいいよ。」
「そう?どこでも?なんでも?」
「ああ。」
しっかり頷いた。
「シュノ。」
「あ、久遠さん。」
久遠は3人分のプラカップに入った薄紫の飲み物を持ってきた。
「あっちで、売ってた。」
「……これ何?」
「ラベンダー、サイダー、だって。シュノ好きそう。」
私とオミトはそれぞれ自分の分を受け取り、一口飲む。
花の味と甘い味が混ざった。
「おい……しい、気がする?」
「不思議な味。」
「花の香りしかしない。」
3人で顔を見合わせて笑う。
こんな楽しい時間が永遠に続けばいいのに。
素直にそう思ったけど、口にはしなかった。
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